第4話

 次の日、進はあくびをしながら家を出た。愛用のクロスバイクで走りながら、昨日のことを思い出す。

 家に帰ってからも竜太と由貴子のことが頭を離れなかった。

 ベッドに横たわりながら、スマホに入れた連絡先を見る。「柳(母)」に合わせてタップをすると、電話番号が現れる。その横にあるボタンを押せばすぐに連絡が取れるが、こちらから連絡をすることは出来なかった。あくまでも由貴子から電話受けるだけという暗黙の前提があった。竜太が目覚めるまでは、こちらから出来ることは何も無くなってしまった。


 仕方がないと思った。竜太にも、由貴子にも何と言ってあげればいいのか分からないのだ。いくら言葉を探しても、そのどれもが安っぽいモノばかりでしかなかった。竜太が目覚めるまで自分に出来ることは、竜太の意識が戻り、何事もなく退院出来るように祈ることだけだった。


 竜太たちのことは一先ず置いておこうと思ったが、もう一つ気になっていることがあった。昨日の卓也のことである。

 病院に行って竜太のことを確かめるというのもそうだが、その時の挙動も不自然だった。学校に着いたら、もう一度話をしようと思った。


 学校に着き、自転車を止める。多くの生徒たちと同じように、学校の中へと吸い込まれていく。

 昇降口に入ると、同じクラスの女子が喋っていた。挨拶だけすると、再び会話が戻る。昨日やっていた音楽番組に推しのアイドルが出ている話だった。一人が熱弁し、もう一人が笑顔で相槌を打ち、並んで階段を上っていく。

 少し遅れて、進も教室へ向かう。

 教室は騒がしかったが、その中には驚きや笑いが混ざり合い、昨日感じていた不穏な空気は何処にもなかった。

 談笑している中で、進が来たことに気付いた日比野が手を振ってくる。進も手を上げて返すと、こちらに歩いてきた。

「進、聞いてくれよ」

 そう言うと日比野は左手の親指を、隣のクラスに向けた。

 進はドキリとした。竜太のことで何かあったのかと思った。しかしそんな気持ちとは裏腹に、日比野はニヤついた表情を浮かべていた。

「修平のやつ、隣のクラスの江崎に告って、振られたんだぜ」

 そう言うと日比野はスマホを取り出し、フォルダにある動画を再生した。

 空き教室に二人の男女が向かい合っている。修平が江崎に告白をしている所を撮影したらしい。時々画面がブレたり、誰かの笑い声が入ってくる。

 修平がありきたりな告白を江崎に告げたところで、目の前のスマホが奪い取られた。

 その手の人物は進たちに背を向けて、何か操作をしている。

「あ!修平この野郎、スマホ返せ!」

 日比野が修平の背中に飛び掛かると、それを合図に周りが囃し立てた。

 一連の流れを、進はただ見ているだけだった。目の前のことなのに、自分との距離がどんどん離れていくのを感じていた。


 一抹の寂しさを感じながら席に向かう。カバンを置くと、逃げるように教室を出た。教室では先程の続きが行われていて、からかう声が廊下にまで聞こえてくる。


 隣の教室に向かう。卓也と話をする為だった。ドアが開いていて、そこから中を覗き込む。見渡してみるが、卓也の姿は無かった。

 進に気付いた男子生徒が近づいてくる。

「どうしたんだ?」

「あぁ、須賀卓也って来てる?」

「あいつ?確か来てたと思うけど」

 振り向いて教室を見渡すが、あれ?と呟いて、こちらに向き直った。

「さっきまでいたと思うんだけど、トイレでも行ったんじゃないか?」

「そっか、ありがと。ちなみにさ、竜太……柳が入院していることって、何か進展あったりする?」

「いやぁ、俺たちもよく分からなくてさ。川で溺れて入院してるってことしか知らないんだよな。どこの病院かも知らないし、まぁ、わざわざ聞くこともないしさ」

「……そっか、分かったよ」

 男子生徒が席に戻ると、進は教室のドアを閉めた。


 すでに竜太のことは昔の出来事になっていた。このクラスの中だけでなく、この学校の中でさえ、昨日のことを思い出しているのは進だけだと思えた。そして今日の出来事も、明日になれば過去の出来事として片付けられる。

 そうした日々の出来事に、竜太が沈められていくような気がした。

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