第38話 淡い蕾★

彩芽とパートナーの男子生徒がこちらに向かってきている。

蓮司はもう一度美咲の様子を確認するが、彼女はまだ足元のトリモチを剥がそうと四苦八苦していた。

普通ならそんなことはないだろうが、このトリモチは相当な粘着力があるようで、人の力で引いてもびくともしない。

どうせ、九条特製のとんでも技術で作られたのだろう。

この状態では、そう簡単にとれるとは思えない。


ならば、仕方がない。

蓮司は美咲を護るように立つと、両手で傘を構えた。

逃げられないなら、迎え撃つまで。

蓮司の目は、相手の持つ2本のトリモチ棒を注視した。


あれを使って、水着を剥ぎ取ったり動きを止めたりするのだろう。

2本、というのが厄介である。

例えば、片方で蓮司の動きを止め、もう片方で美咲のブラを剥ぎ取ることも可能と言うわけだ。

さらに美咲の足元にもトリモチがあるということは、2本の棒以外に予備がある可能性もある。


とにかく、一度も被弾せずに、相手を倒すしかない。

蓮司は傘を振り上げると、目の前に迫った男子生徒に向かって振り下ろした。


「うおおおお!」


相手は棒の柄を交差させてそれを受け止める。

極力左右の手を自由にさせたくないので、重い一撃を放って両手で対処させるのが得策に思えた。


蓮司は傘を引き、もう一度振り下ろそうとする。

しかし、その瞬間にふいに膝の力が抜け、かくんと体が崩れ落ちた。


「うわぁっ!」


振り返ると、彩芽が棒を手にしてにしし、と笑っていた。

その先端にトリモチはついていないが、おそらくあれで蓮司の膝裏を小突いたのだろう。

膝をついた蓮司に向かって、男子生徒がトリモチ棒を近づける。


「いただきだぜ!」


トリモチはまっすぐ蓮司の足を狙ってくる。

地面にくっつけて動けなくさせる気だ。

まずい――と思った瞬間、男子生徒の顔に何かがあたり、手が止まる。


「ぶわぁっ!」


飛んできたのは、美咲が被っていたカウボーイの帽子だった。

彼女がフリスビーのようにそれを投げ、顔に直撃させたのだ。


「古川さん、ナイス!」


蓮司はそう言うと、隙だらけの相手の右腕に傘を振り上げた。

手を離れたトリモチ棒が宙に舞うのを、うまくキャッチする。


「よっ!」


続いて蓮司は傘を横になぎ払い、男子生徒の腰を強打する。

痛みに呻いている間に、蓮司は彩芽のほうへと向き直った。


「やだ! 来ないで!」


彩芽は力なく手にした棒を振るが、蓮司はそれをひょいとかわし、奪ったトリモチ棒を彼女の右手に押し当てた。

そしてそのまま、近くにあった壁に張り付ける。


「うわーん! とれない!!」


半べその彩芽の右手は、壁に接着されてとれなくなってしまった。

身長差があったので、ちょうど手を挙げたような位置で固定されている。

直接水着を狙うことも考えたが、まだパートナーが武器を持っているので、一旦動きを封じることにしたのだ。

これで邪魔されることもない。


「やったな…!」


男子生徒が立ち上がり、こちらを睨みつけた。

美咲を狙うより、まずは蓮司に一太刀いれたいらしい。

好都合、と蓮司も傘を構えて突進した。


「おら!」


傘を振り回す蓮司の攻撃を、相手は棒の柄で受けたり、避けたりしてしのぐ。

その顔には、迷いがあるのが見てとれた。

理由は察しがつく。

おそらくは、あとひとつしかないトリモチの使用方法を迷っているのだろう。

ふたつあれば、ひとつを蓮司に使っても水着を剥ぎ取れるが、今はそうもいかない。

満足に攻撃できない相手は、どんどん蓮司に追い詰められていった。


「おらあ!」


蓮司は容赦なく相手に傘を打ち込み、ついに男子生徒は尻餅をついた。

その左手からトリモチ棒を奪い取り、蓮司は再び彩芽のほうを向く。


もうこれで相手の武器はないから、あとは彩芽の水着を剝ぎ取るだけだ。

近づくと、彩芽は真っ赤な顔をしてこちらを睨みつける。


「来ないで! あっち行って!」


彩芽は残る左手で、必死に胸を庇っていた。

蓮司は少し考え、トリモチ棒を細い腕にくっつける。


「ひ、ひゃああ!」


悲鳴を上げる彩芽の手を、またしても背後の壁にくっつけた。

万歳をするような格好で壁に張りつく彩芽のおっぱいは、完全に無防備だ。

蓮司はその小さな胸を覆うビキニのブラに逆手の傘を引っかけ、正面から引っ張り始める。


「だめ! だめだってぇ!」


ブラが少し浮き上がり、彩芽はぎゅっと目をつぶって首を振る。

蓮司が力を込めると、紐が緩む感覚があり、さらにブラジャーが彩芽の体から離れるのが分かった。

予想どおり、短かく結ばれたビキニはちょっと引っ張っただけでも解けてしまうのだ。


このまま、剥ぎ取ってやる――!

