第二十一話 黄昏時の逢瀬

 シュウが東銀に着いた頃、既に日が陰ってきていた。


 金蛇警備(かなへびけいび)とシンユーの件で、かなり時間が経っていたようだ。


 空は茜色に染まっている。沈み始めた夕焼けと忍び寄る夜の暗闇が、互いにその存在感を示していた。


 黄昏時の東銀は夜の顔へと変貌しつつある。


 街の喧噪はおさまることを知らず、更に活気づいてきた。今から夜の交友が始まる時間である。客引きの姿が増えてきた。


 シュウはこの時間帯が嫌いではない。一人で異人街(いじんがい)へやって来た頃、この賑やかさに大分救われたのだ。ここで孤独を感じることは少ない。


 東銀にいるだけで街の一部になれたようで嬉しかったものだ。


 東銀座通りを南下していくと、前から意外な人物が歩いてくる。シャーロット=シンクレアである。向こうもシュウに気が付くと大きく手を振った。


「シュウさ~ん! こんばんは~!」


 輝く笑顔を振りまいて、駆け寄ってくる。


 東銀ではあまり見掛けない清楚な女性に、通行人も思わず道を空けた。息を切らしているシャーロットにシュウは驚いた。


「シャーロットさん? ど、どうしました? こんな所で」


 シャーロットは汗をかきながらにっこりと笑う。その手にはエコバックを持っている。


「シュウさん、昼間にリンさんとチェンさんとラーメン屋に行ったのですが、そこのチャーハンがとても美味しかったのです! 私、初めて食べたのですが、感動しちゃって」


 彼女は自分がストーカーに狙われている可能性があることを忘れているかのように、楽しそうに話しかけてくる。


 エコバッグの中にはテイクアウトされたチャーハンが入っているようだ。ロゴから推察するに五郎系チャーハンである。


 天真爛漫なシャーロットの振る舞いにシュウは混乱した。


「は、はあ。そうでしたか。え? ……で、何か用でしたか?」


「はい! シュウさんにお裾分けです! どうぞ、食べてください」


 シャーロットはそう言うと、チャーハンをシュウに手渡した。シュウは益々混乱した。チャーハンを渡すために東銀をうろついていたのだろうか。


 理解できない。お人好しすぎる。


「あ……りがとう……ございます。シャーロットさん」


 シュウの困惑した表情にシャーロットは慌てた。


「あ、ごめんなさい。一緒に袋も貰えばよかったですね! すいません、直接渡してしまって」


 しゅんと落ち込むシャーロットに、シュウは慌ててフォローを入れる。


「いや、ありがとうございます! 美味いっすよね、ここのチャーハン! これは嬉しいな! あ、そうだ。そこのベンチで食べようかな、早速! シャーロットさんも一緒に!」


 シュウのその言葉にシャーロットは笑顔を取り戻した。嬉しそうに胸の前で小さなガッツポーズを取ると「嬉しいです!」と答えた。


 二人は氷川駅前のベンチでチャーハンを食べることにした。スパイスが効いていて美味しい。店っぽい味だ。


 それにしてもチャーハンを食べたことがないとは、シャーロットには謎が多い。


 シュウは金髪である。どこから見ても異人街の不良に見える少年が、女優のように美しい女性とチャーハンを食べている姿は、かなり目立っていた。


 シャーロットは周囲の視線を気にせず、ぱくぱくとチャーハンを食べている。


 むしろシュウの方が気になっていた。


 辺りを見渡すと、すっかり夜になっているが、駅前なのでネオンが明るい。空を見ると街の明るさとは裏腹に漆黒色をしている。


 シュウはシャーロットに送られてきた不気味なメールを思い出した。


――親愛なるカリス様。私はあなたのファンです。あなたに暗闇が迫っています。私があなたを守ります。――


(――暗闇か。何が迫っているというのだろう)


 その時、ランの言葉を思い出した。


――彼女に何かがあった時、責めるなら自分にしなさい。他人の責任にするんじゃないよ。――


 チャーハンを食べ終えると、シュウは深呼吸をした。シャーロットはまだ隣で食べている。


「あの、シャーロットさん」


 シュウはシャーロットに声を掛けた。


「はい? 何ですか。 あ、シュウさんもお茶飲みますか?」


 シャーロットはチャーハンを食べ終え、ペットボトルのお茶を飲んでいる。


「昨日の依頼を受けます。――俺があなたを守りますよ」


 シュウは真っ直ぐシャーロットの目を見て言った。もう迷いは無い。


 いつも笑顔を絶やさないシャーロットだったが、シュウの言葉を聞いて真顔になった。


 シュウの目をまじまじと見詰める。シュウは鮮やかなグリーンの瞳に吸い込まれそうな感覚に陥った。


「ありがとう……ございます」


 シャーロットは目を伏せて、小さな声で礼を述べた。その態度にシュウは困惑した。


(あれ? 何か俺、失礼なこと言ったかな)


 十秒程うつむいていたシャーロットは、ぱっと顔を上げた。その表情は満面の笑みである。


「よろしくお願いします! シュウさん」


 シャーロットは両手でシュウの手を握ってくる。小さい手である。突然の大胆な行動に、今度はシュウが慌てた。


「あ、はい。よろしくお願いします。えーと、それでですね……」


 シュウは優しくシャーロットの手を放した。シャーロットはきょとんとする。


「はい?」


 シュウは咳払いをするとシャーロットに言った。


「シャーロットさん。俺の家に来ませんか?」


 空には月が昇り、漆黒色の空を仄かに照らしていた。街の喧噪は騒がしく夜の時間を彩っていく。

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