第35話 結び目★
「いやあああああああああ!!」
美咲が絶叫する。
内村によって解かれたビキニの紐は、はらりと滑り落ち、脇のあたりを通過して力なく垂れ下がった。
胸を覆うカップも浮き上がり、豊かな膨らみの下のほうがぽよんとはみ出してしまう。
その先端が飛び出す前に、美咲の真っ白な腕がその布地を抑えつけた。
「お、おい! 直接剥ぎ取るのはルール違反だろ!」
蓮司は何とか美咲の胸から目を離すと、内村に抗議した。
しかし、内村は勝ち誇ったように笑うと、右手を前に突き出した。
その指には、ロープが隙間なく巻き付けられている。
「何言ってるんですか。僕はちゃんと、武器を使って剥ぎ取っています。素手では指一本触れてませんよ。」
つまり、先ほど内村は武器のロープ越しにビキニの紐を掴んで引っ張ったというわけだ。
周囲の黒服や監視カメラが何の反応もしないことからも、内村の行為はセーフ判定らしい。
さすがに思いどおりに動かせる状態ではないだろうが、紐を掴むくらいはできるので十分に脅威である。
「さあ、こちらも解いてしまいましょう。」
内村は再び手を伸ばすと、美咲のビキニのブラを繋ぎ止める最後の砦、首元の結び目を掴もうとする。
まずい――。
蓮司は走り出すが、まだふたりのところまでは数mの距離があった。
「お願い、やめて!!」
美咲は泣きそうな顔をしながら、必死で後退りする。
手で支えられたブラジャーは不安定に揺れ、いつその"おっぱい"がまろび出てしまうかわからない。
首の後ろに結ばれてた紐は細く、遠目に見るとまるで手ブラをしているようにさえ見えた。
蓮司は走りながら考える。
内村と美咲の距離と、そこからの自分の距離を比べると、美咲に迫る魔の手を防ぐのはかなりギリギリだ。
足にさらに力を込めようとし――ふと、思った。
もう、いいんじゃないだろうか。
美咲とは仲直りもできそうにない。
きっと、付き合うことなんて絶対に無理だろう。
どうせ叶わぬ恋なら、ここで彼女の"おっぱい"が晒されるのを、見るのもありだった。
蓮司の目は、美咲の形の良い"おっぱい"を捉える。
かろうじて秘部を隠すその手の下には、一体どんな光景が広がっているのだろうか。
本来なら彼女が愛する人にしか見せることのない神秘の膨らみ。
美咲の"おっぱい"が他の男に暴かれるのは癪だが、自分もそれを目に焼き付けて、一生の思い出にする。
それも、悪くない。
内村の右手が、美咲の顔の横を通り、首の紐を掴む。
美咲の頬に、一筋の涙がこぼれ落ちる――。
「やめろ!!!」
蓮司は叫びながら、内村に全力でタックルする。
内村の小さな体がうめき声とともに宙を舞い、遠くにドサっと倒れ込んだ。
自分も反動で地面を転がるが、すぐに立ち上がり、刀のように武器の傘を構える。
「古川さん立って! 俺の後ろに隠れて!」
蓮司は痛そうに起き上がる内村を睨みながら、美咲に声をかけた。
美咲は呆気に取られたように口を開けている。
「わ、私は大丈夫だって…。」
「いいから! 俺の言うことを聞いてくれ!」
美咲の言葉を遮りながら、蓮司は振り返り、その大きな瞳をまっすぐ見つめた。
「嫌なんだよ! これ以上古川さんの悲しい顔を見るのは! 俺のエゴなのはわかってる! でも、それでも俺は古川さんを守りたいんだ!」
出てくる言葉はすべて本心だった。
何も取り繕うことのない、彼女への想いが溢れてくる。
「許してくれとは言わない、俺を嫌いなままでもいい! でも、このゲームの間だけは、俺に守らせてくれ。そばにいてくれ。俺を信じてくれ!」
美咲はしばらく沈黙したあと、頷いた。
艶やかな髪が微かに揺れ動く。
「何だかわかりませんが、こちらも負けるわけにはいかないんですよ!」
内村は立ち上がると、こちらを睨みつけた。
蓮司はそちらに向き直ると、突進しながら思い切り傘を横に薙ぎ払う。
「ぐあっ!」
脇腹を強打した内村は再び膝をついた。
蓮司はそのまま、相手のパートナー、七菜のほうへと傘を突き出す。
しかし、彼女はひょいとそれをかわすと、後ろにステップを踏んで蓮司と距離をとった。
上下のビキニの紐が挑発的に揺れている。
「内村くん!」
「接近戦は分が悪いですね…。いったん引きましょう、相原さん!」
ふたりは目を合わせると、こちらに背を向けて走り出した。
