第21話 第ニのゲーム
校内にチャイムが響き渡り、短い昼休みの時間が終了した。
普段なら先生が熱心に授業を開始するはずなのだが、1年B組の教室は静まり返っている。
誰もが黙り込み、教壇で偉そうにこちらを見下す生徒会長の姿を見つめていた。
九条はその整った顔をこれでもかと邪悪に歪め、鋭い眼差しでこちらを眺めている。
「さて、だいぶ待たせて申し訳なかったが、本日第2のゲームを実施することになった。喜べ。」
九条はどや顔でクラス中に宣言する。
もちろん誰も待ってなどいない。この女の頭の中はとことんお花畑のようである。
「あの、次は一体何をやらされるのでしょうか…。」
「まあ焦るな。その前にみんなの意見を聞いておきたいのだ。」
おずおずと問いかける葵に、九条は首を振って答えた。
そして振り返ると、チョークを握り締め、不快な音を立てながら黒板に文字を書く。
"おっぱい"
ぎりぎり判別できる文字で、そこにはそう書かれていた。
かつて教室の黒板に、これほど大きく"おっぱい"と書いた人間がいただろうか。
「ずばり、次のゲームのテーマは"おっぱい"である。」
その一言に、クラス中がどよめきに包まれた。
"おっぱい"。その言葉に反応しない男はいない。
それがテーマのゲームとは、一体どんなものなのだろうか。
「まず"おっぱい"とは、正確には女性の体の乳房のことを指す。"おっぱい"という呼び方は元は幼児語であったようだが、その語感や、美しさを表す秀逸な表現として、今では大人も使う俗語として広く普及している。その語源は諸説があるが、一説によれば"乳"という意味を持つサンスクリット語の"pai"ではないかとも言われているらしい。」
まるで重要な英単語を解説するかのように、目を閉じてペラペラと"おっぱい"について語る九条の姿に、誰もが呆気にとられていた。
彼女は熱が入ってきたのか、そのまま両手を広げ、教壇の前を行ったり来たりする。
「ある者はその大きさを讃え、ある者はその形の美しさを説くが、"おっぱい"の本質はそこにはない。"おっぱい"とはそこに存在するだけでも非常にありがたく、高貴な存在なのである。そこに自分の趣味嗜好を反映させること自体が烏滸がましく、我々はただ"おっぱい"に平伏し、感謝しなければならないのだ!」
演説を終えた九条は、誇らしげな顔で教室中をぐるりと見回した。
もちろんピンときている生徒は誰もいない。
九条はそんなクラスメイトを品定めをするような目で、一人ひとりの顔をじっくりと眺める。
蓮司と目が合ったところで、九条はニヤリと笑うと、ビシッとこちらを指さした。
「よし立花蓮司、お前の好きな"おっぱい"を言ってみろ!」
「え? えええええ!?」
とんでもない質問に、思わず間抜けな声をあげてしまう。
この生徒会長は急に何を言い出すのだ。
「なんだ? いくら純情な男でも、好きな"おっぱい"のひとつやふたつくらいあるだろう。大きさでもいい、色や形でもいい。なんでも良いから、好きな"おっぱい"を言えばいいのだ。」
九条は、まるで好きな食べ物を聞くかのような感覚で続ける。
クラス全員の視線を感じ、蓮司は冷や汗がだらだらと流れ始めた。
なんだってこんなところで性癖を暴露しなければならないのか。
しかし、九条は許してくれる様子はない。
「ええと…。」
この場合、何と答えるのが正解だろうか。
女子を敵に回さず、当たり障りのない回答は――?
