第十二話 それゆけ落合さん!
東銀を北上すると、
雨蛇町の一角に[
異人の友社はその名の通り、異人に友好的な情報を発信する出版社だ。「異人の幸福と地位の向上」を企業理念に掲げている。従業員は百二十名ほどで、異人と普通人の割合は半々である。
四月に入社した新入社員の
黒髪のポニーテールがトレードマークである。真面目な性格をしているが、まだ学生気分が抜けていない。身長は低くマスコットのような可愛らしさがある。
落合は新人なので電話番や先輩の取材の同行が主な業務である。毎日叱られながらも前向きに勤務していた。
席は端っこである。卓上は雑誌や新聞が雑に置かれ、パソコンには数多の付箋が貼られている。まったく整理は行き届いていなかった。落合は前の席に座っている
「先輩! 異人のことを教えてください。超能力者ってことは分かりますが、いまいち理解できていません!」
上川は入社して五年目になる女性の先輩である。生真面目な性格で、あまり感情を表に出さない。黒髪のくせ毛で眼鏡を掛けている。かなりのヘビースモーカーだ。
「落合さんは普通人でしたね。私もそうです。異人の先輩に聞いた方が良いのでは? 田中さんとかね」
上川はパソコン画面から目を逸らさないまま無機質に答える。愛想は悪いが根は良い人である。
「い、いえ! その前に先輩から情報を仕入れようかと……」
「落合さん。異人の友社にいながら、異人が怖いってことはないですよね?」
落合は気まずそうに視線を逸らす。
「そ、そんなことは……。異人さんって私が生まれた頃にはいたのですが、起源がよく分からないんですよねー……」
上川は呆れるような表情を浮かべながら、律儀に答えた。
「はぁ……。まあ、いいです。異人が出現したのは今から約二十五年前の紛争地でした。独裁国家と西洋連合の関係が悪化し、国境付近で武力衝突が発生して、戦況が泥沼化しました」
「ふむふむ! 泥沼ですね!」
「世界大戦が現実味を帯びた時、西側の部隊に[アドルガッサーベール]と名乗る異人の傭兵部隊が加入したの」
「アドルガッサーベールって、大手軍事会社のあれですか?」
落合はスマートフォンで情報をチェックしながら、上川の話を聞いている。
「今はそうね。はぁ。タバコ吸いに行こ……」
上川は席を立って喫煙室へ向かう。一服の時間である。落合もそれに続いた。上川は喫煙室の中の自販機でコーヒーを二つ買うと、片方を落合へ渡した。
「あ、先輩。ありがとうございます! 嬉しい、ちゃんと甘い方だー」
落合はタバコは吸わないし、コーヒーはブラックで飲めない。まだまだ子供の味覚だった。二人はパイプベンチへ腰掛ける。上川は中断していた話を再開した。
「彼らは自らを異人と名乗り、衛星放送の前で不可思議な能力を披露したの」
「おお! 異能ですね!」
「ある者は武器を持たずに火を出し、水がない砂地に沼を造り、戦車の侵攻を止めた……そして空を駆け、敵軍を粉々に吹き飛ばした」
「そうですねー。異人っていったら戦争のイメージがあります。子供の頃はニュースでやっていましたし。今もどこかで戦争してるんでしょうか」
落合はコーヒーを飲みながら、上川の話に聞き入っている。
「そうね、そのイメージが強いから、当時の普通人は彼等を拒絶したの」
上川はいつになく真面目に話を聞いている落合を見ると、そのまま話を続ける。
「異人は軍事力として重要な位置を占めることになり、表向きにはその存在を非難しながらも、裏ではその限りではないという現実は、政府上層部では暗黙の了解となっていったわ」
「そうですよね。手ぶらで戦えるのはメリットですよね。証拠も残りませんし……」
上川はメンソールのタバコを吸いながら話を続ける。
「異人の存在が認知され始めると、その影響は徐々に人々の生活空間まで及び始めたわ。異人を名乗る犯罪グループが、普通人を標的にした事件を起こすようになった……。龍尾や龍王がそうね」
「あー、ニュースでやっていたような気がします。でも今も事件起きていますよね。あんまり変わっていないのかも?」
