第39話 真夏のパレード

「…何しているんですか。」


蓮司は無表情で、頭上でふんぞり返る九条に呼びかけた。

常にこちらの常識を超えてくる生徒会長の相手をするのも、もう疲れてきた。


「何って、見てわからんかね? パレードだ。」


九条は当然と言わんばかりに言い放った。

車の下のほうでは黒服たちが機械的にダンスをしていて、鬱陶しい。


「そうですか。お疲れ様でした。」


蓮司はそっけなく言うと、美咲とともにくるりと振り返った。

付き合ってられない。

しかし、九条が後ろから呼び止めてくる。


「待て、立花蓮司。良かったら、乗って行かないか?」

「…はい?」


蓮司は片眉をあげて振り返る。

誰がこんな趣味の悪い車に乗るものか、と思ったが、意外にも九条は本気のようである。


「古川美咲は足を怪我しているのだろう? それでは移動も大変だ。特別に、好きなところまで運んでやろうじゃないか。」


蓮司は美咲と顔を見合わせる。

確かに、この炎天下の中を、足を庇いながら移動するのは大変だ。

しかし、ずいぶん優しい言葉は少しひっかかる。

何か、裏があるのではないか。


「乗るなら早くしろ。パレードは続いているのだ。」


九条の車は会話中もゆっくりと前進している。

この女は本当に何なのだ。

理解に苦しむが、美咲の足も心配なので渋々乗せてもらうことにする。


「わー! すごい景色!」


上のスペースに登った美咲は、子供みたいに声を上げた。

確かに、普段は見られない、高い位置からのテーマパークの様子は壮観である。

塔の中にはエレベーターが設置されていて、登ってくるのも快適であった。


九条はルール説明の時と同じく、黒いビキニを身につけていた。

なんだか美咲が着ているものよりも、さらに布地が小さい気がする。

豊満な乳房や大きなお尻のほとんどがはみ出しており、蓮司は目のやり場に困ってしまう。


「さて、お客さんどちらまで?」


九条の雑なボケには反応せず、蓮司は地図を広げた。

正直行きたい場所などない。

強いて言えば、ゆっくりと隠れられる場所だろうか。


「ふむ…。それならアトラクションの中に隠れるのが良いだろう。良いところがある。先客がいるかも知れないが…。」


希望を聞いた九条は、黒服に何やら指示を出している。

ここなら誰かに襲われることもないし、意外といい選択をしたかもしれない。


「いいんですか? 俺たちだけこんなにしてもらって。」

「気にするな。他の参加者も見つけたら1組ずつ乗せていくつもりだ。ゲームのギミックだと思ってくれ。」


九条は肩をすくめながら答えた。

ゲームに関しては意外とちゃんと考えて行動しているようである。

――いや、本当はただ、パレードがやりたかっただけなんじゃないか?


「それで、ゲームの調子はどうだ? 立花蓮司。」


九条は誰もいない下のほうに手を振りながら、蓮司に問いかける。


「まあ…。それなりに戦い方はわかってきた気がします。」


気づけばすでに二組を撃破して、おっぱいを丸出しにしてきた。

あと何組倒せば、優勝できるのだろうか。


「そうか。気をつけることだ。残る参加者は、みな練度が上がって強敵になる。これまで以上に厳しい戦いになるぞ。」


九条の眼差しは真剣だ。

確かに、そろそろみんなゲームにも慣れてくるし、生き残っているということは誰かを倒している可能性が高い。

みんな何かしらの方法で、水着を剥ぎ取る術を編み出しているわけである。


「それに、ルールの抜け穴を突いて、良からぬ事を働いている輩もいるようだ。こちらからは何も出来ないが、お前たちにも被害が及ばないことを祈る。」


九条の話に、美咲が不安そうにこちらを見た。

良からぬ事とは、一体何だろうか。

ただでさえ負ければおっぱいを晒されるというのに、それ以上悪いことがあるとは思えない。

まさか――。


「だが諦めるな。一人ではできないことも、力を合わせれば何とかなる。必ず活路はあるのだ――。」


九条の言葉を遮るように、手に持っていたタブレット端末から通知音が鳴り響く。

九条は画面を確認し、こほん、と咳払いをした後、マイクの部分に向かって話し始める。


「報告。杉村弘樹、竹内麻友ペアが水着を剝ぎ取られ、敗退。」


全く同じ言葉が、テーマパーク内に響き渡った。

器用なことである。

その才能を他のことに活かせないのかと、蓮司はつくづく思うのだった。


ほどなくして、パレードの車が止まった。

周囲には何もなく、少し離れたところに荒れた山や大きな川があるのが見えた。

街並みもガラリと変わり、カントリー調の建物が遠くに立ち並んでいる。


「あそこだ。あの建物の中は広いから、ゆっくり休めるだろう。」


九条が指さす先には、おどろおどろしいデザインをしたマンションのような建物があった。

しかし、ここからは少し歩くようである。


「前まで行ってくれないんですか?」

「残念だが、あそこはパレードのルートから外れているのだ。」


悪びれる様子もない九条に、蓮司はがっくりと肩を落とした。

この女に期待した自分がバカだった。

とはいえ、結構な距離は稼げたので良しとしよう。


「気をつけろ。周囲に誰かいるかもしれん。水着を剥ぎ取られないようにな。」


エレベーターに乗り込むときに、九条から声をかけられる。

彼女は蓮司だけでなく、美咲の方にも顔を向けた。


「いい帽子だな。大切に使えよ。」


九条は何故か美咲の帽子を褒めると、不敵に笑みを浮かべた。

ふたりは下まで降りると、ゆっくりと進んでいくパレード一行を見送った。


「ほんと、何なんだあの生徒会長は…。」

「悪い人ではなさそうなんだけどね。ちょっと、変だけど…。」

「ちょっとで済むかなぁ。」


ぼやく蓮司はぽりぽりと頭を掻いた。

色々あったが、再び戦場へと舞い戻ったわけである。

ここからは油断は禁物だ。

そう思った矢先に、何者かから声をかけられた。


「ずいぶん豪華なタクシーだったな。」


蓮司はその声と言い草に、ピンとくる。

傘をぐっと握り締めると、ぱっと後ろを振り返った。


「探したぜ、蓮司。」


そこにいたのは、蓮司と同じ中肉中背の男子生徒と、少し背の低い、眼鏡をかけた女の子だった。

ふたりとも、よく見慣れた顔である。


「小田切…!」


幼馴染の二人組が、蓮司たちと対峙するように立ちはだかっていた。


「お前には負けっぱなしだからな。ここで、決着をつけようぜ。」


小田切はそう言うと、奴の武器――蓮司の傘と同じくらいの長さの、マジックハンドを振り回すと、肩に乗せてみせる。


「立花くん…。」


物々しい雰囲気に、美咲は隠れるように蓮司の後ろに回った。

本当なら、幼馴染とやりあうことは避けたい。

だが、奴が美咲を狙うなら、答えはひとつしかない。

戦うのだ。


蓮司も傘を構えると、黙って小田切のほうへと突きつける。

そんな様子を、小田切の隣に立つ葵が、心配そうに眺めているのだった。

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