第40話 因縁の対決

時刻は昼頃に差しかかり、照りつける太陽が一層その強さを増しているような気がする。

じりじりと揺らぐ空気越しに、蓮司は幼馴染のふたりを凝視した。


小田切は青いハーフパンツタイプの水着を身につけており、手には武器と思われるマジックハンドを持っていた。

手元でレバーを引くと、先端の部分が開閉する仕組みのものだ。

擬似的な手として使えるので、ビキニの紐を解くうえでは重宝するだろう。

葵は、爽やかな水着のビキニを着ているが、恥ずかしいのか体の前面に武器の入っていた袋を持っており、その肌を隠そうとしている。

しかし、もちろん体全体を覆えるはずもなく、蓮司は端から覗く白い胸元や太ももにドキリと胸が締めつけられた。


「…俺たちの後をつけてきたわけか。」

「ああ、そうだぜ。あんな派手に動いてたんだから、自業自得だろ。」


小田切は彼方へと進んでいくパレード一行を顎でしゃくった。

距離を稼げたのは良かったが、やはりこうして待ち伏せされるリスクはあったのだ。


ふたりはそのまま、向かい合った状態で押し黙る。

どこかに滝があるのだろうか、水が水面に打ち付けるドドド、という音が微かに聞こえてきていた。


「それにしても、めんどくさいゲームだよな。そっちは、今まで何組倒したんだ?」


小田切は口を開くと、手をヒラヒラさせながらこちらに歩いてくる。

隙だらけに見えるが、奴のことだ、何か企んでいるに違いない。


「…2組だな。」

「それなりにやるじゃないか。ま、俺たちのほうが1組多く倒しているけどな。それにしても、貧相な武器してるな。」


短く答える蓮司に、小田切はオーバーなリアクションをした。

確かに、蓮司たちは相手の武器を無力化してから倒しているので、戦利品はゼロだった。

一方の小田切たちは、葵の抱える袋に、まだ何か入っていそうな膨らみがある。


「…だからといって容赦はしないぜ。」


蓮司との間合いが近づいたタイミングで、不意に小田切がマジックハンドで殴りかかってきた。

咄嗟に蓮司は傘を横にして受け止める。


「くっ!」


やり返そうと顔をあげたときには、すでに小田切の姿はそこになかった。

振り返ると、奴は蓮司たちの背後に回り込み、美咲の背中の紐にマジックハンドを伸ばしていた。


「きゃあ!」


美咲が悲鳴をあげるが、避ける前にマジックハンドが紐の端を掴む。

小田切はニヤリと笑い、手前に引っ張ろうとする。


「やめろ!!」


蓮司は傘を突き出し、小田切の手元を狙った。

攻撃は外れたが、奴は紐を引っ張るのを諦めて、後ろに下がって間合いをとった。


「へっ、ずいぶん固く結んでいるんだな。」


美咲のビキニの紐を確認すると、まだちゃんと結び目は残っているようだった。

しかし、明らかに最初と比べて緩んでいるのが見てとれる。

美咲は不安そうに、両手で胸を守るように交差していた。


「懐かしいよな、昔はそれこそ傘で、よくチャンバラしてたよな。」


小田切は再び話しはじめながら、蓮司たちのまわりをぐるぐると回り始めた。


正直、厄介な相手だ。

こちらは美咲が足を怪我しているため、つかず離れずで戦う必要がある。

それを知ってか知らずか、小田切はヒットアンドアウェイを徹底しており、こちらに追撃の暇を与えない。

このままいけば、いつかは美咲の水着を剥ぎ取られてしまうだろう。


「…なあ小田切、お前は何のために戦ってるんだ?」


蓮司は慎重に小田切の動きを見ながら問いかける。

相手のペースを乱すつもりもあったが、純粋に聞きたい内容でもある。


「あ? 優勝するために決まってるだろ。」


小田切はイライラと答える。


「…それに、俺はお前に勝ちたいんだよ。どうしても。」


小田切はそう言うと、急にスピードを上げて蓮司の死角に入ろうとする。


「せい!」


今度は予見していた動きだったので、蓮司は体を反転させて対応する。

奴の突き出したマジックハンドと蓮司の傘がぶつかり、美咲のすぐ横で鈍い音をたてた。


「…はあ。ここまで生き残ってきただけは、あるじゃねえか。」


