第13話「名前のない贄娘」
「どうし……」
少女が月冴に手を伸ばし、自分の身長にあわせるように引き寄せた。
月冴が目を丸くしていると、少女は大きく息を吸い込んで叫んだ。
「月冴さまは譲りたくない! 私だって! 私だってっ!!」
もう諦めたくないと言いきりたい。
見返りを求めてしまう気持ちは捨てられないが、だからといって恥じて口をつぐむのは違うだろう。
言いわけはするものかと叫べば声が裏返り、高くなった。
ハッとして我に返ると少女はかかとを下ろして恥じらうも、目だけは反らしたくないとしがみついた。
「ずいぶんと長湯だったようだが」
だが月冴が目を反らし、話題を強引に変えようとする。
無視されたことに少女の身体が強張った。
だが結果を顧みずに反抗に徹して顎を突き出して挑戦的に月冴の目を追った。
「一時的な衝動かもしれません。ですがどうか無視をしないでください」
「……」
物言わぬ月冴に少女はするりと月冴の頬を撫で、指先を首筋に滑られる。
薄い唇に目がいってしまい、濡れた吐息が鼓膜を震わせた。
「あの女にでも会ったか」
図星をつかれ、少女はゆっくりとうなずく。
すると月冴は手で目元をおおい天を仰いだあと、するりと少女の唇を親指でなぞった。
「あの棺は呪いだ」
(呪い?)
この発言はまっすぐだと少女は口をきゅっと結ぶ。
「土地神とはあながち間違っていない。あの棺は狐を封印したものだった」
「狐?」
月冴が目を伏せて背を丸くして少女の背に手を回す。
耳元に触れた息はそよいだ風のようだった。
「私の生まれは神事を行う家だった。村で悪さをする狐がいて、身に宿して封印をしようとした。だが狐を封印出来たものの、妖力だけは私の中に残った」
そこまで口にして月冴は咳払いをして少女の着物をくしゃりと握った。
堅苦しい手の強張りだと少女は首をかしげて月冴を抱き返した。
「……メスの狐だったんだ」
「メス……」
言葉にすることで月冴は逃げられないところまで自分を追い込んだ。
落ち着きがなくなって指先で少女の毛先をいじりだしていた。
「あの棺は狐の身体が収められたもの。魂は執念深く、新たな肉体を欲するようになった」
「じゃあ村近くにあった棺は……」
「そうだ。狐は私を孤立させようとした。そして女を贄に求めて身体を手に入れようとした。自分にあう身体が見つかれば魂が戻り、妖力を取り戻せるとでも考えたんだろう」
そうしていくつもの屍が棺を通じて月冴の前に現れた。
誰一人、あやかしの世界に命をそのままにやってこれなかった。
あきらめさえ通り過ぎるほど長い年月が経ち、月冴の前に少女が現れた。
名前のない空っぽな娘。
狐が依り代に求めそうな手ごろな娘だった。
「だがお前は狐に乗っ取られなかった。お前の中身は狐だと思ったんだ」
どういう意味だろうと目を丸くすると、月冴が物思いに沈んだ笑みを浮かべた。
「いつまでたっても妖力はそのまま。お前は悪さの気配も見せない。まさかと観察していたら狐はどこにもいない。……椿が来たことで確信した」
狐の身体は朽ちて、魂も生け贄を求めて殺すことはないと。
ならば狐の魂はどこに行ったとさがせば答えは少女にあった。
少女の亡き両親は巫女の家系。
巫女の血をひく名前のない贄娘が狐の魂を寄せて滅したのだと理解した。
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