第六話 冬の日
ソフィア=エリソンは半月前から旅行を楽しみにしていた。
日本最大規模の異人街である
東銀は日本アニメの聖地にもなっている。人気歌手のカリスが何度も訪れていると言われるその街はソフィアの学校でも話題に挙がっている。
ソフィアは父親に似た金色のロングヘアーで、母親から貰った青いロングリボン付きのカチューシャをつけている。
いつも着ているゆるふわワンピースのイメージは西洋人形のそれである。
少々生意気そうな顔をしているが、クラスの男子からは人気がありそうだ。
半月後に父親のフィルが
日本の建設技術は世界でトップクラスである。
日本の富裕層は年々激しくなる異常気象を避けて、空中都市、海上都市、地下都市へ移住を始めている。
それらの都市開発にも水門重工が関わっており、今度の商談は重要らしかった。
しかし今回は非公式の商談で、あくまでも名目は旅行である。ソフィアは久々の海外旅行に気分が上向いていた。
◆
ソフィアの母親は三年前に病死している。ソフィアが九歳の頃である。元々フィルは子煩悩だったが、妻との別れが娘への溺愛ぶりに拍車を掛けた。
フィルは娘と過ごす時間を記憶に刻み込むために、SNSへ没頭した。
自分の発信に反響がある度に、心が満たされていくのを感じた。それは愛する妻を亡くしてぽっかりと空いた心の穴を埋めてくれたのだ。
皮肉なことに育児に勤しむ父親のイメージは世論を味方につけ、メディアへの露出が増えて、その結果、会社の業績が上向いた要因の一つとなったのである。
ソフィアは両親の愛情を存分に注がれて育った。多少わがままな性格は家庭環境によるものだろう。
経済的に豊かな家柄だったので、何の苦労もせずに育ってきたソフィアが初めて直面した人生の理不尽は、母親の難病だった。
大抵のトラブルは金で解決できる。ソフィアは幼いながらもその事実を熟知していたが、最新医学を以ってしても、母の病気は治らない。
愛妻家であったフィルの憔悴ぶりは、当時エレメンタリースクールに通うソフィアの目から見ても辛いものだった。
その父の姿を見ているとソフィアは不思議と冷静になり、いずれ訪れる母の死を受け入れる覚悟を決められたのだ。
(私がパパを支えなくてはならない)
ソフィアが同世代より大人びて見えるのは辛い過去の記憶があるからだった。
本当ならまだ母親に甘えたい年頃の娘がそのような感情をおくびにも出さない。
当時の母親は病床に伏しながら、胸を締め付けられるような感情に心を焼かれていただろう。
ある冬の日、母の病状が進んだ。ソフィアはベッドの横で母親の手を握っていた。たまたま病室には二人しか居なかった。母娘は数少ない言葉で談笑していた。
ソフィアは数年前に覚悟を決めている。母の死は近い――。
そのようなソフィアの想いを見透かすかのように、母はある意味では神の啓示を、そしてある意味では死神の呪詛を口にした。
――お父さんを守ってあげて……、あの人……、危なっかしいから――
その刹那、ソフィアの瞼の奥でバチッと閃光が走った。若干貧血の症状が出たソフィアだったが、力強く「うん」と頷いた。そして母の手を握る力がふっと緩くなった。
それがソフィアと母の最期の会話となった。
その後、フィルが医者と一緒に病室へ入ってきて、母親は集中治療室へ連れて行かれたのである。
その晩、母は三十五歳の若さでこの世を去ったのだった。
翌朝は不気味なほどの快晴だった。文字通り雲一つなく晴れ渡っていたのである。
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