蓮司は追いかけることはせず、黙ってその様子を見つめる。
完全に姿が見えなくなったことを確認したあと、まだ座り込んだままの美咲のほうを振り返った。
「古川さん…。」
蓮司は傘を地面に落とすと、彼女の前に跪いた。
首を大きく曲げ、限界まで頭を下げて言う。
「このあいだは、本当にごめんなさい。俺が馬鹿だった。しょうもないことで頭がいっぱいになって、古川さんを傷つけてしまった。」
蓮司は顔を上げると、今度は美咲の目をまっすぐに見つめる。
彼女は黙ったままだったが、その顔から嫌悪感は消えていた。
「許してくれるとは思わないけど、もう一度だけ、俺を信じてほしい。」
蓮司の言葉に、美咲は下を向く。
少しだけ肩が震え――、急に拳が目の前に飛んできた。
「うがっ!」
美咲の小さな拳が顎に直撃し、蓮司は脳が揺れるのを感じる。
少し意識が遠のいたが、歯を食いしばって必死に耐える。
きっと美咲が男子だったら失神していただろう。
「もう、本当に怖かったんだから!!」
美咲はそう言いながら、顔を上げた。
目がうるうると煌めいている。
「立花くん、あのとき別人みたいに怖い顔してたし、手つきはすごくいやらしかったし、呼びかけても全然答えてくれないし…。」
美咲はその時のことを思い出したのか、ふるふると首を振る。
「あんなふうに、胸を触られたの、初めてだったんだからね!!」
その言葉に、蓮司はがっくりと首を落としてうなだれた。
本当に、自分は最低なことをしたのだ。
「ごめんなさい。謝っても足りないけど、本当に悪いと思ってる。」
蓮司は拳を握りしめ、再び美咲の目を見つめた。
「でも、このゲームの間だけは許してほしい。俺は、古川さんを守るためならクラスメイト全員を敵に回したって構わない。誰であろうと、古川さんのおっぱいを狙う奴はみんな倒してやる。」
これも本心だった。
美咲のためなら、蓮司は誰が相手でも容赦はしないと、覚悟を決めていた。
「…わかった。もう怒ってないよ。」
美咲はふーっと息を吐くと、ぽつりとつぶやいた。
「立花くんは、本当は優しい人だって、知ってるから。でも、もうあんな風にはならないで。そうでないと、私、嫌いになっちゃう。」
「約束するよ。もう俺はあんな風はならない。」
力強く答える蓮司に、美咲は少しだけ微笑んだ。
ようやく心に溜まっていた靄が晴れていく。
「…ごめん。紐、結んでもらってもいい?」
上目遣いに聞いてくる美咲に、蓮司ははっとして目を丸くした。
色々あって忘れていたが、今の美咲はおっぱいポロリ寸前だった。
むぎゅっと寄せられた谷間が強調され、安心して油断しているのか、カップもその膨らみの頂点から今にも落ちてしまいそうである。
「わ、わかった! ちょっとごめんね…。」
蓮司はだらりと垂れ下がった紐の両端を持つと、美咲を抱きしめるように背中に手を回した。
真ん中あたりで紐を交差させ、二度と解けないよう、固く固く結ぶ。
「ありがとう…。」
美咲はそう言って立ちあがろうとするが、やはり足が痛むのかよろけてしまう。
「いたたた…。」
「大丈夫? 痣になってるよ。」
こけた時にぶつけたのだろうか、彼女の右の膝には大きな青痣ができていた。
――チラリと目線をあげると、小さなビキニのパンツから露わになる太ももが目に入り、慌てて下を向く。
「何とか歩けそうだけど、走ったりするのは無理かも。」
立ち上がった美咲は、何度か足踏みをする。
この広い園内で戦うゲームにおいて、走れないというのはかなり不利になるように思えた。
「なるべく戦闘は避けないといけないね。どうしようもないときは戦うしかないけど。」
蓮司は美咲を気遣いながら横に並んだ。
「他のペアと戦うのも、仕方がないのよね…。」
「…そうだね。」
俯く彼女に、蓮司は優しく相槌を打つ。
こんなときでも友人たちを気遣う彼女は、本当に心が綺麗なのだ。
「大丈夫、俺が守るよ。」
蓮司は不安そうな美咲に向かって笑いかけた。
「うん、頼りにしてる。」
美咲が頷く。
彼女からの信頼は、どんな武器よりも強力な力になる。
「さあ、このイかれた破廉恥ゲームに、花を添えるぜ!」
蓮司はそう言うと、美咲と並んで歩き始めた。
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