第29話 決断の時★

蓮司はしばらくの間、目の前で起きたことを信じることができなかった。


根田が突きつけたノーブラカード。

先の脱衣カードとの組み合わせ効果で、ブラジャーのタグを見せるというものだ。

それは、美咲にフロントホックを外し、"おっぱい"を見せろという宣告だった。


「いや! 絶対にいや!!」


美咲は胸を庇いながら立ち上がると、一目散に部屋の出口へと逃げていく。

しかし扉を開けた先にはすでに黒服が待ち構えており、何人にも囲まれて中へと押し戻されてしまう。


「ま、待ってくれ! 古川さんのブラジャーは普通じゃない! ルールを変えるべきだ!」


蓮司は審判の黒服に必死に訴えた。

多くのブラジャーは背面にホックがある。

それを前提としたルールを、フロントホックのブラにも適用するのはあまりにも酷すぎるだろう。

しかし、黒服はロボットのように淡々と答えた。


「ルールの変更は認められません。戦術カードの効果は絶対です。」

「そんな、馬鹿な…。」


とりつくしまもない黒服は、美咲に向き直り、冷酷に告げる。


「さあ、古川さん。ホックを外し、中のタグを見せてください。」

「無理です! そんなことをしたら、"おっぱい"が…!」


美咲のブラジャーのどのあたりにタグがあるかはわからない。

だが、少なくともホックを外さないと見えない位置にあるのは明らかだった。

正面からブラジャーを外せば、当然"おっぱい"も開陳される。

手で隠すにしたって、限界があるだろう。


「従わないのですか? 手荒な真似はしたくないのですが。」

「できません。こんなところで、ブラジャーを脱ぐなんて…。」


美咲はその大きな瞳一杯に涙を溜め、懇願した。

同じ女性なら、これからやる行為がどれだけ恥ずかしいかわかってくれるはずーー。

そう思った蓮司の想いも、あっさりと打ち砕かれた。


「では、仕方ありません。」


黒服がカメラに合図し、先のゲームでも登場した、十字架のついた台座が運び込まれる。

美咲はあっ、と声を上げて逃げ出すが、たくさんの黒服に囲まれてあっさりと捕まり、無理矢理に手錠をかけられそうになる。


「ふざけるな! こんなことが許されてたまるか!!」


気づくと蓮司は前に飛び出していた。

黒服を押しのけ、美咲に向かって手を伸ばす。

しかし、大人数に取り押さえられ、すぐに引き離されてしまった。


「いや! いやあ!!」


ついに美咲は十字架に磔にされ、その両手にはおもちゃの手錠がかけられる。

必死に逃れようと体を動かすが、手錠はびくともしなかった。

代わりに彼女の形の良い"おっぱい"が激しく揺れ動く。

その中心に、ブラジャーのフロントホックが反射して輝いているのが見えた。


『ちくしょう! どうしたらいい?』


蓮司は黒服に押さえつけられながら、必死に頭を働かせた。

状況は最悪だ。

両手の自由を奪われた美咲のブラジャーは完全に無防備で、こんな状態でホックを外されたら"おっぱい"が丸出しになってしまう。

そしてその目の前には、いやらしくカメラが設置されているのだ。

このままでは彼女の"おっぱい"が、クラス全員に公開されてしまう。

しかし、ルールは絶対という原則がある以上、この状況を打破するのは絶望的だった。


「ついに"おっぱい"が見られるなんて、生きててよかった〜!」


根田は涎を垂らしながら、食い入るように美咲の胸を見つめている。

おそらくは、教室にいる他の男子生徒もそうだろう。

蓮司を除く男子全員は、このまま美咲のブラジャーが外されることを願っているのだ。

ブラジャーさえ取り払えれば、そこには何も身に着けていない、生の"おっぱい"しかない。

美咲の形の良い乳房も、綺麗な乳輪も、淡い乳首も、すべてが曝け出されるのだ。


「くそおおおおおお!」


蓮司の叫び声が虚しく響き渡る。

何か、何か方法があるはずだ!

こんなところで、美咲が"おっぱい"を晒して良いわけがない。


蓮司はありとあらゆることを考えーーそして、思いついた。

たった一つの、美咲を助ける方法を。

だが、それは犠牲を伴うものだった。

差し迫った状況の中で、蓮司は苦渋の選択を迫られる。


黒服がゆっくりと、美咲のブラジャーへと手を伸ばす。

美咲は必死で抵抗するが、手錠が十字架にあたる金属音が虚しく鳴り響くだけだった。

そしてついに、黒服の指先が、ブラジャーのホックにかかる。


「立花くん、助けて…。」


美咲が泣きそうな声で、蓮司に呼びかけた。

黒服が指に力を込め、根田が歓喜の表情を浮かべ、そしてーー。


「待て!!」


蓮司は声を張り上げた。

もう迷ってなどいられなかった。

美咲よりも大切なものなどない。


「俺は、宣言する!」


蓮司は振り返る黒服に向かって、叫んだ。


「古川美咲の"おっぱい"は、E75だ!!」


刹那、しんと静寂が訪れ、部屋の時間が止まったかのように全員が固まった。

蓮司は美咲の目を真っ直ぐ見据えて訴える。


「古川さん!!」


美咲もその意図を理解し、絶叫した。


「正解です!!」


美咲の叫びに、黒服が深く頷いた。

その手がブラジャーのホックから外れる。


「試合終了。立花・古川ペアは"おっぱい"の大きさを当てたので1ポイント獲得。そして、"おっぱい"の大きさを当てられたのでここで敗退です。」

「なんで、なんでやめちゃうんだよ!」


淡々とジャッジする黒服に、根田が立ち上がって憤慨した。

しかし、黒服はいつもと変わらぬ様子で解説する。


「宣言はこの部屋にいる女子生徒に行うことができます。もちろん、自分のパートナーに対してもです。そして、敗退した女子生徒への追撃は厳禁です。これはルールです。」


そう、美咲を救う唯一の方法は、彼女を敗退させることだった。

実を言うと、これまでのゲームの間、こっそり美咲の"おっぱい"の大きさを推理してきたのだ。

3試合分の問答を横で聞いていた蓮司は、すでに正解へと辿り着いていた。

代わりにくるみの"おっぱい"を当てることも考えたが、まだ外す可能性があったし、何より勝った場合に追撃禁止のルールが適用されるかわからなかった。


結果として、蓮司は自ら負けることを選んだ。

ポイントを考えれば、これでこのゲームで優勝する夢は潰えたに等しい。

だが、これで良かったのだ。

美咲を守ることが、何より重要なのだから。


「くそ! なんでだよ!」


黒服たちが引き上げるなか、根田はまだ怒りが収まらないようだった。

しきりに地団駄を踏み、イライラと周囲を睨みつける。

立ち上がった蓮司は、その様子を憐れみの目で見つめていた。

性欲にまみれ、すんでのところで野望を打ち砕かれた様は、まさに変態クソ野郎と言うに相応しかった。


蓮司は、美咲のほうへと視線を移す。

彼女もこちらをまっすぐ見据え、微笑んでいる。

さあ、早く拘束を解いてあげかいと。

それから、Tシャツも着てもらわなきゃ。

今さらながら、彼女の刺激的な姿にドギマギしてしまう。

負けはしたけれど、これで美咲はもう辱められることもない。

もう終わったのだ。


そう思っていたのが、甘かった。


「ちくしょう! こうなったら僕自身が…!」


視界の外から、突然根田が飛び出してきた。

奴はまだ身動きの取れない美咲の前に立つと、その胸元に手を伸ばす。

目を見開く彼女をよそに、その指が、ホックへとかかった。

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