第9話「自己肯定を知らないがゆえに」

それからの少女の生活は今までとなんら変わりなかった。


ふしぎと女性に会うことも無く、ぬぐえぬ不安を抱いたまま気をそらそうとして畑を作ろうと土を耕した。


「いたっ……」


鍬を握っていれば持ち手の木が逆立って少女の手のひらに棘が刺さった。


鮮やかな赤が腕に伝っていく様に銀世界に咲く花を思い出す。


同時に月冴と唇を重ねたことが過ぎって、赤く濡れた指先を唇にすべらせた。



夜になると月冴が少女のもとへ訪れた。


縁側に二人並んで腰かけ、空に浮かぶ満月を眺めて息を吐く。


「ここの生活には慣れたか?」


月冴の問いに少女はうなずき、ぬぐえない問いを月冴にぶつける。


「あの女性……椿さんはどこに」


「部屋を与えた。図太い女だ。夜になれば寝所に忍び込もうとする」


おかしな奴だと月冴にしてはめずらしく声を出して笑っている。


その姿に少女のなかにモヤが渦巻いて、だんだんとむかむかしてしまう。


これでは月冴を縛りつける考えだと首を横に振って無理やり口角をあげた。


「嫁ぐ覚悟と言っておられましたから。ここに来れるのは私だけではなかった。もう月冴さまはお一人ではないのです」


「……お前、それは本気で言っているのか?」


月冴から聞こえた声はあまりに冷たく、棘のある鋭いものだった。


怯えるつもりはなくても勝手に身体がビクッとしてしまい、身を縮めてしまう。


目を合わせられないでいると月冴はため息をつき、思いきり少女を縁側に倒して馬乗りになった。


白樺のように美しい指先が少女の唇をなぞる。


「たとえそうだとしても先に来たのはお前だ。お前は白すぎる。今までここに送られた贄たちはいろんな色をまとっていた」


それが月冴に絡みつき、そのたびに炎でなぎはらったと口にする。


「対して椿は黒いものだ。白無垢を着ていたのは当てつけ以外の何ものでもない」


「それは月冴さまの嫁になるためで……」


「違うな。あれは憎悪だけでここに来た。世界が変わる圧など吹き飛ばすほどに」


たしかに椿は人が変わったかのように冷めた顔をしていた。


少女に手を伸ばしてくれたときはまるで野に咲く可憐な花のように。


人を魅了する花の蜜のような方だったと、重ならない同じ顔を思い浮かべた。


「あそこまでとは言わんが……。一種の防衛反応か。鈍く生きるしかなかったのか」


「月冴さま?」


答えは出せないと月冴は気怠そうに少女の上から退いてごろりと寝転がる。


最初は荒々しかった月冴だが、いまはとても穏やかでくすぐったい人だと少女の胸が高鳴った。


(前向きに。前向きに考えたら私はなにをしたいのかな)


養父に振り向いてほしい。


村でよく見かける子どもをかわいがる親のように少女を見てほしかった。


頭を撫でてくれたらと欲を抱き、一心に役に立とうと駆けまわった。


何も得られなかったと胸が痛くなり、喉が詰まる感覚は予想外だった。


求めれば痛いだけ。


向けた気持ちの分だけ返ってこなければ息苦しい。


よく愛とは与えるものだ、無償の愛だと言われている。


だがそれを実行できるほど少女は相手と向き合うことが怖かった。


一途に養父を求めて、他を意識したことは一度もなかった。


「ひとつ、わがままを言ってもいいですか?」


「なんだ」


意識して前を向こうとして、少女は言葉を漏らす。


月冴のまなざしに唾を飲み込んで、息と同化するほど弱い声でいままで口に出来なかった想いを告げた。


「膝枕、していただけませんか?」


「……は?」


少女の願いに月冴はすっとんきょうな声をあげる。


すぐにしかめっ面をした月冴に少女は怖気づき、「なんでもない」と慌てて引っ込み身体を起こした。


(なにを言ってるの。月冴さまにとっては戯れでしかないのに。私の抱く想いと同じものが返ってくるわけでもないのだから)


絶対にありえないことだ。


仮にありえたところで少女は怯えて遠ざけようとする。


誰からも尊重されず、いつのまにか自分を卑下することに慣れてしまった。


それが異常なほどの自己嫌悪だと知らず、欲を丸出しにした自身をキモチワルイとさえ思っていた。


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