第4章 水着剥ぎ取りゲーム

第31話 突然の旅路

「古川さん、待ってくれ!」


蓮司は必死に走りながら、前を進む古川美咲に向かって声を上げた。

しかし、美咲は振り返らないどころか、どんどん先へと進んで行ってしまう。

何とか距離を縮めようとするが、足が鉛のように重いし、なんだか床がグニャグニャしているので思うように走ることができない。


ふたりは学校のような、そうではないような、不思議な場所を走っていた。

窓の外の景色が目まぐるしく変わっているが、蓮司は気にも溜めずに、前方の美咲の後姿に集中する。


「せめて一言、謝らせてくれ!」


その言葉が届いたのか、美咲は突然足を止めた。

ようやく追いつき、肩に手をかけようとしたところで何か躓いてしまう。


「うわっ!」


前のめりに倒れた蓮司は、恐る恐る目を開け、絶句する。

そこには、なぜか下着姿になった美咲が横たわっていた。

彼女は、ゲームの中で目撃した純白のブラジャーとパンツを身に着けている。

そして蓮司の両手は、美咲の大きな"おっぱい"を鷲掴みにしていた。


「うわああああああああ!!」


蓮司は悲鳴をあげて、頭を抱えた。

これでは、この間と同じではないか。

これ以上美咲に嫌われたら生きていけない。

そう思った矢先に、目の前の少女が声をかけてくる。


「蓮司? 大丈夫?」


よく見ると、そこにいるのは美咲ではなく、眼鏡をかけた幼馴染の葵だった。

いつの間にか下着の色も、葵が身に着けていた水色のものに変わっている。


あれ? 自分が追いかけていたのは美咲だったっけ? 葵だったっけ?

よくわからないが、大切な人を追いかけていたはずだった。

目の前にいる幼馴染がその人であった気もするし、そうでない気もする。

混乱する蓮司に、葵は真っ赤な顔で言う。


「"おっぱい"を触りたいの? いいよ、蓮司なら…。」


葵は震える手で背中に手を回し、ぷつりとブラジャーのホックを外した。

ほのかにカップが浮き上がり、乳房との間に隙間が出来ている。

そのままの姿勢で前に突き出された"おっぱい"に、蓮司は思わず両手を伸ばした。

すると今度は、ドスの効いた声が響き渡る。


「"おっぱい"の魔力に飲まれたな…!」


再び目の前の少女を見下ろすと、そこには九条生徒会長が、鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。

