第七話 真相
ソフィア=エリソンは日本旅行を堪能していた。水没した都内湾岸エリアのクルージングは圧巻だったし、新都心では新しいゲームを買ってもらえた。
フィルが商談で不在の時は、給仕が同行してくれた。人気歌手のカリスが訪れたであろう「聖地」も回れて大満足である。
今日はガイドブックに載っている異人喫茶へ来ていた。店内は観光客で賑わっている。地元民の憩いの場にもなっているらしく、異国の雰囲気を楽しめる。
彼女はマイチューブの食レポを観た時から日本の郷土料理である肉汁うどんを食べたいと思っていた。どうやら辛さを選べるそうで、ソフィアは控え目にした。フィルは激辛を選んだようだ。
父親のフィルは相変わらずSNSに勤しんでいる。母が死んでから一層依存するようになったが、それで気が晴れるなら別に構わないとソフィアは思っていた。
度々カメラを向けられプライベートを侵害されているが、父の笑顔を見ると何も言えない。自分の画像で父のフォロワー数が増えていることや、世間から注目されることは嫌ではなかった。
「ねえパパ。チョコレートパフェも頼んでいい?」
フィルはスマートフォンで店内を隅々まで撮影しながら、その要求を快諾した。
「パパ。他のお客さんまで撮影していると怒られるわよ」
「分かっているよ、ソフィー。そうなったら素直に謝るさ。でもね、このお店はSNSに投稿してレビューを書くと割引を受けられるんだ。だから私は堂々と撮影しているのだよ」
子供のようにはしゃぐ父親を見ると何も言えない。外見は映画俳優のように格好いいが、内面はまだまだ子供である。
今日は給仕がオフで、父と二人きりである。久々の親子水入らずだ。
「トイレに行ってくるわね」
「あ、私もついていこうか?」
「やめてよ。パパのすぐ後ろがトイレなんだから大丈夫でしょ。心配なら席から見張っていてね」
ソフィアは年頃の娘である。過保護な父親の同行を丁重に断り、トイレに向かう。ちらりと後ろを見ると、スマートフォンを自分に向けているフィルの姿が見える。
あれで見張っているつもりだろうか。呆れて物が言えないとはこのことだ。
いつもフィルを心配していた母の気持ちが分かった気がした。
トイレで用を済まし、手を洗っていると、背後から声を掛けられた。振り返ると二人の女性客がいた。赤いスーツケースを持っている女性と黄色いチュニックシャツを着た金髪の女性である。
「ソフィア様でいらっしゃいますね。給仕の方から伝言を承っています」
金髪の美しい女性が笑顔で言った。感じの良い人である。
(給仕には今日、休日をあげたけど……。パパが心配でついてきたのかも。あり得るわ。クリスは心配性だから)
「フィル様には内緒にしていただきたいのです」
隣にいるスーツケースの女性が続ける。彼女はアジア系の外見だが、日本人ではなさそうだ。
「はい、何ですか」
ソフィアが答えた瞬間、注射器で首の辺りを刺された。何かを注入され、そのまま意識を失い、視界が暗闇に閉ざされた。
アジア系の女が気を失ったソフィアの身体をスーツケースへ押し込んだ。それを隣で見ていた金髪の女が言う。
「……ここで確保できたからプランAね。じゃあ、ディアン。私は行くから。アパートで落ち合いましょう」
ディアンと呼ばれた女が答える。
「分かったわ、ミラ。あなたがトイレから出た後、メイが食器を落とすのよね。そのタイミングで私も後を追うわ」
トイレを出て行こうとするミラをディアンが呼び止める。
「あ、ミラ……。ロウに連絡しておいて。そうそう、いつも咳き込んでいるから薬でも買ってあげてよ」
ミラは頷くと、トイレを出て行った。この間、トイレに誰も入ってこなかったのは運がよかった。ここを逃すと次はミュージアムで拉致する計画であった。ディアンは小さく溜息をついた。
(娘を溺愛していて有名なパパだし。スムーズに事が進むはず。百万ドルがあれば異人街でも暮らしていけるわ)
――パリーン。客席が騒がしくなった。
合図だ。ディアンはスーツケースを引いて、外へ出て行った。
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