第42話 おばけの館

炎天下のテーマパークは、じりじりと気温が上がり続けている。

そんな園内に、ふたりの男子生徒の叫び声が響き渡っていた。


「だから、このアトラクションの中に隠れるのがいいって!」

「あのな、そんなの絶対先に入っている奴がいるだろ! 待ち伏せされるぞ。」


蓮司と小田切は、大きな声で互いの意見を主張する。

今は4人で地図を囲みながら、この後の作戦を考えているのだ。

しかし、蓮司と小田切はどうしても意見が合わない。


「どうせ禁止エリアがあるんだし、先に安全地帯に移りやすいところにいた方がいいだろ。」

「そんなの、どこになるかわからないんだから、意味ないって!」


言い争いになるふたりの横で、葵がクスリと小さく笑う。


「なんだよ…?」

「ううん。あんたたち、やっといつもみたいに話すようになったなって思って。」


蓮司の問いに、葵は嬉しそうに答える。


「ほんと、心配してたんだから。」


ニコニコと微笑む葵に、男ふたりは同時に頭を掻く。

言われてみれば、ようやくいつもの3人組に戻った感じだ。

それに、今は美咲もいる。

それぞれ別の場面で一緒にいたわけだが、こうして4人が揃うとなんだか新鮮である。


「とにかく、アトラクションの中に隠れよう。古川さんの足のこともあるし。」

「足?」


蓮司の言葉に、小田切が首を傾げる。


「実は足を怪我してて…。足手纏いになってごめんなさい。」


美咲が申し訳なさそうに言うが、小田切はぶんぶんと首を横に振った。


「いやいや、全然大丈夫だって! それより、足が痛むなら俺がおぶっていこうか?」


小田切の提案に、蓮司はギョッと驚く。

確かに足に負担をかけないようにするには、その方がいいかもしれない。

でも、美咲は今ビキニ姿なのだ。

背中におんぶしたら、あの大きな胸がーー。


「…なっ! それなら俺がおぶるよ!」

「なんだよ、妬いてるのか? ていうか今まで歩かせてたのかよ、気の利かない奴だな。」


慌てる蓮司に、小田切は愉快そうに反論する。

そんな様子を見て、美咲までもがクスクスと笑い始めた。


「ふたりとも、本当に仲が良いのね。」


美咲は大きな目を細め、にっこりと微笑む。


「歩くのはできるから大丈夫よ、ふたりともありがとう。」


美咲の足の問題が解決したので、話題は再び目的地の話に移る。


「ふたりはどう思う?」

「うーん、有利かどうかはわからないけど、そろそろ日陰で休みたいかな。」


葵はパタパタと手で仰ぎながら答えた。

体力的にも、ずっと外にいるのは厳しいだろう。


「じゃあ、やっぱりアトラクションに向かうことにしよう。」

「まあ、いいけど…。どうなっても知らねーからな。」


小田切も渋々同意し、一行は九条に勧められたアトラクションのほうへと歩き始めた。


「そういえば、その帽子はどうしたの? 日除けにちょうど良さそうね。」


葵がふと、美咲の頭の帽子を指差した。


「これはね、立花くんが選んでくれたの。」


美咲が嬉しそうに答えると、幼馴染のふたりは顔を見合わせる。


「ああ…。仲が良さそうで何よりだわ。」


ニヤニヤしながら茶化す小田切を無視して、蓮司はずんずんと前に進んだ。


*******************************************************


蓮司たちはすぐに目的地のアトラクションに到着した。

遠目に見ても怪しい外観だったが、近づくとその威圧感はなかなかのものである。


「ここか…?」

「会長が言ってたのは、確かここだったはず。」

「なんだが不気味ね。」

「おばけ屋敷、って書いてあるわよ。」


美咲の視線の先には、アトラクションの説明が書かれた看板があった。


「べ、別に怖くないから。」


何も言ってないのに、美咲が慌てて付け足した。

蓮司も別に怖くない、はずなのだが、不思議と背筋が涼しくなってくる。


仰々しい玄関扉を開けると、そこには洋風なエントランスホールが広がっていた。


「暗いね。」


葵が小さくつぶやく。

室内は薄暗く、互いの姿は確認できるが、足元や端のほうはよく見えない。

荘厳な造りも相まって、奥に続く道はなんだか恐ろしい雰囲気になっていた。


「大丈夫だって。どうせ全部、作り物なんだか――うわ!?」


先頭の小田切がわざと明るい声を出し、急に悲鳴をあげた。

