第十五話 リンの事情
便利屋金蚊の受付に店長のシュウが座っていた。
「やはり最新のエアコンは最高だぜ」
シュウの頬をそよそよと冷風が撫でていく。先日の案件で多額の報酬を得たため、エアコンを新調したのである。
例の誘拐事件を解決した後、フィル=エリソンが自身のSNSで便利屋金蚊の宣伝をしたため、ずっと忙しかったのだが、最近ようやく落ち着いてきた。シュウは久々の平和な日常を味わっていたのである。
バックにカリスの新曲を流しながら、伸びをしている。
その時、正面のガラス戸が開いた。
「兄さん、外から見えますから。カウンターに座る時は、姿勢を正してください」
妹のリンが買い物を終えて店内へ入ってきた。
リンはシュウより一つ年下である。強面の兄とは違い可愛らしく整った顔立ちをしている。
もし「理想の妹ランキング」があれば、上位にランクインするだろう。服装はシュウと同じ青柳色の甚平である。
二人は異能を秘めた異人である。シュウは電気を操るエレキ系のエレメンターで、<発電>することにより、身体能力が著しく向上する。
リンはサイコメトリストである。マナに宿った残留思念(ざんりゅうしねん)を読み取る<サイコメトリー>を使う。何かと調査をすることが多い便利屋には必須の能力である。
シュウが前衛ならリンは後衛である。二人はお互いの短所を補い、便利屋を運営してきた。店をオープンしてまだ一年だが、軌道に乗っているようだ。
シュウは給湯室の冷蔵庫に買ってきた物を収納しているリンを見て言った。
「リン、お前さ……。普通の子供のように学校へ通っても良いんだぞ」
リンは「またその話ですか」と溜息をつく。
「協会(トクノー)は嫌いだが、あそこは異人の学校を運営しているだろう。通えば友達とかできるんじゃないか? お前は可愛いし、ずっと俺と一緒ってわけにもいかないだろう」
「……」
シュウとリンは孤児である。児童養護施設、星の家で育った。星の家は世界で初めて異人の子供を率先して受け入れた施設だ。
支援団体のマナリンクが運営しており、マナ国党からの支援もある。
星の家出身の異人を「星の子」と呼ぶ。
シュウは十五歳になった頃、星の家を出たが、その前から異人街で仕事をしていた。勿論、星の家の施設長監視の下である。
これはシュウの異能が強力だったからこその特例であった。彼は早くから自立を望んだのである。
シュウには恩人と呼べる人が三人いる。一人目は前述した施設長だ。便利屋開業の時も何かと世話になった。今も定期的に会っている。
そして二人目は、シュウが今でも「お師匠」と呼び慕っている女性である。
シュウの下積み時代の師匠であり、後見人(こうけんにん)でもある。彼女は凄腕の異人であり、シュウが目標としている人でもあった。彼女と施設長は旧知の間柄だ。
シュウが星の家を出た後、リンの落ち込み方は相当なものだったという。彼女は元来感情を表に出す性格ではなかったが、孤独のストレスは体調に現れた。食事の量が減り、無気力になっていった。
二人は星の家に入所する前からずっと一緒だったので、当然と言えば当然である。
彼女は、シュウが便利屋を開業してから、頻繁に仕事を手伝いに行った。その昔、シュウが異人街で修行をしていた姿を真似るかのように――。
リンのサイコメトリーは、便利屋の仕事で大いに役立ち、事業を軌道に乗せるに至ったのだ。
そしてリンは十五歳になった時、施設を出て異人街へやって来た。当時のリンはかなり痩せていたが、この数ヶ月で体重は戻りつつある。
そう、リンとしては苦労に苦労を重ね、やっとのことで兄との同居にこぎつけたのだ。
便利屋の二階と三階は賃貸アパートになっている。シュウはその一室を借りているのだが、数ヶ月前に、突然リンが部屋に転がり込んできたのである。当時のリンは痩せこけて顔色も悪かった。
「事前に相談したら絶対に反対されるから、黙って来ました」とリンは言った。シュウは施設に帰るように言おうと思ったのだが、リンの態度からある種の覚悟を見て取り、何も言えなくなった。
悩んだシュウは大家と相談し、隣の部屋をリンにあてがい、今に至るのである。どの部屋も二十平方メートルで広くはないが、その分家賃は安い。ちなみに大家も施設長と知り合いだ。シュウの三人目の恩人はその大家である。
「兄さんが施設を出てから私は一人でした。ようやくまた一緒になれたのに、何故離れなくてはならないのですか」
リンは給湯室から出てきてシュウに言った。
「それとも私がここにいて困るような……やましいことでもあるのですか?」と言い、シュウに冷たい視線を送る。
「私がいないと兄さんはすぐ無茶をして早死にします。そうなったら私もすぐ後を追うことになりますよ? それでもよろしいですか」
リンの態度は頑(かたく)なである。シュウはこの話題を打ち切った。兄離れをしない妹の将来を心配しているシュウの思いは届かないらしい。シュウは「やれやれ」と溜息をついた。
シュウはコーヒーを入れるために給湯室へ戻ったリンを見送ると、パソコンに視線を戻しメールをチェックした。
(今日は午後から来客があるな。えーと? シャーロット=シンクレアさんか)
今日の予約はこの一件である。シュウはコーヒーを飲みながら依頼の内容に目を通すことにした。
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