第11話「怒るってなに?」
「ごめんなさい。別にあなたを泣かせたいわけじゃないのよ」
「うっ……ごめ、なさ……。私……!」
どうして肝心なときに声が詰まるのだろう。
だから不幸面をした弱虫になる。
前向きになりたいと思っているくせに心とは裏腹に泣いてばかりだ。
いや、それさえも言い聞かせでしかないのだから本当は前向きになろうと思っていなかったかもしれない。
そう思えば思うほど情けなさと嫌悪感に吐き気がした。
「本気であの方を愛してるのね」
確信を迫る発言にハッとして顔をあげる。
あれほど艶やかに笑みを貼り付けていた椿が物思いに沈んだ笑みを浮かべた。
「愛するって難しいと思うの。自分が嫌いだと相手の気持ちに疑いをもってしまうわよね」
「……月冴さまはずっと一人だったと言われました。だけど生きてたどり着いたのは私だけだった」
あぁ、いやだ。
唇を固く結んで、それ以上言わないように堪える。
「だけど椿さんが先に来ていれば私はいらなかった」
言わずにはいられない。
八つ当たりでしかない。
それでもこれ以上、隠していては変われないことも気づいていた。
(こんな風に思いたくないの!)
「月冴さまの一番はゆずりたくない! 足りないものはちゃんと埋めたい! もう振り向いてくれない背中を見たくないんです!!」
喉の蓋をこじ開けてあふれた本音。
これをぶつけた相手が椿というのも皮肉なことだ。
だが泥を投げられる村で、汚れを気にせずに手を差し出してくれた人。
まるで別人になってしまった可憐な花。
以前がピンク色だとすれば今は真っ赤な花びらだ。
中心の黄色の見え方が異なるほどに少女の目にはまぶしい女性だった。
「あなたは気持ちを伝える努力したことがあるの?」
冷めた口ぶりに心臓が握りしめられる。
椿は立ち上がるとお湯をかき分けるように少女に詰め寄った。
かがんだと思えば次の瞬間、波のようにお湯が少女の顔面に直撃した。
ぐっしょりの髪が濡れ、少女は鼻をすすって瞬きを繰り返す。
見下されているとだんだんと腹が立ち、少女は立ち上がる勢いとともに湯を横殴りにぶつけた。
肩を上下させて震える少女に対して椿は舌打ちをして少女の頬を両挟みする。
「わたしにそれだけ言えるならあの方に直接言いなさいよ!!」
そんなことが出来たら苦労していない。
誰かに本音を言う恐怖がどれほどのものか知らないくせして。
告げて背中を向けられるさみしさも知らないくせして!!
少女をおどすように睨んでくるのは卑怯だと唇を噛みしめた。
意固地になる少女にこの鉄壁は簡単に崩せないと椿が先に折れてため息をつきながら湯に肩まで浸る。
疲れた顔をする椿に少女は自分勝手だったと青ざめておずおずと椿をチラ見した。
「後から実は、って言われてもわたしは信じない」
ひとくくりに団子結びをした髪が乱れる。
水面から手が出ると波紋して白い湯が妖艶に腕を伝った。
前にたれてきた髪を耳にかける姿は色っぽい。
すべてを拒絶する光のない瞳に少女の背筋がぶるっと震えた。
「凶作で水は枯れ、大地は乾いた。贄が悪かったから土地神様を怒らせてしまったとみんな慌てて次の贄を出すことに決めたの。そこで選ばれたのが私だった」
忌々しいと激しく興奮した目つきで誰も近づけない、拭えない暗いオーラを放つ。
誰もが好ましく思っていた娘がこうも噛みつく顔をしていると、なぜか少女の胸が痛くなった。
「ここへ来てあの方の端正な容姿に魅了されたわ。……こうも美しい方の妻になると思えば憂さ晴らしになる。贄として役割を果たしたことは誇らしいわ」
椿にも帰る場所はない。
少女が帰れないのと同じように、椿も抗えずに棺に入れられた。
だが少女と大きく異なるのは悲しむ人がいたということ。
憎いと怒りを抱く相手がいることだ。
(本当に? 私は怒っていないの?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます