各時代の権力者はなぜ天皇を殺してなり変わらなかったか

@takebayashinozomi

なぜ歴代の権力者は天皇を殺して実権を握らなかったのか


序論

日本の歴史において、天皇は日本の国際的な国家元首として地位を維持してきたが、実際には多くの時代で、政治権力が他の物に渡り天皇は象徴的な存在として居座ることが多かった。それでも、歴代の権力者たちは天皇を殺害して自らが権力の頂点に立つことを選ばなかった。この現象は世界の様々な国家と比較してもあまり見られない物であり、その背景には様々な要因が存在すると私は考えた。この小説では天皇がなぜ殺されることなく地位を保ち続けることが出来たのか、考察し、様々な視点で分析しようと思う。


本論

1.天皇を殺し実権を握らなかった理由(仮説)


私は天皇を殺し実権を握らなかった理由として2つ思いついた。


一つ目の理由は、天皇を殺すために挙兵した場合、朝敵と見なされる可能性があるからです。天皇に対する反乱は、天皇を重んじる勢力や民衆から激しい抵抗を招き、実権を掴むのが難しくなる可能性があるからです。例えば、平将門は自分が新しい天皇だと反乱を起こしたが、天皇の命令により討たれました。このように天皇に反旗を翻して挙兵したら逆に自らの死を招く危険性があったため、誰も天皇を殺し実権を掴もうとする人が現れなかったと思います。


二つ目の理由は、天皇を殺して自分が天皇になったとしても、その後に反旗を翻される可能性があるからです。古代の天皇は神の子孫とされていて天皇を殺すという行為は神を殺すということと同じと考えられていたはずです。そのため天皇を殺害した者に対して、宗教信者や配下のものが怒り反旗を翻す可能性があるからです。なので実権を持てたとしても維持するのは困難だと思います。


2天皇を殺して実権を握らなかった理由(調べた結果)


私が天皇を殺して実権を握らなかった理由を調べた結果3つが挙げられます。


一つ目は宗教的・神話的な理由です。

天皇の存在は日本神話において極めて神聖なものとされていました。天皇は天照大神の子孫として位置付けられていて、それは神道における中心的な存在でもあったらしいです。天皇はこの世に現れた神とされていて、それを侵すことは極めて禁忌とされていたようです。そのため天皇を殺害することは秩序を乱す行為であり、民衆や武士などの強い反発を招く可能性がありました。また、天皇は国家の安寧を祈る儀式を仕切る存在であり、天皇を殺すということは国家の安定を崩壊させる可能性があったため、そもそも天皇を殺すという行為はあまりされなかったようです。


2つ目は政治的な理由です。

天皇を殺すことは必ずしも権力者にとって有利なことではなかったようです、実際に日本の歴史において天皇は統治者としての役割を果たしていて、政治権力は大臣や幕府が握っていました。このような構造により、天皇を利用することで権力者たちは自分の統治の正当化をすることができます。例えば、豊臣秀吉や室町・江戸時代は天皇を補佐しつつ、自分が実権を握る形で政治を行っていました。もし天皇を殺して仕舞えば、正当性を主張することが出来なくなります。これらの理由から権力者たちは天皇を殺すことを避けたと考えられます。


3つ目は社会的要因です。

日本人にとって天皇は、国の象徴としての役割を果たしていました。そのため天皇を殺すことは国民全体に対する裏切り行為と認識されるおそれがあったようです。これらのことから天皇を殺すまたは、排除することは国民や社会の混乱を引き起こす可能性が高かったと考えられます。


3各時代の平民から見る天皇

日本の歴史において、時代ごとの平民からの天皇の見方は大きく変化していると思います。そのため以下に各時代の平民からみた天皇の印象を纏めようと思います。


1古墳時代〜奈良時代

この期間は天皇が日本神話の時代から血統を受け継ぐ存在として崇められており、天皇は天照大御神の子孫だと伝えられていました。これにより天皇が政治権力を持ち、平民は天皇の命令などは神の命令などと受け止めていました。


2平安時代

平安時代になると藤原氏などが政治の実権を持つようになり(摂関政治)天皇の政治的な役割は象徴的な物に変わっていきました。ですが、天皇は文化的な権威として居座り、平民などは文化や伝統の象徴という印象に変わっていきました。


3鎌倉時代〜戦国時代

鎌倉時代に入ると、武士達(幕府)が政治的権力を握り天皇の政治的権力はさらに弱まりました。また南北朝時代では天皇という存在が武士達により自分らの正当性を主張する道具となっていきました。それにより平民達からは遠い存在になったが権威は依然として尊重され続けている。


4江戸時代

江戸時代は江戸幕府が日本全土を統治するようになり、天皇の政治的な役割はほぼなくなってしまいました。鎌倉幕府などが活用したように、武士達の自分たちの行いを正当化する道具として利用されていました。ですが、儒教や国学の影響で平民からなどの天皇の尊厳が高まるなどの影響がありました。


5明治時代以降

明治維新により、幕府から政治的権力は天皇に戻りました。それにより平民からの天皇は国のトップという印象に変わり強い存在感を持つようになりました。だが、実際の政治は内閣や政府などが行っている。





結論

私はこれらの結果を元に、天皇を殺して実権を握らなかった理由は、社会的・宗教的な理由が主だと思いました。私は各時代の天皇の印象を調べているときにふと、何か自信がない時などは私は神頼見しますが、昔の日本の人々は何か叶って欲しいことがあったら天皇に願い事をしているのかなと思うと微笑ましい気持ちになりました。

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