彼女は今にも殴り掛かってきそうなほど、恐ろしい剣幕で威嚇する。


「うわああああ!!」


九条は真っ黒なビキニを身につけ、こちらに向かって噛みつくように口を開いている。

その口はみるみる大きくなって、顔をすっぽり覆うほどの暗闇になる。

ところどころに剣のように鋭い牙が生えているのが見てとれた。


蓮司は思った。

こんなの、めちゃくちゃだ。

支離滅裂にも程がある。

現実でこんなことが起こるはずがない。

とすると、これはーー。

蓮司は目を閉じると、体中に力を込めて、必死に起き上がろうとする。


「ぶはあっ!」


ベッドの上で目覚めた蓮司は、はあはあと肩で息をする。

全身は汗びっしょりだ。まるで本当に全力疾走をしてきたかのようである。

心なしか、手には美咲の"おっぱい"の感触が残っている気がする。

それほどまでに生々しい夢であった。


「古川さん…、葵…。」


蓮司はまだ暗い窓の外を見つめると、ぽつりとつぶやいた。


*******************************************************


『水着剥ぎ取りゲーム』


九条は相変わらずギリギリ判別できる文字で、黒板に書きつけた。

クラスメイト達はいよいよ途方に暮れたのか、絶句して誰も声を発さない。


第二のゲームが終わった3日後のこと。

毎度のように突然現れた九条が、第三のゲームの説明を開始していた。


生徒たちの顔は見ものであった。

葵は顔面蒼白になり、何か言おうと必死に口をパクパクさせている。

茉莉や七菜は呆れたように目を細め、くるみは不思議そうに首を傾げ、男どもは目をキラキラと輝かせていた。

無理もない。蓮司は事前に聞いていたからそこまで驚かなかったが、今回のゲームは字面からしてもインパクトの大きなものだった。


美咲はーー、どんな顔をしているかわからない。

蓮司は彼女のほうを見ることができなかった。


あの一件以降、美咲とは一度も目を合わせていない。

あれから何度も謝ろうと声をかけたが、彼女は露骨にそれを無視していた。

休み時間になるとすっと立ち上がって別の席のほうへ行ってしまうし、帰りの時もさっさと荷物をまとめて出ていくし、完全にこちらのことを避けている。

蓮司は来る日も来る日も謝罪しようと試みたが、駄目だった。

いくら声をかけても、彼女は耳を傾けることはない。

結局仲直りをすることができないまま、第三のゲームを迎えることになってしまった。


「い、一応聞きますけど、水着って、女子の水着のことですか…?」


ようやく葵が声をあげた。


「そうだ。正確に言うと、こちらで用意したビキニ水着のブラジャーのことだ。」


九条は当然とばかりに言い放つ。

もはや悲鳴ではなく、諦めに似たため息がクラス中で溢れた。


「でも、ブラを剥ぎ取るって、そんなことしたら、"おっぱい"が…。」


葵は途中まで言いかけ、ハッとして顔を真っ赤にする。

恥じらう様子に、周囲の男たちがごくりと唾を飲み込んだ。


「そうだな。ブラジャーは"おっぱい"を守る最後の砦。剥ぎ取れれば、その神秘は衆目に晒されてしまうだろう。」


九条は教壇でふんぞり返ったまま続ける。


「だからこそ、死力を尽くして守るのだ。己の、パートナーの"おっぱい"を。それがこのゲームの神髄だ。」


振り返った九条は、どや顔でクラス中を見回した。


エッチな内容であることはこれまでのゲームと変わらない。

ただ、過激度が段違いに上がっている。

これまでも正気の沙汰ではなかったが、晒されたのはせいぜい女子の下着までだった。

しかし今度は、確実に"おっぱい"が見られてしまう。

ついに女子たちの裸を拝めるとあって、男子たちは既に興奮を抑えられなくなっているようだった。


「やりたくないんですけど。今回は特に。」


教室の真ん中あたりから、七菜が淡々と言い放った。

普段はクールな彼女も、声色からして相当に呆れているようである。

女子たちにとって"おっぱい"を見られるかもしれないゲームなど、言語道断だろう。


「私も。ていうか、プライベートで水着着るなって言われてるし。」


茉莉が続いた。

彼女はアイドルながら、水着グラビアなどの過激な仕事は一切やらず、清楚なイメージを保っている。

それがこんなゲームで崩されてしまったら、溜まったものではないだろう。


その他のほとんどの女子たちも、『やりたくない』と顔に書いてあった。

彼女たちはまだ若く、そもそもビキニすら着たことがない人が多いだろう。

クラス中の女子が九条に無言の圧力をかけるが、全くもって意にも介していない様子だった。


「楠本の事務所には、昨日こちらから連絡しておいた。今回は正式に、"仕事"として水着を着てもらう。」

「はあ。最低。」


九条の言葉に、茉莉はため息をつく。

国民的アイドルの水着など、事務所がそうそう許すはずがない。

一体いくらお金を積んだのだろうか。

相変わらずこの生徒会長は自分の考えを押し倒す気らしい。

誰もが絶望の表情を浮かべた時、ふいに鋭い声をあげる者がいた。


「いい加減にしてください!」


その声の主は、なんと美咲だった。

彼女がこんなに声を張り上げるのは初めて見た。

他の生徒たちも驚いたように顔を向ける。


「スカートめくりだとか、水着剥ぎ取りだとか、もううんざりなんですよ! このゲームで、女の子がどれだけ辛い想いをしているか、わかっているんですか?」


美咲の言葉に、蓮司は胸を抉られる。

彼女の言う辛い想いのなかには、きっと先日の乳揉み事件も含まれているだろう。


「私たちは、まだ高校生なんですよ! 九条先輩は、女の子の体をなんだと思っているんですか!」


怒りの収まらない美咲は、立ち上がって九条を睨みつける。

九条はふーっと息を吐くと、意外にも冷静な声で返事をした。


「古川、お前の言っていることもわかる。私も女の端くれだからな。肌を晒すことに慣れていないのも理解している。」


そういえば、この生徒会長も女子生徒だったことに、蓮司は今さら気がつく。

九条はゆっくりと教壇の前に出ると、美咲に真正面から相対した。


「だが、勘違いをするな。自分の体を守れるのは、自分自身だけなのだ。お前たちも、一歩学校の外に出れば様々な場面でその体を狙われることになる。軟派な男や打算で擦り寄ってくる男、金で体を買おうとしてくる男など、枚挙にいとまがない。」