目の前からその姿が消える。


「だ、大丈夫か?」

「ああ…。何かに引っかかったみたいだ。」


声をかけると、下の方から返事が聞こえてきた。

だんだんと目が慣れてきたので、小田切が無様に床に倒れている様子も見えてくる。


「一体、誰がこんなもの…?」


小田切の目線の先には、かろうじて目視できる細さのロープが張られていた。

見覚えのあるそれに、蓮司ははっと顔をあげる。


「誰かと思えば…。先ほどはよくもやってくれましたね。」


同時に室内に声が響き渡り、バタンと入り口の扉が閉められた。

4人が振り向くと、そこには小さな人影がぼんやりと見えてくる。


そこにいたのは、子供の幽霊――ではなくて、内村だった。

隣に立つ七菜の姿も、だんだんと確認することができるようなる。


「それに、4人ですか。確かにチームを組んではいけないというルールはなかったですが、卑怯だと思いませんか?」

「はっ! こんなイカれたゲームに、卑怯も何もあるかよ。」


立ち上がった小田切が、威勢良く答えた。

内村は首を左右にポキポキと鳴らし、手にした棒状の物体ーーよく見ると、それはハンディタイプの掃除機だったーーを前に向ける。

初期装備ではないはずだから、誰かから奪い取ったのだろう。


「まあいいでしょう。ふたり分のおっぱいが見られると思えば、手間が省けてありがたい。」


内村がスイッチを入れると、掃除機は通常の数倍は大きい音で吸引を始めた。

明らかに市販のものより吸い込む力が強そうである。

きっと、あれでブラジャーを剥ぎ取ろうというわけだ。


「気をつけてくださいね。この館には僕が仕掛けたロープがたくさんありますから。」


スイッチを切った内村が高らかに言い放った。

なるほど。罠を張るには屋外より屋内のほうがやりやすい。

この薄暗さも、ロープの場所がわからない蓮司たちにとっては不都合であった。


「ちっ…。だから言ったじゃないか…。」


小田切がぼやくのと同時に、内村と七菜が前に飛び出してきた。

すぐに左右に展開したので、まずは内村を仕留めようと蓮司は後を追いーー、顔面にロープが直撃する。


「うがっ!」


ロープは足元だけにあるわけでもなさそうだ。

こうなると、内村の小柄な体は間をすり抜けるのに持ってこいだ。

自分が有利になるように、策を練ってきているのがわかる。


「まずは、ひとり!」


蓮司の脇を通り抜けた内村が、葵に狙いを定める。

彼女は後ろに逃げようとして、ロープに足を取られてずっこけた。


「させるか!」


すかさず小田切が内村の前に立ち、マジックハンドで薙ぎ払う。

内村はにやっと笑うと、後ろに下がって見えにくい暗がりへと姿を消す。


「どうするよ?」


小田切が蓮司に耳打ちした。

蓮司は内村の姿を探しながら、小さく作戦を伝える。


「…長期戦になればなるほど、地の利がある相手の思う壺だ。まずは迎え撃つ。そして、早めに相原さんの水着を剝ぎ取るしかない。」

「はいよ。じゃあそっちは任せるぜ。」


小田切が顎でしゃくった先には、グレーのビキニを身につけた七菜が立っていた。

薄暗くても、彼女の日焼けしていない白い部分はしっかりと見えている。


「よし、いくぞ!」


蓮司は前方を注意深く確認しながら、七菜を追いかけ始めた。

しかし、彼女は軽い身のこなしでホールの中を逃げ回る。


「待てー! 大人しく、水着を剥ぎ取らせろ!」

「あはは。それ、めっちゃ悪役のセリフじゃん!」


七菜は余裕の表情を浮かべたまま、こちらを振り返る。

彼女もロープの位置を把握しているのか、一切引っかかることもなく、すいすいと進んでいく。

一方の蓮司は、あちらこちらをロープにすくわれ、フラフラしながら後を追いかけた。


「いい加減…逃げるのはやめてくれ!」


苦し紛れに言った蓮司の言葉に、なぜか七菜は足を止めた。

何やら考え込むように顎に手を当て、こちらを一瞥する。


「確かに、逃げ回るのは性に合わないんだよね…。」


美しいショートカットの髪の下で、七菜の顔がニヤリと歪んだ。

妖艶な表情に、蓮司は腹の底がぞわぞわとするのを感じる。


「じゃあ、今度はこっちから、行くよ!!」


元気よく叫んだのと同時に、七菜がこちらに向かって突進してきた。

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