第二十話 電拳と硬拳
シュウは金蛇警備保障（かなへびけいびほしょう）の事務所を出た後、一宮通（いちみやどお）りを歩いていた。
ランにアドバイスを貰い、シャーロットの依頼を受けることにしたシュウの足取りは軽い。
シュウが運営する便利屋金蚊（べんりやかなぶん）は、一宮通りから南西に下ったところにある。
近道をするために脇道に逸れると、そこは飲食店の裏口や風俗店が軒を連ねる裏道であった。道幅は狭く、未回収のゴミや割れた植木鉢が散乱し、店の壁には外国語で落書きがされている。
一宮通りは活気があるが、裏道はひっそりとしている。警戒しながら歩いていると、急に声を掛けられた。
「よう、【
シュウは柄の悪い男達に囲まれた。三人グループの中の一人が話しかけてくる。
彼は龍尾（ドラゴンテイル）のメンバーに名を連ねるシンユーという男だ。
黄色いシャツにブルーのフレアデニムを合わせており、頭には黄色いバンダナを巻いている。左頬には十字のタトゥーを入れており、ストリートギャングのような風体である。
年齢はシュウと同じくらいだ。
「龍尾（うち）の頭領（ボス）は、女帝（フルゴラ）と揉めるつもりはねーけどよ。お前はそういうわけでもねーぞ？ こんな風に堂々と縄張り歩かれてもなぁ。バックに金蛇（かなへび）がいるからって調子に乗ってんじゃねぇぞ？」
龍尾は密入国ブローカー、麻薬密輸、強盗、武器取引等を収入源としている半グレ集団である。
約二十五年前にアドルガッサーベールと名乗る傭兵部隊が紛争地で暗躍し、異人の存在を世界へ知らしめてから、表だって活動するようになった。
本拠地の川成市（かわなりし）に異人国家を樹立しようと本気で考えている危険な組織である。
組織のルーツは差別に苦しんだ中国系移民だが、現在では異人を中心に世界中から犯罪者が集まる多国籍の集団になっている。
人数が多いため、メンバーの実力はピンからキリまであるが、上層部に所属するストレンジャーは手強い。
特に頭領は
シュウとシンユーは悪い意味での顔見知りである。同世代と言うこともあり、何かと因縁をつけられる。シュウは面倒くさそうに溜息をついた。
「龍尾（おまえら）の拠点はもっと南じゃなかったか？ 何で氷川まで出張ってくるんだよ。暇なのか？ シンユー」
シュウの挑発にシンユーは首を鳴らしながら嬉しそうに答える。
「うちは大所帯なもんでね。各地に拠点があんだよ。一宮のこの辺りは、俺等のテリトリーだ。なあ？ おい」
シンユーの後ろにいる二人も「へっへ」と笑っている。二人とも龍が巻き付いた十字の刺繍が入った黒いジャージを着ている。「龍の十字架」は龍尾のエンブレムである。
後ろの二人が普通のチンピラならいいが、異人なら分が悪い。
シンユーの異能は＜硬気功（こうきこう）＞である。硬気功は体内のマナを一点に集中させ、身体を鋼のように強化する技だ。攻防一体で、シンプルに強い。
普通人がまともに突きを食らったら、複雑骨折、内臓破裂は避けられない。マナによる防御が必須である。
シンユーの硬気功は、シュウの＜発電（はつでん）＞による身体強化と似通っており、戦闘スタイルは良くも悪くもかみ合う。
異人街で【硬拳（メリケン）】のシンユーと【電拳（スタンガン）】のシュウは、何かと比較されることが多く、互いにその存在を意識していた。
しかし、今のシュウにはシャーロットの案件があり、できれば揉め事は避けたかった。……が、シュウは三人に囲まれていた。逃げられそうもない。
（やれやれ……。仕方がない――なっと！）
シンユーが何か言葉を発しようとした瞬間、シュウは電気のマナを握り込み、神速のボディブローを打ち込んだ。
バリバリッと雷鳴が鳴り響き、周囲を青白く照らす。光が消えると同時にシンユーは腹を抱えて崩れ落ちた。
そのままシュウは流れるような動きで回転し、左後方にいる男の顔面に右フックを決める。発電により強化された拳（こぶし）は大（だい）の男を吹き飛ばした。
その勢いのまま残った一人に右ミドルキックを放つ。最後の男は壁に叩き付けられた。
正に神速――。その場で回転しながらの三連撃である。シュウの周りに螺旋状のマナが一瞬見え、すぐに消えた。空間がピリピリと震撼する。
「さて……」
長居は無用である。シュウは表通りに戻ろうと、踵（きびす）を返した。しかし――。
「待てよ……！ 電拳！」
その声に振り返ると、シンユーが立ち上がり右の正拳突きを放ってきた。失神させたと思ったが、硬気功でボディブローのダメージを軽減したようだ。