「そんな中で頼れるのは、自分自身だけ。誰も守ってはくれない。このゲームはそれを理解してもらうためにあるのだ。」


九条の鋭い視線に、美咲も目も逸らすことはしない。


「それはそうかも知れませんけど、だからってこんなゲームまでやる必要ないでしょう。」

「いや、あるさ。このクラスはまだ性に未熟なのだ。正しく導く必要がある。」


九条はそう言うと、少しだけ目を細めて続ける。


「特に古川、お前はな。」


付け足された一言に、美咲は困惑して首を傾げた。


「いずれにせよ、ゲームへの不参加は認められん。これは法律に則った正当な行為だからな。」


やはり九条は自分の意見を曲げる気はないらしい。

美咲も諦めたように座ると、複雑な顔で下を向いた。

九条も頷きながら教壇へと戻っていく。


「それでは早速ルール説明ーーと行きたいところだが、その前にお前たちには移動をしてもらう。まずは家に戻って、宿泊の支度をしてきてくれ。」


突拍子もない発言に、またしても教室は騒然となった。


「そ、それって、どこかに泊まりに行くってことですか?」

「そうだ。2泊3日で特別会場へと向かう。親御さんにはもう連絡しているから、安心してくれたまえ。」


葵の質問に、九条はどや顔で返事をする。

いくらなんでも急すぎやしないか。


「と、特別会場って一体どこなんですか…?」

「それは秘密だ。行き先がわからないほうが楽しいだろう?」


この状況を楽しんでいるのは自分だけだと、彼女はいつ気がつくのだろう。


「それでは各自準備をして、18時に学校に来てくれたまえ。うちの部下が自宅まで送迎しよう。」


蓮司は教室の後ろに控える、大量の黒服たちのほうを振り返った。

送迎とは名ばかりで、実際は逃げ出さないか見張りをするつもりだろう。


どう足掻いても第三のゲームをやるしかないらしい。

1年B組の生徒は困惑の表情を浮かべたまま、それぞれの家へと帰っていった。


*******************************************************


等間隔に並んだ街路樹が、緩やかに後ろに流れていく。

蓮司は頬杖をつきながら、窓の外に映る景色をぼんやりと眺めていた。

すでにあたりは暗くなってきており、ぽつり、ぽつりと街に灯りが灯っていく。


学校に再集合した蓮司たちは、九条の手配したリムジンバスに乗り込んでいた。

最初は緊張していた生徒たちだったが、なんだか修学旅行みたいな雰囲気に徐々に気持ちが緩み、今はそこかしこで談笑する笑い声が聞こえてくる。

特に、真後ろに座る男子たちからは、これからのゲームについて下世話なトークを繰り広げていた。


「しかし、何て素晴らしいゲームなんだ! 今度こそ、おっぱいを見てやるぞ!」

「そうだね〜。一体何人のおっぱいが見られるかな〜。」

「相原さんのおっぱいを見たい…。他の人のおっぱいも見たい…。」


千葉に内村に根田と、比較的よく話す面々とも、蓮司は少し距離を置いていた。

思えば、ゲームが始まってからクラスメイトも少しずつ、変わってきているように思う。


千葉は前から天然発言で周りを凍りつかせることがよくあったが、それでも本人に悪気はないし、部活を頑張っているというバックグラウンドもあって憎めないキャラクターだった。

