第34話 はじまりの罠★

「ふ、古川さん。このあいだは、本当にごめん…。」

「…。」


蓮司は言葉を絞り出すが、美咲は何も言わない。

彼女は居心地悪そうに横を向き、両手を体に巻き付けて、肌の露出を極力隠そうとしていた。

もっとちゃんと謝らなければ、と口を開いた瞬間、またしても九条の声にかき消される。


『まずは、武器を確認してくれ。水着の剥ぎ取りは、武器を使ってのみ行うことができる。倒した相手の武器も使っていいぞ。』


必死で声をあげるが、アナウンスが鳴り響く中では何も聞こえない。

蓮司は諦めて、一旦九条の話を聞くことにした。

入り口で渡された袋を開けると、そこには何の変哲もない、黒い傘が入っていた。

軽く振ってみるが、特段変わったところは見られない。

これでどうやって水着を剥ぎ取るのだろうか。


『武器の他、園内にあるものは何でも使って良いぞ。店の商品も、すでに代金は払ってある。ただし、衣類はすべて撤去しているから、探しても意味ないぞ。』


もう無茶苦茶である。

この規模のテーマパークを貸し切って、商品も買い取っているとは、あの一族は国家予算クラスの資産があるとしか思えない。

しかし、着る物はすべて無くしているというのも心底意地が悪い。


『禁止エリアの連絡も、15分おきにこのアナウンスで行う。地図をよく見て動いてくれ。』


手にした地図によれば、現在地はちょうど真ん中のキャッスルエリアのようだ。

ここから、どのようにエリアが収縮するのだろうか。


『細かいルールは先に話した通りだ。今回も、監視カメラと私の部下が常にお前たちを見ている。ルール違反はするなよ。』


蓮司は、頭上に光る監視カメラのレンズをじっと見つめた。

あのカメラには、きっと女子たちの"おっぱい"が飛び出す瞬間も収められるのだろう。

まさか、録画なんてしていないよな?


『それから、このゲームのボーナスペアは内村葉平•相原七菜ペアだ。みんな覚えておくように。』


今回は蓮司たちはボーナスペアではないらしい。

内村と七菜には悪いが、ほっと胸を撫で下ろす。


「最後になるが、パートナーと10m以上離れると失格になるルールを忘れないでくれ。ちなみに、10m以上離れると、自動でビキニの紐が解けるようになっているから、女子はわざと離れたりしないように。」

「えええええ!?」


付け加えられた情報に、蓮司は叫び声をあげた。

不機嫌そうな美咲もさすがに動揺して目を見開く。

つまるところ、離れると自動で水着剥ぎ取りが行われるように細工されているわけだ。

見たところ普通のビキニなのだが、一体どんな技術だ!


「…長かったゲームも、これで最後だ。各自、悔いの残らないよう、試合終了まで頑張って水着を剥ぎ取ってくれたまえ。」


耳を疑う激励を最後に、九条の声は途切れる。

そして低いブザーが鳴り響き、戦闘開始を告げた。


「あ、あの、古川さん。俺、本当に悪いと思ってて…。」

「いいよ、もう。気にしてないから。」


ようやく口を開いた美咲の言葉は冷たいものだった。

もちろん、気にしていないわけがないことは、鈍感な蓮司にもわかっている。


「あの、本当にごめん。このゲームでも、ちゃんと守るから…。」

「それも、いいよ。自分のことは自分で守るから。」


そっけない美咲は、まだ蓮司のほうを見ようとはしない。

蓮司は無理やり彼女の視界に入ると、手にした傘を掲げる。


「いやいや、1人じゃ無理だって。武器だってないし…、まあ俺のもただの傘だけど。」


あはは、と乾いた笑い声をあげてみるが、美咲は無表情のままだった。

気まずい。

重苦しい空気に、美咲はぷいっと振り返ると歩き出してしまう。


「ふ、古川さん! どこに行くの?」

「ついてこないで! 私は大丈夫だから。」


ずんずん進む美咲の後ろを、蓮司は慌てて追いかける。

しかし、次第に彼女は走り出し、どんどん距離は離れていってしまう。


「古川さん、待ってくれ!」


蓮司も駆け出しながら、必死で呼びかける。


「離れすぎたらダメだって! 失格になるよ!」


その言葉に一瞬だけ美咲の足が止まったが、すぐにまた走り出す。

10m離れると水着が脱げるルールなので、さすがにそこまではいかないはずである。

とはいえ、すでに彼女とは数メートルは離れているので、蓮司は内心ひやひやしていた。


様々なお店が並ぶアーケードの下を、ふたりは追いかけっこをしながら走り抜ける。

このへん一帯はテーマパークの入り口にも近く、普段はお土産を買う客で溢れているのだろう。

しかし、今日はスタッフ役の黒服を除けば、蓮司と美咲のふたりだけしかいなかった。


ふいに、美咲の姿が消えた。

横に逸れる道に曲がったのだ。

蓮司も慌てて曲がろうとした瞬間、その先から美咲の悲鳴が聞こえてきた。


「きゃあ!」

「…! 古川さん!」


蓮司が横道に入ると、そこには地面に倒れ込む美咲の姿があった。

そして、その向こうからふたりの人影が現れる。


「よし。早速1人、引っかかりましたね。」


内村がにやにやと笑いながら、美咲の方へと歩み寄っていた。

横に立つ七菜は、グレーのビキニを身につけて、傍にロープの束のようなものを抱えている。

危機的な状況にも関わらず、蓮司の目は彼女のBカップの胸や、引き締まった太もも、うっすらと腹筋の見えるお腹に引き寄せられた。

ちょうどTシャツの袖のあたりから、日に焼けていない白い肌が見えており、他の部分とのコントラストが何とも美しい。


美咲のすぐ近くには、麻で作られたロープが、足首くらいの高さに張られていた。

七菜の持ち物から察するに、あれが彼らの武器だろう。

そして、美咲はそれに足を取られて転倒してしまったのだ。

内村たちはボーナスペアのはずだが、それでも果敢にも獲物を狩ろうとしている。

奴もまた、優勝を目指してポイントを稼ぎたいのであろう。


「さて、どうしてくれましょうか。」

「いやあ!」


内村はそう言いながら、美咲に向かって手を伸ばした。

美咲は必死に逃げようとするが、足を痛めたのかうまく立ち上がることができない。

内村に背を向けるようにこちらに振り返った瞬間、蓮司は彼女とぱちりと目が合った。


「悪く思わないでくださいね。」


内村はそう言うと、美咲のブラジャーの背中の紐を掴む。

そのまま思い切り引っ張り、あっけなく結び目が解けた。

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