シュウが間一髪で回避すると、その拳はそのまま背後の壁に当たった。
ドゴッとコンクリートの壁を砕く。直撃したらひとたまりもない。
シンユーは中国武術の達人である。シュウの神速に劣らない速さで突きを繰り出してくる。
（硬気功は感電も防ぐのかよ……！ 面倒くせぇ！ この筋肉野郎！）
シュウは電気を纏った腕でシンユーの突きを捌く。スタンガンの異名は伊達ではない。
攻防一体の電流は相手にダメージを与えているはずだが、シンユーが怯む様子は皆無である。
「おらおら！ どうしたコラ！ 仕舞いかゴラァ！」
どうやら最初の不意打ちが癪（しゃく）だったらしい。シンユーは我を忘れて鋭い突きを打ち込んでくる。このまま捌いていても、いつか直撃する。
（本気で相手しないとヤバイな……！）
長期戦を覚悟したシュウが新たな電気を練った瞬間、「ピピーッ」と甲高い音で笛が鳴った。
シュウとシンユーが音の方を見ると、二人の警備員が立っていた。金蛇警備（かなへびけいび）の木村と高橋である。
女性警備員の高橋は警棒を取り出すとシンユーに向けて構えた。
「坊ちゃんから離れろ！」
普段の高橋は童顔で
「ちぃっ！」と舌打ちし回避すると、背後のコンクリートがザクッと裂ける。シンユーはそのままバク転して、距離を取った。
高橋は警棒を脇に構えてシンユーとの距離を詰めようとする。その構えには殺気がみなぎっている。その時、木村がシンユーに問いかけた。
「龍尾の特攻よ。シュウ様は我ら金蛇警備の家族である。彼と敵対することは我らを敵に回すと同義。貴様の行動は龍尾の意志と取ってよいのか？」
大柄な木村は強烈な威圧感を放ち警棒を抜いた。鍛え上げられた肉体を更にマナで強化している。シンユーの硬気功でも防げる保証は無い。
金蛇警備の人間は、ほぼ全員が凄腕のストレンジャーである。その実力は協会（トクノー）のギフターに引けを取らない。
三人のストレンジャーと対峙し、シンユーは冷静さを取り戻した。足下に転がっている仲間二人を起こす。
「……別に。雷火（フルゴラ）の姉御とやり合うつもりはないっすよ。まあ、俺と電拳は因縁があるんで、大目に見てくださいよ。木村さん」
シュウにのされた二人が目を覚ます。回復の早さから、異人であったことが伺える。異人はマナの恩恵で普通人よりタフである。
シンユーは振り返ってシュウを見た。
「シュウ。今度、川成に遊びに来いよ。その時は本気で相手してやる」
そう言い残し、龍尾の三人は姿を消した。表通りから一宮通りの喧噪が聞こえてくる。どうやら危機は去ったらしい。
シュウは木村と高橋に礼を言った。
「あんがと。助かったよ」
高橋は警棒を引っ込めると、シュウに抱きついた。
「坊ちゃん……、ご無事ですね！ ああ、よかった」
彼女はシュウより年上だが、幼い外見である。スポーティーな黒髪のショートカットが「女子バス」らしさを強調している。……とは言え、女性に抱きつかれると照れる。
「た、高橋さん。坊ちゃんはやめてください。もう大丈夫ですから！」
シュウは高橋を引き離すと、木村に礼を言った。
「木村さんもありがとうございました。お師匠は過保護ですね」
シュウのその言葉に木村は白い歯を見せて「ははは！」と笑った。
「そうですよ、坊ちゃん。社長があなた様を東銀まで送るように言いました。愛されていますね！ これは
木村にぽんぽんと肩を叩かれる。その手は大きくて温かい。
「あ、坊ちゃん。社長からこれを渡すように言われました」
高橋が差し出してきたのはお守りである。
シュウは受け取るとお守りをまじまじと見る。何の変哲もないお守りである。
「社長が言うには『特殊なお守り』のようです。これはレンタル料がかかるみたいですが……」
高橋が「どうなさいますか？」と聞いてくる。
「そっか。師匠が言うなら借りておこうかな。ありがと」
値段は安くないが、シュウはお守りをレンタルすることにした。
シュウが十六歳という若さで便利屋を営業できている理由の一つに金蛇の援護がある。その感謝を忘れたことはない。
高橋が可愛らしい笑顔でシュウに言った。
「それではお坊ちゃん。このまま東銀までお供します」
シュウが歩くと、二人はその少し後ろをついてくる。東銀はすぐ近くなので、もう一人でも大丈夫だが、その好意に甘えることにした。
（便利屋に帰ったらリンを説得して、シャーロットに連絡をしよう）
シュウは足早に東銀座通りへ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます