第6話

 病院に着くころには、9時を回っていた。乱れた息を整え、伝ってくる汗を拭う。

 駐車場には多くの車が並んでいて、入り口の回転ドアの前には人が並んでいる。進の早まった気持ちなど知らないというように、ゆっくりと中へ運んでいる。

 進もその列に加わる。前に並ぶ老人がちらりと見たが、すぐに前に向き直る。

 回転ドアに入り、進はハッとした。昨日警備員に止められたことを思い出す。引いた汗がぶり返してくる。けれど戻ることは出来ない。進はこのまま病院内へと入った。


 ドアから出ると、やはり警備員はいた。昨日と同じく、左右に一人ずつ、入場者のことをチェックしている。その目は進にも注がれているはずだった。進は声を掛けられたら竜太のことで話があると言おうと思った。

 しかし、警備員の前を過ぎても、声を掛けられることは無かった。振り返ることはしなかったが、もう進を見ていないことは分かった。

 その事が、進の心を一層騒めかせた。足が自然と早くなり、前を歩く老人を追い抜くと、受付カウンターに向かった。

 受付は横に伸びており、5人体制で対応していた。全員が対応中だった。

 その前の長イスには順番待ちの人が大勢いる。番号札を持って受付を眺めていたり、本を読んでいたりしていた。

 受付の手前には番号札の出る機械があり、デジタル表記で56と記されている。受付の呼び番号は9。到底待ってなどいられなかった。

 受付の前に移動した。すると、一人の受付が開いた。それを見て進は心の中で詫びながら、一目散に駆け寄った。

 受付の人は進に気が付くと、困ったような顔を向けた。しかし進は言った。

「すいません。柳竜太と面会したいんですが。取り次いでもらえませんか?」

 受付の人は怪しむような眼を向けたが、淡々と答えた。

「面会証はございますか?」

 そうしてカウンターの陰から水色のネックストラップを取り出した。その先には「面会証」というカードがぶら下がっている。

「いえ、持っていません」

「これを作って頂かないと、面会が出来ません。あちらの番号札を手に取って、お待ち下さい」

 面会証を作っている時間など無かった。どうしようか悩んでいると、カウンターの奥から別の女性やって来た。受付の制服とは違い、シンプルな服の上に白衣を着ている。

「柳竜太さんなら、昨日の夜に退院されましたよ」

 退院という言葉が、意味を持たずに頭の中で浮かび上がる。

「え?でも昨日の夕方には、まだ意識が無いって……」

 女性は首を傾げた。

「意識がない……?そんなことはありませんよ。受け答えも出来ていましたし、」

 進はその場で固まってしまった。

 頭の整理が追いつかなかった。

 ふと、白衣の前にぶらさがるネームプレートに目が留まった。病院名と担当科名、この人の名前が印字されている。そしてネックストラップの色は、由貴子と同じ緑色であった。


 放送が鳴り、次の受付番号が呼ばれる。進の横から、手に番号札を持った人が現れる。進は謝罪をすると、覚束ない足取りで病院を出た。


 病院から出ると、進はスマホを取り出した。電話帳を開き、由貴子へ電話を掛ける。電話中を告げる電子音が鳴ると、スマホを耳から離した。


 竜太は初めから意識があり、すでにこの病院にはいない。それは喜ばしいことのはずだ。けれどそれは、昨日由貴子と卓也に会わなければの話だ。

 由貴子と会った時、そんなことは言われなかった。


 進に隠していた。それだけではなく、学校には意識不明だと話していた。

 何故そうしなければならなかったのか。頭の中に竜太と由貴子の顔が並んで現れる。


 由貴子の胸にぶら下がる緑色のネックストラップ。彼女はこの病院の関係者だった。どの位の立場だったのかは分からないが、竜太の状態を細かく確認して、退院を促すことは容易なはずだった。

 進が病院に来た時、警備員の無線を受けていたのは由貴子だったのかもしれない。学校の制服の特徴を伝えて、由貴子が間に入ることで容易に竜太に近づけさせない為だったのか。


 由貴子と、そして竜太に会わなくてはいけない。

 もう一度由貴子に電話を掛ける。やはり電話中だった。

 進はスマホをポケットに入れようとした。そのとき、ポケットに封筒があることを思い出した。

 封筒を取り出す。

 そこには柳由貴子の名前と、住所が書いてある。

 それをスマホの地図検索で調べると、ここからそう離れていないことが分かった。

 封筒を仕舞い、今度は柳の家に走っていった。

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