第16話 運命

「あなたとは婚約破棄しないとおっしゃいましたのよ!」


それは、私も初耳だが、おそらくーー嘘なのだろう。体裁上、そう言うしかなかっただけで。


「どうしてあなたなの!?」


扇子が飛んでくる。

交わし切れなかったが、なんとか腕に掠っただけだった。


「あなたは侯爵令嬢、しかも傷物!」


恐怖が襲いかかる。


なぜ、傷物だと知っているの?隠して、隠してきたのにーー。


私の背中には、大きな傷跡がある。ナイフで切られた時、奇跡的に一命を取り留めたのだ。


「そんなあなたが殿下に愛される意味がわからないわ!」


それは、訂正したい。


「殿下は私を愛することなどありませんわ」

「馬鹿にしてらっしゃるの?」

「いいえ。ですから、そのうち婚約破棄されるかとーー」


言い終わらないうちに紅茶をかけられた。

幸い冷たくなっている。


「本当、生意気だわ。私に譲ってくださらない?」


髪を鷲掴みにされてーー。


はい、と言えない。

私はまだ、彼に恋しているから。


「レティシア!」


皇太子が入ってくる。


「パトリシア嬢、あなたは何をしている?」

「っ…!」


何度も繰り返す人生で、パトリシア嬢は常に「良い子」であった。

きっと、根は悪くないのだ。


「殿下、パトリシア嬢は何も悪くありません。これら全て、私の失敗から来たものですわ」


殿下は何か言いたそうにして、でも口を閉じた。


「殿下、私もう少しパトリシア嬢とお話ししたいですわ」

「…わかった」


きっと扉前で待機しているだろうから、手短に話すことにした。


「なあに、同情でもしたの?」

「いいえ」

「なら、なぜ…」

「私には、助けられる資格がないからです。パトリシア嬢、私はあなたに幸せになってほしいのですわ」

「ば、馬鹿に…」

「していません」


私がこの座にいるせいでーーだから。


「何かあれば、難なく押しかけてくださいませね」

「…どうして?」

運命さだめですから」





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