細かい話をしすぎれば、生々しさで顰蹙を買うだろう。
そうなると、やはり無難に大きさを言うのが最適解か。
本音を言えば、"おっぱい"は大きいに越したことはない。
一方で、小さく慎ましい"おっぱい"も捨てがたい。
しかし、あんまり極端なサイズを言うのは違うよな。
蓮司は少ない知識をかき集め、必死に答えを考える。
確か、なるべく真ん中くらいといえば…。
「お、俺は、Dカップくらいの"おっぱい"がいいです。」
その言葉に、女子たちがため息をつくのがわかった。
自分の株がみるみる下がっていくのを感じる。
「ふむ。ずいぶんと高望みだな。」
九条は顎を撫でると、黒板に歪なDの文字を書き付けた。
そのままの姿勢で、九条は話し続ける。
「立花蓮司のように、一般に"おっぱい"を形容するときは、そのカップ数で表すことが多い。本来であればそのような表記に縛られるようなものではないが、便宜上、その大きさには基準があるのだ。」
顔だけこちらに向けた九条は、再び蓮司の顔を見ると、質問する。
「ではそのカップ数は、一体何を見ればわかると思う?」
またしても同級生からの注目を浴び、蓮司は顔が白くなっていくのを感じる。
自分が一体何をしたというのだ。
「そう難しく考えることはない。常に"おっぱい"に接している、あれだ。」
九条は恐ろしくぎごちないウインクをしながらヒントを出す。
蓮司もさすがにピンと来ているが、その言葉を言うのは憚られた。
しかし、答えないと許してもらえそうもない。
「ぶ、ブラジャーですか?」
その回答に、女子からさらに冷ややかな視線が突き刺さる。
先ほど地に落ちたと思っていた自分の株だったが、下には下があったようだ。
九条は黙ってブラジャーと書くと、手を払いながらこちらに向き直った。
「そのとおりだ。よし、持ってこい!」
九条が手招きすると、黒服たちがマネキン人形を教室に運び込んだ。
その人形は女性を模しているようで、人工的な体の胸にふたつの膨らみがある。
そして、そこにはシンプルなデザインの、ブラジャーが装着されていた。
「これがブラジャーだ。それで、どこにカップ数が書いてあるかというと…。」
九条はそう言いながらマネキン人形をくるりと回すと、背中に留まられている金具――ブラジャーのホックをパチリと外す。
同時に、男子たちがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
ただの人形とはいえ、目の前で外れるブラジャーを見て、興奮を抑えきれなくなっているのだ。
男たちは皆、マネキン人形の背中を想い人のそれと重ねている。
「ここだ。もちろん製品によって多少の違いはあるが、大抵の場合はこのタグにカップ数が書かれている。」
九条が指し示すブラジャーの裏側を、黒服がカメラで捉える。
すると、その横でモニターが掲げられ、そこには大画面でブラジャーのタグが映し出されていた。
確かに、洗濯用の表示に紛れて、A65という文字が見てとれる。
「ご覧のように、"おっぱい"の大きさとはアルファベットのカップ表記だけではなく、アンダーバストの数字との組み合わせによって成り立っているのだ。男子諸君はこれをよく覚えておいてくれ。」
九条の解説に、蓮司は一瞬だけ感心してしまった。
なるほど。未知の女性下着について知識が増えたのは収穫である。
しかし、隣から美咲の冷え切った視線を感じ、慌ててその考えを振り払った。
「大きさを知ることは、"おっぱい"を正しく理解する第一歩なのだ。これがわからなければ、"おっぱい"に過剰な幻想を抱き、的外れな発言をしてしまうことになる。」
なんだか、先ほどの自分の発言を咎められているようで、蓮司は居心地が悪かった。
九条はそんなことは気にも留めず、再び教壇の前にふんぞり返る。
「そこで、今回のゲームはこれだ!」
彼女はそう言うと、教壇の上にあった紙を手に取り、こちらに見せつける。
そこにはやはり乱雑な文字で、こう書かれていた。
"ミステリーおっぱいゲーム"
ミステリーおっぱいゲームだって?
