第二十九話 龍の襲来

 東銀には様々な異人組織が縄張りを持っている。一本先の道に入ると、そこはもう敵対組織の縄張りであることすらある。


 しかも、勢力図は頻繁に書き換わるため、昨日は安全なスポットでも、今日は危険ということもあり得る。


 それは飲食店にも当てはまる。大抵の組織はひいきの店を持っている。


 縄張りの中の喫茶店やバーは組員の接待や商談に使われるのだ。わざわざ別の組織の店を使うことは希だ。


 しかし、「異人喫茶」は別である。立地的には東銀の南部だが、北に位置する一宮の組織も顔を出す。どこの組員でも異人である限り出入りは自由。


 それは異人であるオーナーの信念でもあった。


 異人喫茶は東銀では希な緩衝地帯なのだ。観光客も多いが、それに混ざってカタギではない奴等も多くいるのである。


 シュウとシャーロットは異人喫茶へ入り窓際へ座った。外の様子を見たいからである。


 二人は取り敢えずコーヒーを注文し一息ついた。今日の店内は観光客が少なかった。地元客がまばらに座っている。


(そうか……。平日だったな、今日は)


 シュウが周囲を警戒している前で、シャーロットが笑顔で座っている。


 もうストーカーの存在を忘れてしまったのか、嬉しそうにコーヒーを飲みながら、「もし解決しなければ、明日もデートできますねー」と脳天気なことを言っている。


 案件を受ける前はネットストーカーを倒せば終わると思っていたが、今日追ってきている奴等は、恐らく異人である。シュウは念のためにリンとチェンにメールをした。


 窓の外に目をやると、怪しい三人組の男が近付いてくるのが見える。赤い特攻服を着ており、背中には双頭のドラゴンが見える。


(あのエンブレムは……。龍王(ドラキン)か!)


龍尾(ドラゴンテイル)のエンブレムは東洋の龍を模しているのに対し、龍王(ドラゴンキング)のエンブレムは西洋の双頭のドラゴンと王冠が描かれている。


 龍王は龍尾から分裂した超過激派の組織で質が悪い。龍尾のシンユーはまだ話が通じるが、龍王(ドラキン)は会話自体が成立しないことも多いのである。


 シュウは自分のマナの流れを止めた。マナを閉じることにより、極限まで精神を集中しているのだ。シュウを見ていたシャーロットが、何かを感じ取ったのか喋るのをやめた。


(――来る)


 シュウが店の入り口の方を見ると、柄が悪い男が三人入ってきた。やはり龍王のメンバーである。悪趣味な制服だが、彼等はいつも赤い特攻服を着ているわけではない。赤は戦闘の意志でもある。


 リーダーらしい男を先頭にシュウの席までやって来る。身長はシュウより高く、筋肉質で、いかにも「武闘派」らしい体格をしている。


 頭は黒髪のツーブロック、紫色のレンズが入った楕円形の眼鏡をかけている。年は三十代半ばだろうか。


 後ろには赤髪の男とスキンヘッドの男が控えており、その手には木刀を持っている。


 シュウは横目で木刀を視(み)る。マナを纏った木刀だ。何かしらの「属性」や「効果」を付与している可能性もある。威力は真剣と大差ないだろう。


「何か用すか? ドラキンさん。見ての通りデート中なんですけどね」


 異様な雰囲気に店内がざわつき始め、店を出る観光客も見受けられる。シャーロットが不安そうにシュウと赤服の男達を交互に見ている。


 異人喫茶のスタッフは干渉してこない。これも店のスタンスだ。「誰でも出入り自由。後は自己責任で好きにやってくれ」ということである。


 しかし、オーナー含めてスタッフは皆実戦レベルの異人だ。店の存続に関わる事態は看過しない。やり過ぎると「制裁措置」をとられる。


 ただ、異人街では喧嘩や小競り合いは日常茶飯事で、その結果人が死亡することも珍しくはない。つまり単発の殺人くらいでは彼等は動かない。


 ツーブロックの男は低い声で簡潔に言った。


「……めんどくせぇから要件だけ言うわ。そのお嬢さん連れてくから邪魔すんな?」


 男は手にジッポライターを持っており、カチカチ鳴らしている。


(こいつは知っている。ドラキンの武闘派リーダーだな)


 シュウは目の前の男を知っていた。


 ツーブロックの男は【鬼火(フレイム)】の後藤と呼ばれている。ライターの火を操る異能を使うらしい。先日、河川敷で戦った<雨の針>のロウと似た性質を持っている。


 後藤はゼロから火を生み出すわけではないが、パイロ系のエレメンターに分類される異人である。


 媒体を使うことにより、元素のマナを生み出すよりエネルギー量が少なく済むので、コスパの良い異能である。


 シュウは席を立って、後藤達の前に出る。


「あんたらがストーカーですか? メール送ったのも? やめてもらって良いですかね。彼女嫌がっているんで」


 後藤はカチンとライターを鳴らす。


「あ? なんだそりゃ。面倒くせぇな。おい!」


 後藤の後ろにいたスキンヘッドの男が前へ出て、シャーロットに手を伸ばす。


「きゃあ!」


 シャーロットが悲鳴を上げたと同時に、シュウは<発電>し、スキンヘッドの男の横腹にミドルキックを打ち込む。


 蹴りと電撃を同時に食らった男は思わず距離を取る。しかし、失神までには至らない。


「お前エレキ系かよ? 珍しいな、おい。邪魔すると殺すぞ」


 後藤と赤髪の男が戦闘態勢に入る。店内の客が固唾を呑んで見守っている。しかし、異人喫茶のスタッフに動く気配はない。シャーロットはシュウの背中に隠れている。


 正に一触即発だ。シュウは客席の横の窓を蹴破って脱出しようと考えた。その時――、声を掛けてくる男がいた。


「よう、電拳(スタンガン)じゃねぇか。何やってんだ? こんな所で」


 シュウと後藤達がその声の方を見ると、そこには龍尾(ドラゴンテイル)のシンユーが立っていた。

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