第22話 カードの餌食★

「まずは各ブロックの1回戦を開始する。頑張って"おっぱい"の大きさを当ててくれたまえ。」


九条のアナウンスが鳴り響き、蓮司は教室の前面に設置された、巨大なモニターを凝視した。


すでに一回戦の参加者と思われる8組のペアの呼び出しが終わり、代わりに4台のモニターが運び込まれた。

その画面にはカジノのような部屋の様子が映されており、真ん中にはポーカーで使うようなテーブルが設置されている。

対決するペアはそれぞれ対面するように座り、その間に黒服の審判が立っているという状態だ。


蓮司は4つのモニターを交互に見ながら、彼らの対戦の様子を見守る。

すでに画面の向こうで推理戦が始まっているようだが、音声まではこちらに聞こえてこないらしい。

それぞれのモニターにはブロック名と思われるAからDのアルファベットが書かれているが、結局トーナメント表は開示されなかったので自分がどこになるのかもわからなかった。


『さて、どうしたものかな…。』


蓮司は額に手を当てながら、ゲームの戦い方を考えていた。

正直言うと、こういう推理ゲームというか、論理的に何かを考えるのは苦手分野なので、どうしていいか見当もつかない。

そもそも"おっぱい"の大きさとカップやアンダーバストが全く紐づいていないため、どうしても正解に辿り着けるとは思えなかった。


それに、今回も勝つことだけを考えれば良い訳ではない。

美咲を他の男どもの毒牙から守ることが最優先であった。

教室に設置された嫌らしいモニターのせいで、ゲームの様子は対戦相手だけでなく、クラス中にも見られてしまうことになる。

そんな中で美咲の痴態を晒すわけにはいかない。

しかし、今回はターン制のゲームなので、スカートめくりゲームのように先手必勝で勝負を終わらせる戦法も使えない。

運悪く強力な戦術カードが相手に渡ってしまえば、ルール上、彼女を守る術はなくなってしまうのだ。


つんつん。

「ん?」


ふいに左側から脇を突かれ、蓮司は顔を向ける。

そこには美咲が、なんだか恥ずかしそうにこちらを眺めていた。

頬を染める彼女の姿に、蓮司は一瞬思考が止まって見惚れてしまう。


「あのね、立花くん…。」


美咲が口を開くが、その声はまたしてもかき消されてしまう。

教室中から歓声があがったのだ。


「うおおおおおお!!」


蓮司が何事かと周囲を見渡すと、みな正面にある、Bブロックのモニターを凝視している。

そこには、クラスで1番のギャル、派手な見た目の藤崎香織が、Tシャツを脱ぎ捨てブラジャー姿になった様子が映し出されていた。


いきなり女子の下着姿を目の当たりにした蓮司は、心臓が飛び出しそうなほど跳ね上がる。

何故、と思ったが彼女の前にはトランプくらいの大きさのカードが置かれていた。


これが戦術カード――!