またしても聞いたこともないゲームに蓮司は面食らった。
もちろん、他のクラスメイトも歓声や悲鳴をあげ、教室は一時騒然となる。
「静粛に。これからルール説明を行う。」
九条がそう言うと、まるで紙芝居のように紙を一枚めくった。
そこには、ルールと思しき内容が汚い字で並べられている。
■ルール①:男女2人1組でペアとなり、女子生徒の"おっぱい"の大きさを当てることができれば1ポイントを獲得する。大きさを当てられたペアは即時敗退、このゲーム内で獲得したポイントも没収される。
■ルール②:"おっぱい"の大きさは、カップ数を表すAAからHのアルファベットと9文字、アンダーバストを表す60から100までの9つの数字の組み合わせで構成される。その値は女子生徒が現在身につけているブラジャーに準拠する。ブラジャーの着替えは禁止。
■ルール③:各ペアは1対1で対決し、女子生徒の"おっぱい"の大きさを推理する。女子生徒の"おっぱい"の大きさがわかった場合は、審判に向けて"宣言"する。順番はなく、どちらのペアが先に"宣言"しても良い。
■ルール④:両者の審判への"宣言"をもって1ターンとする。5ターン目までにどちらも"おっぱい"の大きさを当てられなかった場合は、両者とも敗退となる。
■ルール⑤:相手が"おっぱい"の大きを外した場合は、女子生徒は正しい大きさと比較して、「カップ」か「アンダーバスト」のどちらかについて、「大きい」か「小さい」かを答えなければならない。
九条がさらに紙をめくると、そこにはブラジャーのサイズ表が大きく貼り付けられていた。
"おっぱい"がテーマという時点で碌なゲームではないが、まさか本気でこんなことを考えるとは。
しかし、思ったよりは、なんというか――。
「どうだ小鳥遊、何か質問はあるか。」
九条はいつも口を挟んでくる葵に対して質問した。
しかし、葵は何やら忙しなく眼鏡を触りながら、慎重に答える。
「え、えーと。"おっぱい"の大きさを当てるのはどうかと思いますが、それ以外は、あの、意外と普通ですね。」
葵の言葉に、蓮司は大きく頷いた。
もちろん普通のゲームに比べればだいぶ狂っているのだが、先日スカートめくりゲームをやらせた人間にしては、存外に落ち着いた内容である。
要は推理ゲームなのだ。
相手の持つアルファベットと数字の組み合わせを当てればいい。
とはいえ、全81通りの中から5回で正解を当てるのは、なかなか難しい気がする。
九条はと言うと、"普通"と言われた瞬間に眉がピクリと動いたが、落ち着いた声で言葉を続ける。
「ふん、安心しろ。そう言うと思って、ちゃんとおもしろくする要素も考えてある。」
九条が紙芝居を進めると、そこにはルールの続きが書かれていた。
■ルール⑥:"おっぱい"の大きさを"宣言"し、外した場合はランダムで戦術カードが1枚配布される。戦術カードは次のターンから任意のタイミングで使用できる。
■ルール⑦:敗退した女子生徒への干渉は厳禁。即時敗退となる。
■ルール⑧:女子生徒は、"おっぱい"の大きさがわかりやすいように専用のTシャツに着替える。
戦術カード――?
皆が首を傾げると、九条がさらに紙をめくった。
蓮司はそこに書かれた内容を見て、先ほど普通だと思った自分の考えを撤回した。
■戦術カード
使用を宣言すると、相手の女子生徒にカードに記載された行為を指示することができる。全10種。
「ジャンプカード」その場でジャンプし、"おっぱい"の揺れを強調する。
「ツンツンカード」味方の女子生徒が、指し棒で"おっぱい"をつんつんし、大きさを確認する。
「パイスラカード」胸の谷間に紐を通し、"おっぱい"の形を強調する。
「測定カード」味方の女子生徒が、バストサイズを測定する。
「スケスケカード」身につけている衣服を濡らし、"おっぱい"を透けさせる。
「シルエットカード」目隠し越しに、逆光の状態で"おっぱい"を見せる。
「自己申告カード」自身のカップ数のうち、カップかアンダーバストのどちらかを申告する。
「ノーブラカード」ブラジャーを外す。先にTシャツを脱衣していた場合はホックを外してタグを見せる。
「脱衣カード」上半身に身につけているTシャツを脱ぐ。先にブラジャーを外している場合は、改めてブラジャーを身につけて、ホックを外してタグを見せる。
「ニプレスカード」10秒間、ニプレスを貼っただけの"おっぱい"を見せる。
蓮司は並べられたカードの効果を見て、頭がくらくらとしてくる。
なんだこれは、推理とは関係ない、まるで罰ゲームのようじゃないか。
「だ、だめです! こんなの絶対やりません!!」
予想どおり葵が悲鳴をあげ、他の女子生徒がそれに同調する。
彼女たちからしてみれば、不条理に自らの"おっぱい"をあらゆる方法で辱められるわけで、到底受け入れられるものではない。
特に美咲が「ひっ。」と異様に怯えたような声をあげたのが、蓮司の耳にも聞こえてきた。
一方で、男子からしてみれば、どれも魅力的な指示内容でもある。