それが今では、先のような下世話なこともいう奴になってしまっている。

ゲームも人一倍楽しんでいるようで、特に女子生徒からの評判がだいぶ下がっていた。


内村も、第二のゲームでは千葉に敗れこそしたものの、準優勝と健闘していた。

もともと地味で目立つタイプではなかったのに、だいぶ存在感を増している。

合わせて本人の性格も増長している節があった。

もしかしたら、あれが彼の本性なのかもしれない。


そして、根田である。

もとより変態クソ野郎だったが、このゲームではその嫌なところが存分に発揮されている。

特に蓮司は先日の一件もあったので、奴への嫌悪感は限界突破していた。

もはや変態生ゴミ野郎とか、変態ウジ虫野郎とかに格上げしたい気分である。


『しかし、一番変わったのは小田切だよな。』


蓮司はそう思いながら、はるか前方に座る幼馴染の後ろ姿を見つめる。

結局のところ、小田切は何がきっかけでああなってしまったのかは今でもわからなかった。

思い出してみても、やはりゲームが始まったあの日からおかしくなっているということ意外は、まったく心当たりがない。

蓮司は改めて、あの日の出来事を順を会って考えてみる。


『あいつ、もしかして古川さんのことが好きなのか…?』


屋上で井戸端会議をしていた時、小田切はなぜか蓮司の美咲への想いを知っていた。

それが少し引っかかる。

奴も美咲のことをずっと見ていたなら、合点はいくのだ。


『まいったな…。』


仮に幼馴染が敵視してくる理由がそれなら、辻褄は合うが困ったことになる。

なぜなら、蓮司も美咲を譲るわけにはいかないからだ。

仲直りするには、どちらかが恋路を諦めなければならない。


『まあ、その前にやらなきゃいけないことがあるよな…。』


蓮司はふーっとため息を着くと、再び視線を窓の外に戻した。

今の蓮司は美咲とはほぼ絶縁状態である。

幼馴染と取り合いをする前に、まずはそちらとの関係を修復する必要があった。

この後もどこかで声をかけられないか、チャンスを伺ってみよう。


「あー。右手をご覧ください。海でございます。」


ふいに流れてきた九条のアナウンスに思考を中断された。

彼女はバスガイドが被るような帽子まで用意して、ノリノリでマイクを握っている。

言われたとおり右を見るが、すでに夜なので海なんて何も見えない。


「あちらに止まっている客船が、皆様の乗る船でございます。」


さらりととんでもないことを言われ、蓮司は思わず身を乗り出して外を確認する。

確かに右手前方に、馬鹿みたいに大きな船が停泊しているのが見えた。


「九条グループのプライベートな客船です。皆様、降車のご準備を、お願いします。」


ガイドをやり切った九条は満足そうにマイクを置く。

もはやツッコむ気も起きない。

蓮司たちは渋々バスを降りると、明らかに人数に対して大きすぎる船へと乗り込んだ。


その後、異様に豪華な食堂で夕食を食べ、各自の船室に案内される。

どうやら夜のうちに目的地には着くらしい。

最後に朝の起床時間を伝えられ、今日のところは解散となった。


*******************************************************


『寝れないな…。』


蓮司は固いベッドに横たわりながら、悶々と考え事をしていた。

船は水面の起伏に合わせて緩やかに揺れ動き、時折波が打ちつけるような飛沫の音が聞こえる。

とはいえ、眠れないのはそれが原因というわけではない。


『結局、今日も謝れなかったな。』


美咲のことを考えると、胸がキリキリと締め付けられる。

バスを降りる時も食事をとる時も、蓮司は彼女に近づいたが、冷たく無視されてしまった。

ここまでくると、もう美咲との関係を修復するなど、不可能ではないかとさえ思えてしまう。

明日のゲームのことを考えると早く寝るに越したことはないのだが、どうしても気持ちの整理がつかない蓮司は、何度も寝返りを繰り返す。

そうこうしているうちに、もうすっかり深夜になってしまっていた。


『ちょっと、外の空気でも吸うか。』


蓮司は居心地の悪い部屋を出ると、船の甲板へとあがった。

真っ黒な海の中を、巨大な船はゆっくりと進んでいる。

照明もあまりついてないので、月明かりの下でぼんやりと見える手すりに掴まりながら、のんびりと散歩してみる。


こんな夜中に外を歩くというのも、なんだが特別感があるし、どこか懐かしい気分になる。

蓮司はしばらくの間、誰もいない空間に自分の足音を響かせながら、物思いに耽っていた。


そして気がついた。

いつからか、もうひとつ、足音が鳴っている。

くるりと振り返ると、少し遠くから誰かが歩いてくるのが見えた。

背丈を見ると女の子のようである。


「古川さん…?」


蓮司は思わず想い人の名を口にした。

しかし、現れたのは別の人物だった。


「蓮司?」


小鳥遊葵が、ゆっくりと暗闇の中から姿を現した。

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