第41話 ふたりの決着★

「うおおおお!!」


蓮司と小田切は雄叫びを上げながら、互いの武器をぶつけ合う。

もはや勝利条件である水着の剥ぎ取りのことも忘れ、ただ相手を打ち倒すためだけに、無我夢中で殴り合っていた。


蓮司は思った。

そういえば昔から、しょうもないことで競ってばかりだった。

小田切も蓮司と同じく帰宅部だったので、学校が終わっては遊びに出かけていた。

そうなると、いつも何かしらで勝負をすることになるのだ。

それは川でどっちが水切りを多くできるかとか、最新の対戦ゲームでどっちが強いかとか、どれも大したものではなかった。

それでも、蓮司も小田切も全力で勝負に挑んでいた。

ふたりとも、根っからの負けず嫌いなのだ。


「ぐ…。」


小田切の攻撃がいいところに入り、蓮司は思わず声を漏らす。

しかし、相手も相手でそれなりにダメージが入っているようで、痛そうに顔を歪めている。

どちらからということもなく、ふたりとも武器を下ろすと、ハアハアと息を切らしながら向かい合った。


「教えてくれ、小田切。お前はどうして、そんなに俺を倒すことにこだわるんだ?」


蓮司は呼吸を整えながら話し始める。

この距離なら、上に待つ女子二人には何を言っているのか聞こえないだろう。

奴の真意を聞くにはもってこいの状態だ。


「お前も…古川さんのことが好きなのか?」


蓮司は、ずっと考えていたことを口にする。

恋敵として、蓮司を倒したい。

それなら、すべてのことに納得がいくのだ。

しかし、小田切の回答は予想と少し違うものだった。


「…違う。」


小田切は鋭い目でこちらを見つめたまま、小さく言った。

嘘をついているような様子はない。

真相を確かめようと、蓮司は重ねて質問する。


「じゃあ、どうして…。」

「葵だ。」


小田切はそう言うと、ぎゅっと空いた拳を握りしめた。

その目には迷いが見えたが、ゆっくりと、口を開いていく。


「葵は、昔からずっと、お前のことを見ていたんだ。いつも何かを起こすお前のそばにいて、面倒を見て。お前がつまらないとか言って学校に来なくなっても、毎日家まで迎えに行って…。それだけ、蓮司、お前のことが大切なんだ。」