小田切はまたバックステップすると、葵とふたりで蓮司たちを挟むような立ち位置をとる。

背後の葵は心配そうにこちらを見ているだけだが、油断はできない。


「安心しろ。葵には手を出すなと言ってある。」


そんなこちらの気持ちを看破するように、小田切は薄笑いを浮かべながらマジックハンドをぐるぐると回した。

蓮司はその様子を注視し――、一歩だけ、前へと踏み出す。


「それなら、さっさと勝負をつけようぜ。一騎打ちだ。」


蓮司は少しづつ美咲から離れながら、小田切との間合いを詰めた。

このまま相手のペースに乗っていてもジリ貧である。

ならば一気に片をつけるほうが得策に思えた。

実を言うと、今はちょうど、小田切が不利になるような立ち位置でもある。


「…ふん。」


小田切は不機嫌そうに息を吐くと、両手で武器を構え直す。

こちらの誘いに乗ったことを確認した蓮司は、思い切り前に駆けだして傘を振り下ろした。


「おら!」


小田切はマジックハンドでそれを横に受け流すと、手首を返して蓮司の体を狙う。

蓮司は横に少し飛び、小田切の攻撃をかわした。


「この!」

「くらえ!」


ふたりともそれぞれの武器を刀のように振り回し、相手に有効打を与えようとする。

さながら時代劇の殺陣のように、一進一退の状態でしばらくそのまま切り結んでいた。


「…ちっ!」


突然小田切が声を上げ、目を細める。

蓮司の背後には、ちょうど天高く上った太陽が輝いていた。

蓮司は影の位置から計算をして、相手が逆光になるよう立ち回っていたのだ。


「もらった!」


隙を突いた蓮司が小田切の脇腹を強打すると、奴は膝をついて倒れた。

苦しそうに歪む顔は、こちらをしっかりと見据えているが、まだしばらくは立ち上がれそうにない。

蓮司は奴の手にあったマジックハンドを踏みつけると、横に向かって思いっきり蹴り飛ばした。


「くそ…。」


呻く小田切を残して、蓮司は振り返る。

マジックハンドは脇を流れる大きな川の岸に音を立てて落ちた。

ここからは土手のように下り坂になっているため、取りに行くには時間がかかるだろう。

これで葵を狙えるようになったわけである。


「やだ! 来ないで、蓮司!」


葵も状況を理解してか、怖がるような顔で叫んだ。

無理もない、これから水着のブラを剥ぎ取られることになるのだから。

しかし、これも美咲のため。

蓮司は猛然と葵に近づくと、まずは体を隠していた袋を弾ぎ飛ばした。


「き、きゃああ…。」


葵が小さく悲鳴を上げる。

そのまま追撃を仕掛けようとした蓮司は、目の前で露わになった葵のビキニ姿に目を奪われた。


水色のビキニは、当たり前だが下着と同程度の面積しかない。

彼女の手のひらサイズのおっぱいも、細いウエストも、女性らしい下半身も、最低限の布地でのみ隠されている。

これまでも他の女子生徒で見慣れてきたはずなのに、なぜか葵のビキニ姿は刺激的だった。

――それは、普段から一緒にいる女子のあられもない姿だからだと、蓮司はすぐ理解する。


「お願い、やめて…!」


葵は懇願するように蓮司に言った。

このまま水着を剝ぎ取ることは、おそらく簡単だろう。

しかし、蓮司の手は動かなかった。

覚悟を決めたはずなのに、葵の怯える顔を見ると視界がぐらつき、前に踏み出すことができなかった。


「させるか!!」


追いついた小田切が、横からタックルを仕掛けてくる。

無様に吹き飛んだ蓮司は、横の土手を転がり落ち、川の浅瀬まで落下した。


「ぐああ!」


慌てて顔を上げると、美咲が頭上から心配そうにこちらを見ている。

ルールで定められた距離を考えると、これ以上は離れるのは危険だ。


「さて、仕切り直しだぜ。」


小田切が斜面を滑り降りるようにして、蓮司の目の前に現れる。

そして足元のマジックハンドを拾うと、再びこちらに突き付けた。


「「うおおおおお!」」


ふたりは雄叫びをあげながら、互いの武器を思いっきり振り下ろした。

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