上川はブラックコーヒーを飲んだ。タバコとコーヒーは合うのである。
「異人の犯罪グループが物理法則を無視した超能力を使うものだから警察でも手に負えない。異人対策は世界共通で最重要事項となったわ」
ブラックコーヒーを飲み干して、上川は続けた。
「それに伴い差別が大きくなっていったのだけれど、日本は世界に先立って異人を公認し保護したの。ある動画がきっかけとなって……」
落合は手を挙げて答えた。
「先輩! その話知っています! マイチューブにアップされた異人の双子の虐待動画がきっかけですよね。……確か、虐待された異人の子供が異能を使って母親を殺したって言う……」
上川はタバコを吹かしながら聞いている。その表情は呆れていた。
「落合さん。母親の生死は不明です! ……でもそうね、その動画よ。子供に暴力を振るっている母親の背後で、キッチンの包丁がひとりでに浮かび、そのまま母親の背中に刺さる……結構ショッキングな内容だったの」
「うわ……えっぐー。でもかなり凄惨な虐待だったんですよね? 異能もそうですが、そっちのほうが話題になったって聞いています!」
「そう、この動画は当時かなり大きく扱われたの。海外でもね。それが異人保護の原動力となりました」
二人が話している動画を、当時のメディアはトリックだと報じたが、その動画を皮切りに各地で似たような事件が発生し、大物マイチューバーや芸能人、野党の政治家までもが、この問題に注目し始めた。
紛争地で暗躍する異人の存在は周知の事実となっていたし、この事件をトリックだと決定づける程、今の日本は「平和ぼけ」をしていなかったのである。
上川は話を続けた。
「当時の日本は……まあ、今もだけれど、児童虐待や人工中絶の多さ、そして人口減少が問題になっていた。異人の子供とは言え決して無視はできない――と、児童養護施設や慈善団体、政治家がこぞって異人の保護を訴えた」
当時の日本はこのように主張した。
――人類の
その昔、西洋連合がある種のヒロイズムから多くの難民を受け入れたように、日本でも同じ類いの感情が溢れていたのだ。
欧米各国がこの動画を連日非難した背景もあるだろうが、日本は異人を保護するために特殊能力者保護法を制定し、特殊能力者協会を発足した。
当時、異人保護を公約に掲げ、世論を味方に付けた野党が[マナと国民を守る党(マナ国党)]であり、現在の与党である。
「後は……落合さんも知っていますね。マナ国党の後押しや協会の努力があって、異人は普通人と共存しているわ。異人街に関しては複雑で賛否があるけれど、私は異人の友社の記者として賛同するわ」
「はい! 私も異人の友社の社員ですから!」
「私の同期で異人と結婚したコがいるけれど、幸せそうよ」
上川は優しく微笑んだ。落合はコーヒーを飲み干すと満面の笑みを浮かべた。
「異人って今ブームですからね! カリスちゃん、大人気ですもの! アルバムの『無色透明』はサイコーでした! 先輩、聴いたことありますか?」
異人を公表している人気歌手のカリスは、創作活動に影響が出ることを懸念し、協会に所属していない。彼女は異人からの支持は勿論、特能法による税金問題とは無縁のため普通人の支持も集めた。
文字通り両人種の架け橋であり、ダイバーシティの象徴となっているのである。
「勿論よ。カリスには頑張って欲しいですね。東銀にいるという噂ですが……。今度取材に行きましょう」
上川はそう言うと席を立った。そろそろ会議の時間である。落合もそれに倣う。
「そうですね! 東銀でオススメのカフェ! とかどうでしょう。『カフェ・アルマ』の広島産マンゴーパフェが人気みたいですよ! 先輩」
子供のような落合の言動に、上川は溜息をついた。
(真面目な良い子なんだけど……先が思いやられるわ)
上川と落合は会議室へ向かったのである。
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