たしか、脱衣カードなるものがあったので、香織はその指示に従ったのだろう。

対戦相手はチャラ男の千葉と楠本茉莉のペアだが、千葉はケラケラと笑う声が聞こえてきそうなほど、画面の向こうで満面の笑みを浮かべている。


「すげえ。女子のブラジャー、初めて見た。」

「藤崎さんの"おっぱい"はあんな形なんだ…! やわかそう…!」


男子たちがコソコソ批評するとおり、香織の"おっぱい"は程よく膨らんでおり、張りと弾力がありそうな魅惑の曲線を描いていた。

その肌は白くてきめ細かく、布地に隠されている部分も美しいものであると容易に想像できる。

ブラジャーは黒の派手なもので、様々な装飾が香織のおっぱいを美しく演出していた。


涙目になる香織の横で、パートナーの男が戦術カードを突きつける。

すると、今度は下着姿の香織が、対戦相手の茉莉の胸囲をメジャーで測り始めた。

カオスな絵面である。

他のモニターでも女子生徒が縄跳びする様子や、黒服数人に水鉄砲を浴びせられる様子が映し出されいた。


「なんなのよこれ…。」


美咲が心底嫌そうに呟く声が聞こえた。

なんて狂ったゲームだろうと思っているのだろうが、完全に同意である。

もはや、九条は何か怪しい薬でもやっているんじゃないかと疑うような内容のゲームであった。


「あー。七原秋也、藤崎香織ペアが敗退。カップ数はC80。」


九条の報告が鳴り響き、モニターの向こうで千葉が軽率にガッツポーズする。

茉莉は何とも言えない面持ちで、そそくさと部屋の出口へと向かっていた。


Cということは、香織の"おっぱい"は真ん中より小さなカップだったのか。

先ほど脳裏に焼きつけた彼女の膨らみを、もう一度思い出してみる。

見たところしっかりと膨らみもあり、イメージどおりの"おっぱい"ではあったのだが、意外とまだ上があるようだ。

"おっぱい"の大きさは奥が深いようである。


「川田翔吾、宮田百合ペアが敗退。カップ数はB70。」


続々と試合終了のアナウンスが鳴り響き、戦いを終えたクラスメイトが教室へと帰還する。

敗北した女子生徒たちは、心なしか胸に手を当て、庇っているように見える。

しかし、おっぱいを弄ばれて負けたうえに、カップ数も公表されるとは、相変わらず趣味が悪いことだ。


「では、続いて2回戦を開始する。呼ばれたペアは廊下に出るように。まず、立花蓮司、古川美咲ペア。」


名前を呼ばれて、蓮司と美咲は顔を見合わせた。

黒服に促されて廊下に出ると、今度はプレイルームとやらがある場所まで案内される。


「今回の会場は生徒会室を特別改装したものです。好評であれば、そのまま残すことも検討しています。」


黒服が感情のない声で説明する。

またくだらないことにお金を使っているようだ。

1年B組の総意を持って取り壊されることになるのは想像に難くない。


「ではこちらからお入りください。ご武運を。」


蓮司が扉を開けると、正面に受付のようなカウンターがあり、そこに九条が偉そうに腰掛けている。


「ああ、よく来たな。お前たちはAブロックだ。対戦相手はすぐ来るから、先に入って待っていてくれ。」


九条は手元のモニターを眺めながらぞんざいに言い放った。

彼女の後ろには、AからDのアルファベットが振られた4つの扉が並んでいる。


蓮司と美咲は渋々部屋の中を進むと、ドアノブに手をかけた。

開こうと手首を回したとき、ふいに九条が呼ぶ声が聞こえた。


「立花蓮司。」

「はい?」


振り返ると、九条は目だけこちらに向けて話し続ける。


「気をつけろ。"おっぱい"には魔力がある。飲まれたら最後、大切なものを失うことになるぞ。」

「はあ…。」


よくわからない忠告に、生返事を返すことしかできない。

今からその"おっぱい"の謎を推理するというのに、気をつけるも何もないだろう。


「男というものは、"おっぱい"を目にすると理性を保っていられなくなる。どんな時でも冷静な判断を心がけるのだ。」

「よくわかりませんが、大丈夫ですよ。」


他の男どもは知らないが、自分は美咲を守らなければならないのだ。

他人の"おっぱい"にうつつを抜かす暇などない。

適当に答えた蓮司は、プレイルームの中へと入る。

そこはまるで高級ホテルのように豪華に設えられており、中央には本格的なポーカーテーブルが置かれている。


「ここもみんなに見られているのよね…。」


美咲は、部屋中に設置されたカメラを恨めしそうに見つめた。

先ほどの香織のように、ここでの様子はクラスメイトの格好の見せ物になるわけだ。

もちろんそんなことは避けなければならない。

しかし、いまだに彼女を守るための妙案は、思いついていなかった。


「古川さん。俺正直、このゲーム自信ないかも。」


蓮司は正直に、美咲に声をかける。

彼女は曇りのない瞳をこちらに向け、考え込むように首を傾げた。


「そうね…。私もまだ整理できてないけど…。」


ゆっくりと言葉を紡ぎながら、美咲は自分の考えを話し始める。


「たぶん、大事なのはこっちが"宣言"を外した後だと思うの。相手が正解と比較して、何て答えるかをよく聞く必要があるわ。」

「そうなの? どういうこと?」

「えっとね…。」


美咲の戦略に、蓮司は前のめりになりながら耳を傾けていった。


*******************************************************


「――ていう感じ。今思いつくのは、それだけかな。」

「いや、すごいよ古川さん! 俺全然気がつかなかった。」


蓮司は大きく頷きながら、感動の声を上げた。

聡明な美咲は、自分よりも何歩も先を読めている。

この戦略があれば、ある程度は正解を絞り込むことができそうであった。


「でも、この戦略にはまだ欠点もあって、それは相手が…。」


美咲がそう言いかけた時だった。

ガチャリと前方の扉が開き、誰かが中に入ってくる。

現れた対戦相手の姿に、蓮司は呻くようにつぶやいた。


「まじかよ。」


そこにいたのは、幼馴染の2人組――小田切幹太と小鳥遊葵だった。

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