第十話 来訪者

 フィルとソフィアはその後も旅行を楽しみ、アメリカへ帰っていった。


 その前日に二人は挨拶に来て、店の前で記念撮影をした。


 結局、フィルのSNS依存が治ることはなく、はしゃぎながら画像とメッセージを発信していた。


――みんな! 異人街(いじんがい)でとってもクールな便利屋を発見したよ! 彼らはスーパーマンだ! ユニコーンだ! 困ったことがあったら『異人専科便利屋金蚊』まで! ――


 リンは心底呆れていたが、この発信以降、店への問い合わせが激増したので、上機嫌である。フィルのSNS依存が役に立った瞬間であった。


 結局、今回の誘拐事件とコーポ木崎の殺人事件がニュースになることはなかった。


 警察上層部に圧力が掛かったのか、協会(トクノー)の介入があったのか、そもそも被疑者・被害者不明で立件できなかったのか。理由は分からない。


 シュウは店のガラス戸を開けて東銀通りに出た。空を見上げると雲一つ無い晴天である。今日も暑くなりそうだ。


 フィルのお陰で仕事は山積みである。振り返ると店内でリンが嬉しそうにSNSを更新している姿が見える。


 もともと金蚊のアカウントはあったが、最近は一層力を入れて運営しているようだ。


 午後にエアコンの工事が入る予定だ。最新のエアコンに新調されることも、リンの機嫌が良い理由の一つかもしれない。


 その時間、シュウはチェンに地下都市で五郎系ラーメンを奢ることになっている。言いたいことは色々とあるが、持ちつ持たれつ、付かず離れずの関係が重要だ。


「よし、今日も頑張るか」と、シュウは気合いを入れ直し、メールチェックをするために、店の中へ戻っていった。





――ソフィア=エリソンは血しぶきで真っ赤に染まった部屋の中に佇んでいた。足下には誘拐犯が無残な姿で散乱している。メイが持っていたソフィアのスマートフォンは破壊され、部屋の隅まで吹き飛んでいた。


「……あ、ホテルに帰らないと……、パパが心配するわ」


 正気を取り戻したソフィアは、玄関の方へ身体を向けた。ここがどこだか分からないがタクシーを拾えば駅まで帰れるだろう。


 その時、玄関ドアが静かに開いた。ソフィアはびくっと震えた。


 黒いフード付きのロングマントを着込んだ人物が部屋に入ってくる。想定外の来訪者にソフィアは声も出ない。


 相手は透明感のある笑顔で話しかけてきた。


「やあ、大変でしたね。ソフィア=エリソンさん」


 中性的な声音だが、少年のように見える。彼は何故かソフィアの名前を知っていた。


 とても美しい少年だった。年齢はソフィアと同じくらいだろうか。肌は雪のように白い。髪はさらっとした抜け感のある灰色だ。マッシュスタイルの髪型が小顔に合っている。


 印象的なのは赤い色をした瞳である。見詰められると吸い込まれそうな感覚に陥る。


「……あなたは?」と、ソフィアは数秒遅れて声が出た。その問いには答えず少年は話を続けた。


「<サイコメトリー>でマナ情報を読み取られると色々面倒です。僕が少しだけ細工をしておきます」


 少年が部屋に手をかざすと一瞬白く光った。ソフィアは彼が何をしているのか理解できない。


「ソフィア=エリソンさん、よく聞いてください。これからこの部屋に黒髪の少年、金髪の少年、警察がやって来ます。外に出ると殺されてしまいますので、あなたはこのまま寝ていた方がいいでしょう。そうすれば全部丸く収まってアメリカに帰れます」


 ソフィアは急速に意識が遠のいていくのを感じた。疲れているのかもしれない。思わずその場に座り込む。


「人は必ず死にます。それが早いか遅いかだけ……。人を殺したことは気にする必要はありません。すぐに慣れますよ」


 とても美しい声だ。


 少年はにこりと笑い、窓の方に視線を移した。サッシの中には窓ガラスは無い。


 先程の<サイコキネシス>で粉々に吹き飛んでいる。血に染まった赤いカーテンが不気味にはためいている。


「そろそろ最初のお客さんが来ますね。じゃあ、僕は行きます。また会いましょう。ソフィア=エリソンさん」


 その言葉を最後に、ソフィアは深い眠りについた。

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