第2話「生きる意味を知らない娘」

「生きた贄……か。ここまで辿り着くまでに世界が変わる圧力に負けて死ぬ。……お前は例外のようだが」


そう言って男は口角を上げて目を細めた。


笑っているのに妙に寂しさを感じる声だと手を伸ばそうとして、少女は目を背けて畳の上で手を握った。


蒼玉色の目は少女を人として見ていない。


生け贄にそこまで興味がないのだと気づき、少女はうつむくばかり。


捨てられた先でも少女はここにいる意味を見いだせないでいた。


このまま食われてしまうのか。


なんだっていい。


せめて誰の目に映ったのかを知りたいと願い、少女は顔をあげてかすれた声を出した。


「あなたは誰ですか」


その問いに男は一瞬目を見開くも、すぐに温度を下げてしまう。


妖艶な微笑みもわびしく見えるのは一方的な映り方だろうかとぼんやりと眺めた。


顎を掴まれ、少女は息をのみ目を閉じる。


悲鳴をあげるほど少女は自分を守ろうともしていなかった。


それに男はじりっと身を引き、憂いに目を伏せた。


わずかな動きに反応し、男の肩にのっていた銀色がさらりと流れた。


「さぁ、なんだろうか。ただ、人々は私を土地神と勘違いしているようだ」


「土地神様……」


その単語に少女は思い出す。


少女の住む山のふもとから歩いて四半刻(15分)ほどの場所に大きな村があった。


その村では十年に一度娘を神に捧げる習慣があり、村から出た先にある茂みに生け贄を運ぶ。


人の立ち寄らぬ洞窟には石棺があり、その中に贄となる娘を寝かせる。


誰一人として贄となった娘たちの末路を知ることはなかった。


贄を差し出したあと、運んできたものは洞窟の外にはじかれてしまう。


出てくることのない娘は土地神様のもとへ旅立ったと、村人たちは加護を得た歓びに舞っていた。


(そっか。私は棺に入れられたのね)


村の繁栄と豊作を願う対価。


それに少女が選ばれたという話なだけ……。


(少しはお金になったのかな。おじさん、ちゃんと生きていけるかな)


必要ないと捨てられたのだから考える必要はない。


それでも少女は養父の後ろ姿を思い出し、掴むことの出来なかった手のひらを見下ろした。


(なんてむなしい。そもそも必要にされていたら……)


それ以上考えればヒビの入ったもろい心は割れるだろう。


情けないと自嘲し、指を丸めて爪をたてた。


「お前は泣かないのだな」


男が強引に少女の手を掴み、手のひらを突き刺す指の力をやわらげる。


少女が喉の詰まりに息を漏らすと、色白の指先がほどけた手を包んできた。


(キレイな手。私と大違い)


野草をとってかぶれて腫れたこともあった。


ぐうたらな養父を支えるために畑仕事にも精を出す。


冷たい水で手を洗うたびにヒリヒリと染みて、そのたびに手の甲を撫でた。



まるでその手をおちょくるように男は低くくぐもる声で笑った。


少女の手を離すと艶やかに目を細め、すっと立ち上がり裸足で大股に部屋を出る。


障子扉を越えると振り向いて一言。


「生かしてみようか」と。


何の戯れだと少女が目を丸くしていても男はさっさと歩きだす。


置いていかれた少女は畳の目に指を滑らせて、身を丸くして両腕をさすった。

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