第二十六話 デート

 シュウとシャーロットは並んで東銀を歩いていた。これはストーカーをおびき寄せる疑似デートである。デートをしたことがないシュウは終始緊張していた。


 シュウの服装はいつもの甚平ではなく、白いパーカーと黒いデニムである。それも落ち着かない原因かもしれない。


(任務とはいえ、こんな美人とデートするとは。何を話せば良いんだ?)


 シュウは横を歩いているシャーロットを見た。彼女はいつもの女優スマイルを浮かべている。


 どのようにエスコートをすれば良いのか分からない。その時、シュウの視線に気が付いたシャーロットが、にこっと笑いかけてきた。


「え? ああ! トイレとか行きます? シャーロットさん」


 シュウの発言にシャーロットは一瞬きょとんとして、すぐに笑った。


「もう、シュウさんったら。さっき事務所で行きましたよー」


 デート情報のサイトを見たら、さり気なく女性がトイレに行きやすくなるようにエスコートをしろと書いてあったのだが、どうやら外したようだ。


「あのー、シュウさん。腕組んで良いですか? 『恋人』なんですから」


「あ、ああ! そうっすね! はい」


 シャーロットは「嬉しい!」と言い、ぴたっと身体を密着させてきた。とても良い香りがする。


 全く女性に慣れていないシュウには刺激が強すぎる。周囲の視線が気になって仕方がない。


 これでは突然の襲撃に対処できないかもしれない。……が、振りほどくことができなかった。悲しい男のサガである。


「そうだ、シャーロットさん。『お守り』は持ってきましたか?」


 シュウは緊張を悟られないように話を振った。


「はい、昨日貰ったお守りですよね。持っていますよ」


 シャーロットには特別なお守りを渡している。先日、金蛇警備かなへびけいびの高橋から渡されたお守りだ。


 それを使う場面は無いかもしれないが、念のためである。


 二人はイタリアンでランチを食べ、その足で異能ミュージカルを鑑賞した。シュウとシャーロットはストーカーの存在を忘れ、純粋にデートを楽しんでいた。


 次第にシュウは慣れてきて、緊張しなくなっていた。





 二人は談笑しながら、少し洒落たケヤキ並木を歩いて行く。まだ夕方までは時間がある。俗に言うティータイムである。


 余裕が出てきてシュウは周囲に気を配った。


(さて……。複数人に尾行されているな。シャーロットさんは気が付いていない)


 このまま裏道に入って犯人を叩きのめしたい感情を抑える。


 気がく自分を自覚していた。しかし、入念に準備をしてきた分、はやる。


 解せないこともある。何故、複数なのか。ストーカーの単独犯ではないのだろうか。


(焦るなよ……。最後の最後にしくじって、シャーロットさんを危険な目に遭わせたらどうする?)


「……シュウさん? 私と一緒で疲れましたか?」


 急に無口になったシュウに不安を覚えたのか、シャーロットが上目遣いで聞いてくる。シュウは慌てて答えた。


「いや、そんなことはないですよ! 大丈夫です」


 シャーロットはじっとシュウを見詰める。何かを視るように……。遠慮がちな笑顔から、真剣な表情に変わっていく。


「シュウさん。私に嘘はつかないでください。何かあったのですね?」


 いつになく険しい表情のシャーロットを見て、シュウは誤魔化さない方が良いと判断した。小声で答える。


「態度に表さないでくださいね。実は尾行されています。ストーカーかもしれませんね」


「え?」


 シュウはシャーロットの腰に手を回し、少し歩速を早めた。突然のスキンシップにシャーロットは頬を染めて照れている。


「どこかに入りたいですね。相手の正体が分からない以上、ここはやり過ごしたい」


 これまでも複数人の視線は感じたが、あくまでもストーカーはその中の一人だと思っていた。


 しかし、今日は複数人の気配マナをずっと感じる。こいつらはチームで追ってきているようだ。


 当初の想定と違う。シュウの第六感が歩速を早めているのである。


「じゃあ、シュウさん。そちらに入りますか?」


 シャーロットは顔を赤くしながら白い指を差した。


「はい? そこは……」


 その建物はホテルであった。いわゆる、その用途のホテルである。シュウはずっこけそうになるのを堪えた。


「私……シュウさんとなら良いですよ。その……入っても」


 シャーロットはシュウの目を見ながら、ぎゅっと手を握ってくる。


 彼女の身体が小刻みに震えている。それはストーカーの恐怖か、ホテルに入ることを緊張しているのか、シュウには分からない。


 それにしても自分の身に危険が迫っている可能性があるのに、大胆な女性だとは思う。この思い切りの良さが、異人の歌姫として芸能界で成功する秘訣だろうか。


 それとも年上の女性の余裕だろうか。シャーロットはシュウより三つ年が上である。


(悪い選択肢ではない。個室はありがたい……。取り敢えず危機は去る。が、しかし)


 シュウはシャーロットの目をしっかりと見て答えた。彼女の肩をしっかりと掴む。


「シャーロットさん、俺も全然構わないのですが、このようなシチュエーションを利用したくありません」


 どうやら彼女に嘘は通用しないらしい。下手に誤魔化すと信用を失ってしまう。シュウは正直に言葉を紡選んだ。


「それに、この場合は不特定多数の人間がいる場所の方が良い。飲食店とかデパートとか、人目がある方が良いです。犯人が手を出しづらいですから」


 シャーロットはシュウの顔をじっと見詰め、「はい」と頷いた。納得したようだ。


(こういう時は……あそこだな)


 シュウとシャーロットは異人喫茶へ向かった。

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