そう思った蓮司の体に、誰かがぶつかってきた。

相手の男子生徒だ。


「やめろ!!」


男子生徒はそのまま蓮司の傘を掴むと、ぐいと自分のほうに引っ張る。


「何するんだ! 離せ!」


蓮司も負けじと傘を手前に引っ張った。

しかし相手も手を放さず、そのまま傘を取り合うような形になる。

トリモチ棒が使われてしまった以上、この傘が水着を剝ぎ取ることのできる唯一の武器なのだ。


「この! 離せ!」

「そっちこそ!」


「ちょっと…! あん、だめ…。」


傘を奪い合う男子生徒の横で、彩芽が小さく悲鳴を上げていた。

男たちは気づいていないのだが、傘の持ち手はまだ彩芽のブラに引っかかったままであり、行ったり来たりを繰り返す傘に合わせてブラジャーも縦横無尽に引っ張られていた。


「やん…。もう、だめだって…。」


ただでさえ浮き上がったブラが、上下左右に揺れ動く様子は、彩芽にとっては気が気でなかった。

もともと引っかかりの少ない胸なので、大きく動いた拍子に大切なバストトップが飛び出してしまうかもしれない。

今は両手も使えないのだから、ポロリをしてしまったら水着を直すことさえできない。


「いい加減に、しろ!」


蓮司はそう叫ぶと、思い切り傘を上に持ち上げた。

ちょうど子供からおもちゃを取り上げるような格好である。

相手の手も離れ、ようやく傘を奪い返したと思った、その時であった。


「ああああ! いやあああああああん!」


彩芽が一際大きな悲鳴を上げたので、蓮司も相手の男子生徒も、首をぐいっと横に向けてそちらを見る。

そして、そこにた彼女の姿にあんぐりと口を開けた。


彩芽のビキニは傘に引っ張られ、上に上にずり上がっていた。

本来布地があるべき場所は無防備に晒されており、ほとんど膨らみのない胸の真ん中に、さくらんぼみたいな乳首がちょこんと乗っていた。


「いやあああ! 隠して! 隠してえええ!!」


彩芽は両手をバタバタを振りながら、泣き叫んでいた。

しかし特製のトリモチによって張りついた両の手は離れず、裸の胸は晒され続けている。

男子ふたりはその様子を、じっくりと眺めてしまう。


確かに膨らみのないおっぱいだが、これはこれで――。

鮮やかなピンクの乳首は先に見た香織よりも心なしか大きく、反面乳輪はほとんどなくて、平らな地平にピンと可愛い突起が生えているのだ。

あの先っぽを弾いたら、彩芽はどんな声を上げるだろう。

そんな邪な妄想が膨らんでしまうほど、彩芽のおっぱいは官能的である。

やはり、おっぱいとは大きさがすべてではないのだ。


「立花くん!」


ふいに美咲が叫んで、蓮司は我に返った。

そうだ、まだ勝負はついていない。

呆ける相手の男子生徒の横で、蓮司は傘を手前にぐいっと引っ張った。


ぴんっ、と音がして、首と背中の結び目が解ける。

ブラジャーがぽとりと地面に落ちたのと同時に、九条のアナウンスが鳴り響いた。


『報告。桐山和雄、水本彩芽ペアが水着を剝ぎ取られ、敗退。』


当たり前だが、勝敗がついても彩芽の拘束が解けることはない。

上半身に何も身に着けないままで、壁に貼りつけられる様子は、まるで古代ギリシアの彫刻のように美しかった。


「早くとってよぉ…。」


相手の男子生徒もようやく正気に戻り、武器の入っていた袋から何やら薬液のようなものを取り出した。

彩芽の自由を奪うトリモチにかけてみると、音を立てて解けていき、ようやく壁から離れる。


「うえーん。もうお嫁にいけないよー!」


わんわんと泣く彩芽を見て、蓮司は少し申し訳ない気持ちになる。

きっとあの可愛らしい乳首も、男に見られたのは初めてなのだろう。

でも、仕方がないのだ。

手加減をしたら、次に負けるのは自分たちかもしれない。


「古川さん、大丈夫?」


美咲の足元のトリモチにも薬液をかけながら、蓮司は声をかけた。


「うん、ありがとう。…ごめんね、油断して。」

「いやいや、こちらこそ危ないところを助けてくれてありがとう。」


蓮司は足元に転がった帽子を、美咲に手渡した。

彼女はそれをすぐに被って、上目遣いにこちらを見る。

どうやら相当気に入っているようだ。


「ちょっと疲れたね。どこかで休めるところがあるといいけど…。」


美咲はそう言いながら、周囲を見渡し――急にぽかんと口を開けた。

異変に気付いた蓮司もそちらを見て、思わず目を細める。


遥か彼方から、車のような物体がこちらに向かってきていた。

しかし、その外観はおよそ実用的なものではない。

全体にメルヘンな装飾が施され、至るところに設置された照明が、チカチカとうるさく点滅している。

どこかにスピーカーもあるのか、近づいてくるにつれ小気味よい音楽まで聞こえはじめた。

そして、何より目立つのが、その屋根にくっついている塔のような物体だ。

例に漏れずおとぎ話の中にいるような、不思議な色彩をしたその物体の最上部には、数人くらいが乗り込めそうなスペースがある。

蓮司はそこにいる人物を確認しーー、深くため息をついた。


「ああ、立花蓮司じゃないか。楽しんでいるか?」


生徒会長の九条が、塔の上から蓮司たちに呼びかけた。

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