第5話「あやかしの町」
***
鼓門を抜けると鬼火がふよふよして逢魔が時に灯る一本道。
牛の頭をしたもの、腕に百の目がくっついた女性。
黒い狐に翼のはえた犬と、個々の主張の強いものたちが行き交っていた。
圧倒されていると月冴は口角をあげて柔く微笑んだ。
「手を離すな。はぐれるからな」
言葉が出てこない。
浮きたつ気持ちと不安定さ、はっきりしない感情に指を握り返すのが精いっぱいだ。
あんなに不審な目で少女を見ていたのにまるで態度が逆だ。
何を考えているかわからないと少女は唇を丸めて目を反らした。
「こういう場ははじめてか」
月冴の問いに少女は一間あけてうなずく。
「村しか知らないんです。外はこんなにも賑やかなんですね」
それともあやかしの世界だけなのか……。
見たこともない大きな塊の肉や、真っ赤なリンゴの飴細工。
ふわふわした綿をパクッと口に含む河童。
色とりどりの食べ物とそれを取り巻く環境に少女はかかとを浮かせて背伸びした。
(生け贄なのにこんな気持ちになっていいのかな? 月冴さまは私を連れてきて一体どんな目的があるの?)
山へ山菜を取りに出かけ、そのついでに薪になる枝を拾う。
収穫したものを村まで降りて換金し、そのお金で生きてきた。
そんなつまらない人間をあやかしの町に連れてくるとは月冴は変わり者だと視線をさ迷わせる。
今は月冴に手を握られたくないと震えそうな指先が一気に強張った。
「お前……」
「あら、月冴様ともあろう方がにゃぜこんなところにいるにゃ?」
知らぬ声にパッと顔をあげる。
そこには瞳孔のするどい猫又の女性がいた。
ぺろっと唇を舐めて尻尾をゆっくりと腕に巻き付ける。
「私がいてはおかしいか?」
「にゃん。貴方様のようにゃ名のあるあやかしがこのようにゃ下賤の町にいるのを不思議に思っただけにゃん」
そう言って猫又は尻目に少女に目を向ける。
「新顔ですにゃ。同族ににゃお優しいことにゃ」
「口をつつしめ。その尻尾を切ってもいいのだぞ」
「あら怖い怖い。にゃー……」
腕をさすりながら猫又はニヤニヤしてササーッと去ってしまう。
猫又だけでなく、月冴がつれる者に興味を抱くあやかしたちの視線が突き刺さる。
ぞろぞろとあやかしたちが詰め寄ってきて、わざとらしく少女の行動範囲を狭めた。
ついに少女の背中を押され、反動で顔を隠していたお面が外れてしまう。
カツーンと石畳に落ちてハッと息をとめた。
「なにあれ、人間?」
「人間だ」
「あのお方が人間を連れている」
「人間は喰らう必要がある」
ザワザワとした様子に少女は不安になり、身を縮める。
いそぎ地面に落ちたお面を拾って顔を隠すもすでに正体はばれてしまった。
ギラギラした目で詰め寄ってくるあやかしたちに少女の背中は汗でびっしょりになる。
動けないでいると、月冴が少女の前に出て毛を逆立ててあたりを見渡した。
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