今までは見ることも触ることも許されなかった"おっぱい"の大きさを知ることができるばかりか、様々な方法でその存在を堪能することができるわけだ。
「何度も言わせるな、ゲームへの不参加は認められん。」
首を振る九条は、力強く拳を握りしめる。
「いいか、これはただの推理ゲームではない。架空の数字の組み合わせではなく、"おっぱい"はそこに確かに存在しているのだ。それを見ることなくして大きさを当てることなどできるものか。"おっぱい"なしに大きさを当てることは、いわば"おっぱい"への冒涜とも言える!」
なんだか、"おっぱい"を連呼されて感覚がおかしくなりそうだ。
こんなに"おっぱい"という言葉を聞く日はもう来ないだろう。
しかし、よくよく見るとゲームに有効なカードもあることがわかる。
自己申告カードを使えば、実質正解は9分の1まで絞り込めるし、ノーブラカードと脱衣カードを組み合わせれば確実に正解に辿り着けるわけだ。
ニプレスカードも違う意味で非常に強力であるのだが。
「戦術カードは完全にランダムで配布される。運と閃きを味方につけた者が勝者となるのだ。」
九条の言葉に、1年B組の教室はしーんと静まり返った。
よくわからない、しかも狂気のゲームではあるが、やるからには勝つしかない。
誰も彼もが頭の中で戦略を考え、どう立ち回るべきかを考え始める。
「それから、女子生徒たちには警告だが、戦術カードの効果は絶対だ。逆らおうとすれば、うちのスタッフが無理にでもその効果を実行する。変な気は起こすなよ。」
釘を刺す九条の言葉に、蓮司は思わず美咲がカードの餌食になる様子を想像してしまう。
無防備に"おっぱい"を揺らしたり、ツンツンされたりしたら、彼女はきっと恥ずかしそうに頬を赤らめるだろう。
脱衣カードや二プレスカードなんて使われた日には、その光景に蓮司は卒倒する自信があった。
しかし一方で、その姿は対戦相手にも堪能されてしまうわけだ。
パンツを見られることにさえ、あれだけ嫌悪感を示していた美咲が、今回のゲームの内容を許容できるとは思えない。
今回も勝つことより、美咲を守る方法を考えなければならないようだ。
「対決は1対1ってありますけど、総当たりで戦うんすか?」
葵の隣に座る、小田切が気だるそうに質問した。
奴の声はひさしぶりに聞いた気がする。
「いや、それだと日が暮れてしまうのでな。クラスを4つのブロックに分けて、トーナメント戦を行う。」
1年B組は男女20人ずつ、計40人いる。
九条の発言によれば、つまり1ブロックあたり5ペアでトーナメントを行うわけだ。
「各ブロックの勝者で決勝トーナメントも行う。決勝トーナメント出場者は、特別に獲得ポイントを持ち越せることとする。」
負けたらポイント没収というシビアなルールは健在だが、決勝トーナメントまで勝ち上がれば免除されるらしい。
最終的な優勝を狙うには、そこまで辿り着くのは必須のように思われた。
「さて、あとはやってみるが良いだろう。女子は"おっぱい"の大きさの申告と着替えのため、別の部屋に移動してくれ。」
相変わらず雑に説明を終わらせた九条は、女子たちを教室の外へと誘導する。
残された男子たちは、早速思い思いの欲望を口にした。
「パンツの次は"おっぱい"か…! 最低でもブラジャーは拝みたいぜ。」
「僕は今から相原さんのニプレス姿が楽しみです!」
誰も彼もが"おっぱい"に魅了され、興奮を抑えきれずにいる。
こんな奴らに、美咲の"おっぱい"を蹂躙させるわけにはいかない。
またしても負けられない戦いに、蓮司は密かに闘志を燃やすのだった。
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ほどなくして教室の扉が開き、女子生徒たちが帰ってきた。
その姿に、男たちは驚愕する。
彼女たちは見慣れた体操着を着ているのだが、そのTシャツは通常よりも随分と小さく、ボディラインをほとんど隠せていない。
おへそがはみ出している生徒もいるし、生地が薄いのか、人によってはブラジャーがすでに透けている様子も見てとれた。
これが九条の言う、"おっぱい"の形がわかりやすい服らしい。
「あの、立花くん…。」
隣に戻ってきた美咲が、小さな声で蓮司にささやいた。
そのTシャツも体に張り付いており、可愛いブラジャーの柄が、僅かながら透けて見えている。
こうして見ると、彼女は細い体に反し、胸には豊かな膨らみがあることがよくわかった。
「私、先に言っておきたいことがあって…。」
神妙な面持ちの美咲に、蓮司は何とか目線を上げ、彼女の顔を見つめた。
一体何だろう。ゲームに関することなのか、あるいは――。
しかし美咲が口を開く前に、黒板の上に設置されたスピーカーから九条の声が鳴り響いた。
「あー。あー。それでは、これよりミステリーおっぱいゲームを開始する。呼ばれたペアはプレイルームまで来るように。」
教室内に不快なブザーが鳴り響き、ついに第二のゲームの始まった。
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