「お前は気の良い奴だし、優しいし、ちゃんとすれば頭もいいって、俺もよくわかってる。だから、それもいいと思ってたんだ。お前なら、葵とうまくやっていけるって。」


「それなのに、お前は葵のことを見ることもしない。呑気に他の女の子を好きになって。あいつの気持ちも知らないで…。」


堰を切ったように話す小田切の姿を、蓮司はじっと見つめていた。

小田切は震える声で、訴える。


「俺は、それが許せないんだ…。どうして俺じゃなくてお前なんだ。俺だったら、葵を幸せにできるのに。」


「…だから、俺はこのゲームでお前を倒す。お前を倒して、優勝して、葵と付き合うんだ!」


ああ、そうか。

蓮司は全てを悟ったように下を向くと、目をぎゅっとつぶる。


蓮司が美咲を追いかけていたように、小田切もまた、葵を追いかけていたのだ。

だが、葵が自分を見ていないことを悟って、身を引いたのだろう。

それなのに、葵の視線の先にいる蓮司が、その気持ちに答えなかったことが、奴には許せなかったのだ。


思えば、小田切が豹変したのは、屋上で蓮司が葵との仲を茶化してからだった。

はっきりと脈がないことを知った小田切は、この狂ったゲームに乗じて葵を手にしたいと考えるようになったのだ。

しかし、ただ優勝するだけでは気持ちが収まらないのだろう。

蓮司を倒して優勝することが、小田切が戦う原動力になっていたのだ。

いつも三人で一緒にいたというのに、蓮司は何も、気づいていなかった。


「…つまらない話は終わりだ。覚悟しろ。」


小田切は再びマジックハンドを構えると、蓮司に向かって突っ込んでくる。

蓮司もそれを受け止めようと傘を構え――。


「なにっ!」


小田切が驚くような声を上げ、蓮司の前でピタリと止まった。

手を離した傘が地面に落ちる音が聞こえる。

完全に丸腰になった蓮司は、落ち着いた声で小田切に語り掛けた。


「なあ、小田切。一緒に戦わないか?」


小田切の目がぱっと見開かれた。

瞳の中に、立ち尽くす自分の姿を確認する。


「俺は、古川さんを守りたい。古川さんのおっぱいが誰かに見られるなんて、絶対に耐えられないんだ。」


「それはお前も同じじゃないか? お前も葵を守りたいんじゃないのか?」


小田切の葵への想いが本当なら、きっとそう思うはずだ。

蓮司には確信があった。

なぜなら、蓮司が美咲に対してそう思っているからだ。

男なら、想い人を守りたいと思うはずだった。


「このまま決着をつければ、古川さんか葵のどちらかがおっぱいを晒すことになる。そんなこと、誰も望んでいないはずだ。俺たちが戦う理由なんて、本当はないんじゃないか? 」


小田切の目が左右に揺れ動く。

迷う幼馴染に、蓮司はたたみかける。


「気が済まないって言うなら、このゲームが終わった後に決着をつけよう。俺たちの問題だ、古川さんや葵を巻き込むことはない。」


小田切は武器を構えたまま、小さく声を出す。


「…俺は優勝して、葵と付き合うんだ。」

「気持ちはわかるぜ。俺もできれば優勝したい。でも、それは古川さんを危険に晒してまで目指すものじゃない。古川さんを守るほうが大切だ。そう思わないか?」


少しの沈黙が流れ、ふたりは至近距離でにらみ合っていた。

小田切の口が開き、何かを言おうとする。

しかしその前に、頭上で葵の叫び声が聞こえた。


「蓮司! 小田切くん! 大変、他のペアが来てるー!」


ふたりはばっと顔を上にあげる。

しまった。上の女子たちは完全に無防備だ。

蓮司と小田切は斜面を駆け上がり、もといた道へと全力疾走する。


「「うおおおお!」」


土手を登りきると、そこには黄色いビキニを着た松本穂乃花と、そのパートナーの男が迫ってきていた。

男の手には1mくらいの長さの植木バサミが握られていた。

刃は丸くつぶされているが、細いビキニの紐を着るには十分だろう。


「させるか!」


蓮司は前に飛び出すが、横から誰かに追い越された。

小田切だ。

先に小田切が男子生徒の前に立つと、マジックハンドでその手首を掴もうとする。


「この!」


男子生徒が小田切の相手をしている隙に、蓮司は穂乃花のほうへと向かった。

驚いた彼女はしゃがみこんで体をガードする。


「やめて!!」


蓮司は悲鳴を上げる穂乃花の後ろに回り込むと、素早くブラの紐を解いた。

これでブラジャーは両手で支えられているのみである。


「蓮司!」


小田切の声に顔を上げると、奴の武器であったマジックハンドが投げてよこされていた。

もう相手の男子生徒は大の字で倒れこんでいる。

蓮司はマジックハンドをキャッチすると、ブラジャーの端を掴んで思い切り引っ張った。


「いやん! エッチ! 変態! やめて!!」


穂乃花が首を振って抵抗するが、蓮司は手を緩めなかった。

ブラジャーは彼女の体ごと引っ張られ、ついにバランスを崩して横に倒れてしまう。


「きゃあ!」


思わず手を離したその隙に、蓮司は穂乃花のブラジャーを完全に奪い取った。

同時に彼女のおっぱいが晒され、倒れる体の動きに合わせてぷるぷると揺れ動いている。

白い乳房の先端に、茶色の乳首がピンと立っている様子も、はっきりと見て取れた。


「…もう、いやだよぉ。」


穂乃花は慌てて胸を隠すが、後の祭りである。

たった一瞬でも、おっぱいを見られたという事実は消えない。

それが彼女の頭を羞恥でいっぱいにさせるのだ。


『報告。三村信史、松本穂乃花ペアが水着を剝ぎ取られ、敗退。』


九条のアナウンスを聞いて、蓮司はほっと息をついた。

先ほどの小田切との戦いから気を張りっぱなしだったのだ。

とぼとぼと美咲のほうへと歩いていき、途中に立つ、小田切と目が合った。


「これ、ありがとな。」


蓮司がマジックハンドを返すと、小田切は黙ってそれを見つめる。

そして、ぶっきらぼうに言い放った。


「約束だぞ、ちゃんとこのゲームの後に決着をつけるんだ。」


蓮司も小田切のほうに向き直る。


「それまでは、手を貸してやるよ。」


小田切はどこか憑き物が落ちたような顔で、いつものようにニヤリと笑ってみせた。

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