第十三話 マキシムライン

 氷川駅西口の方は普通人の割合が多く、高層ビルが建ち並ぶオフィス街になっている。


 温暖化の影響で日本の首都機能は埼玉県の新都心市、氷川市に移転しつつある。埼玉県が経済の中心地となっており、市はスマートシティ化を推進している。


 氷川の西は「氷川スマートシティひかわSC」と呼ばれる大都会、東は「氷川東銀座」と呼ばれる異人街であり、線路を挟んで全く別の顔を見せているのだ。


 普通人、異人双方に住みやすい街であるため、急速に人口が増えており、トラブルが頻発する。


 氷川SCを更に西へ行くと大きなバイパスが通っており、その先は第一級河川が流れている。その付近の地域はまだ開発が進んでおらず、多くの工場や畑が広がっている。


 河川敷にはだだっ広い難民キャンプがある。世間からは荒川第一難民キャンプと呼ばれている。


 キャンプと言っても、中にはショップやカフェがあり、ちょっとした町の様相を呈していた。長雨により川が氾濫することもあるため、衛生状態はよくない。


 難民キャンプから程近い場所、広大な畑で隔てた先にマキシムラインという会社がある。この会社は商品の発送代行や倉庫管理、検品や検収、ピッキングやアッセンブリを事業としている。


 従業員は異人や難民が多いが、その多くが無登録難民である。


 本来、無登録難民は就労を許されていないが、普通人や異人より安価な労働力として重宝されていた。


 入管や協会に見付かったら摘発されるが、西の最果てまでは管理が及んでいない。この立地ならではのグレーゾーンである。


 マキシムラインは二階建ての事務所で、お世辞にも奇麗とは言えない。


 壁際には大量のパレットが積まれており、それらが事務所の入り口の半分を塞いでいる。これは納品があった時に、すぐに荷物を置けるよう配置されているのである。


 敷地の北側には四百坪の倉庫が建てられている。倉庫脇には大量のカゴ車が折り畳まれて置かれている。


 倉庫内には納品された荷物が保管されていた。ここでも作業している人の姿が見える。冷房はあるが、倉庫は開けっぱなしなので、夏場は暑い。巨大な扇風機が一日中回っている。


 マキシムラインの工場内は修羅場であった。人気歌手カリスのグッズの梱包作業に追われているのだ。大量に積まれたポストカードやアバターのフィギュア、Tシャツを検品しセット組みしていく。


 バックにはアップテンポでカリスの歌が流されている。カリスは難民にも人気であった。


 後一時間ほどで昼休憩になる。気温が徐々に上昇しており、手元にペットボトルの水が欠かせない。


 社長の内山は水と塩飴を無償で提供している。密入国した難民とは言え、熱中症で倒れられると業務が滞るからだ。


 内山は創業三十年の会社の二代目である。情に厚かった先代とは異なり、従業員や取引先にもドライに接する。三十三歳でまだ若い。


 ボサボサの茶髪で、程よく恰幅が良い。目には濃いクマがあり、疲れた表情をしている。


 内山が着古した作業服を着て事務所で作業をしていると、突然声を掛けられた。机の周りは段ボール箱が積まれているので声の主が見えない。


「内山社長! お疲れ様でス。チェンです」


「ああ……。チェンくんですか。どうも」


 声の主が見えないのは無理もない。チェンは十歳の子供である。まだ小さい。国籍は不明だが、褐色肌で黒い短髪である。目はくりっと大きく、可愛らしい顔をしている。


 白いタンクトップにカーキ色の短パンを穿いている。アジア系移民のように見えるが、日本語は堪能のようだ。


「どうですか社長。難民キャンプに腕の立つ異人はいませんカ? ストレンジャーだとありがたいでス」


 協会に所属していない異人でも、実戦で通用する高い能力を秘めているとストレンジャーと呼ばれる。


 異人の中には「異能はあるにはあるが普通人と大差ない」者も存在するため、それらと区別するためにストレンジャーという呼び名があるのだ。


 どうやらチェンは難民の中にストレンジャーがいればスカウトをしようと思って来たらしい。


「そう都合よくいませんよ。実戦レベルの異人は。うちにいる異人は発達障害やトランスジェンダー等と大差ありませんよ。社会的に見ても『個性』のレベルです。普通の人と変わりありません。異能と言ってもね……、ちょっと遠くの物を動かすとか、マナを使って力持ちとか、たまにポルターガイストを起こすとか。そんなもんですから。慣れれば良い奴等ですよ。純粋ですしね」


 内山はパソコンでメールチェックをしながらチェンに答えた。


「そうでスか。まるで福祉の作業所みたいでスね。異人と難民を受け入れて立派! 社会貢献、社会貢献」


 チェンは人懐っこい顔でけらけらと笑う。


「冷やかしなら帰ってくださいよ。こう見えても忙しいのです。カリスの人気が止まらないから。まあお上のお墨付きですからね。お陰でうちも潤っていますが」


 内山は欠伸をしながら、自身の肩を叩いた。座り作業で肩が凝っているらしい。


「潤っていマスか……。確かに儲かっていそうでスね。良いスポンサーでもつきましたかネ?」


「……別に。普通ですけど」


 内山の素っ気ない返答に、チェンはにんまりと笑った。


「まあ、今日は帰りまス。ところで社長、あの荷物は何でスか?」


 チェンは事務所の隅に積まれた段ボール箱を指差した。それらの段ボールだけ厳重に管理されているようだ。カゴ車に積まれ、ラップで巻かれている。


「カリスのポストカードですよ。中にはレアものもありますから。強盗対策です。この辺りの治安は氷川辺りと比べると悪いですからね」


「そうでスか」とチェンは含みのある笑みを浮かべ、事務所を後にした。外に出ると、倉庫前で昼飯を食べる難民の姿が見える。内山の話が本当なら異人も混ざっているのだろう。


 談笑をしている姿から考察するに、労働環境は悪くないらしい。このような最果ての工場でも、誰かの居場所になっている現実がある。


(……従業員は家族でスか。確か先代はそのような人だったと聞いています。……二代目はもっとドライだと思っていましたが。ベジタリアン弁当を支給するとはネ。宗教にも気を配ってらっしゃる)


 チェンは難民キャンプの方へ足を向けた。ストレンジャーをスカウトする案件のためだ。しかし、腹が減っては戦ができぬ。その前に腹ごしらえをしよう。


(荒川の屋台船ラーメンが美味しかったようナ? 今日は荒川系ラーメンでも食べますカ)


 チェンは空腹の腹をさすりながら、荒川の屋台船へ向かったのだった。

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