第16話 パンツ、またパンツ★
「待てえ! 立花!」
後ろから男子生徒の叫び声が聞こえた。
待てと言われて待つはずがあるか。蓮司は美咲の腕を引きながら廊下を駆け抜ける。
理科室での作業を終えたふたりは、廊下に出て早々に他のペアに見つかってしまった。
不意を突かれた形となったため、体勢を立て直すために一度距離をとろうとしている。
当然相手も見逃すはずがなく、こうして追いかけっこになってしまっていた。
追いかける男子生徒の手には、裁縫用の長いハサミが握られていた。
普通に凶器である。さすがに刃をつぶしてスカートしか切れないようにしているのだろうが、刃物を持った男に追われる絵面は、なかなか恐怖を覚えるものだった。
隣を走る美咲は少し息が上がっていた。
無理もない。ゲーム開始からもう1時間以上が経過しており、ずっと緊張状態が続いている。
いくら文武両道の彼女でも、疲労が溜まってきている頃だった。
逃げ続けるのも限界か。
蓮司は廊下を曲がると、壁に張り付いて追手が来るのを待った。
足音が近づいてくるのが聞こえ、まさに曲がり角に差し掛かろうとした瞬間、屈んで足を突き出す。
「うわあっ!」
タイミングよく曲がってきた相手の男子生徒は、蓮司の足に引っかかり、派手に前へと転倒した。
顔面から床に突っ伏したので、武器のハサミが彼方へと転がっていく。
そして、女子生徒――松本穂乃香も倒れた男子生徒に躓き、道連れになるように転んでしまう。
スカートが大きくめくれあがったせいで穂乃香のパンツは丸見えになり、さらにその上の背中の肌まで見て取れる。
「松本穂乃香のパンツの色は、黄色! 高貴で輝かしい、黄色だ!!」
蓮司は穂乃香のパンツの色を報告しながら、じっくりと観察をはじめる。
先ほどの彩芽も七菜もめくれた瞬間しかパンツを見れなかったが、こうして大胆にめくれていると長時間眺めることができた。
可愛らしい黄色のパンツは、男子のそれとは異なり、薄いふわりとした素材でできているようである。
三角形の布地では穂乃香のおしりのすべては隠し切れておらず、真っ白な膨らみがはみ出しているのが何ともいやらしかった。
それにしても、女子のパンツはどうしてこんなに小さいのだろうか。
男子のブリーフだってこんなに小さくはない。最初にパンツをデザインした人は、きっとエッチな人だったのだろう。
「いつまで見てるのよ。」
あまりに長くパンツを観察する蓮司に、美咲が冷ややかに突っ込みをいれる。
穂乃香も立ち上がると、真っ赤な顔のまま無言でこちらを睨みつけた。
こういう表情も、何というか、ぐっとくるものがある。
「ほんと、男って――。」
ぼやこうとした美咲の後ろに、何かがキラリと光った。
蓮司は慌てて彼女の体を引っ張る。
「危ない!」
間一髪、美咲の体の後ろを釣り針が掠めていった。
針はそのまま床にポトリと落ち、するするとどこかへ引っ張られる。
「ちっ! 外したか!」
廊下の向こうで、最初に遭遇した男子生徒が釣り竿を構えていた。
あのときは逃げるしかなかったが、今は戦うことができる。
蓮司は必死にリールを巻く男子生徒を、キッと睨みつけた。
「あの、立花くん。もう大丈夫だから…。」
すぐ近くから美咲の声が聞こえた。
前を見ると、彼女の顔がすぐ近くにあって仰天する。
先ほど咄嗟に体を引き寄せたので、まるで抱きしめているような恰好になっていた。
美咲の美しい顔を至近距離で観察し、やはり天使であることを実感する。
「ご、ごめん。でも注意して!」
蓮司は美咲を離すと、臨戦態勢に入った。
相手の男子生徒も糸を巻き終わり、竿を振りかぶっている。
「相手が竿を振る瞬間をよく見て。針はまっすぐにしか飛ばないから。」
「わかった!」
蓮司は美咲に指示を出すと、一気に前に駆けだした。
その横を釣り針が飛んでいく。
もう後ろを確認することもせず、蓮司は男子生徒の懐まで入り込んだ。
「おらっ!」
うちわで相手の手を引っぱたき、釣り針を叩き落す。
慌てて拾おうとしている隙に、蓮司はパートナーの大橋結花に迫った。
「いや! 来ないで!!」
結花は怯えたような顔で、頭を抱えてその場に座り込む。
ゲーム用の短いスカートでそれをするのは、あまりにも危険すぎた。
蓮司はその場で立ち止まると、膝をついて結花のスカートを覗き込む。
しゃがみ込んだ足の隙間から、結花のパンツが丸見えになっていた。
「大橋結花のパンツは、白地に苺柄! 可愛い苺パンツだ!!」
蓮司は叫んだ。
所謂「しゃがみパンチラ」なるものを拝めて、感動もひとしおだ。
見えている部分を考えると、一番エッチな見え方なんじゃないかとも思う。
それに苺パンツだなんて、男の好みをよくわかっている。
「ああん、立花くんひどい。」
結花はスカートを抑えながら蓮司を責めた。
蓮司は感じたことのない背徳感を覚えながらも、一応謝罪する。
「ごめん大橋さん、でもこれもゲームだから。」
蓮司は美咲のもとに戻ると、彼女もこちらに駆けよってきた。
「なんか、すっかり頼もしくなったね!」
美咲の言葉に、蓮司はぽりぽりと頭を掻く。
確かに、もはやうちわでの戦闘も慣れたものだった。
「ありがとう。でもまあ、こんなゲームが上手くなってもしょうがないけどね。」
このゲームで学んだことは日常生活では使えない。いや使ってはいけない。
『あー、あー、報告。制限時間が残りわずかとなった。』
突然頭上のスピーカーから、九条の声が鳴り響いた。
残りわずかって、具体的にどのくらいなのだ。
相変わらず肝心なことは言わない女である。
『そこで、会場に制限を設けることにした。今から2階は禁止エリアとし、1階のみ使用できるものとする。』
またしても急なルール追加に、蓮司はため息をついた。
エリアが狭くなるということは、それだけ敵との遭遇率もあがるということだ。
『残っているペアもわずかだ。最後まで、あきらめないでスカートをめくってくれ。』
九条の放送が終わると、蓮司と美咲は作戦会議を始めた。
「2階にいるペアが降りてくるから、階段の近くにはいない方がいいな。」
「1階でまだ行っていないところというと、体育館くらいかしら。」
「じゃあそっちのほうに行ってみよう。」
目的地が決まると、次は持ち物の整理もはじめる。
今手元にあるのは、初期装備のうちわとスーパーボールが3つ。先ほど倒した相手のハサミと釣り竿。
そして理科室で作り上げた、秘密兵器だ。
「あんまりたくさん持って行かない方がいいよね。」
美咲の言葉に、蓮司は頷く。
釣り竿は意外と大きくて取り回しが悪いし、ハサミは射程がうちわとほぼ変わらないうえ、気持ち的にあまり使いたくはない。
結局のところ、使い慣れたうちわとスーパーボールだけ持っていくことにして、この2つは適当な教室の掃除ロッカーに隠しておいた。
「それ、いつ使うの?」
美咲は蓮司が手にする袋を指さす。
先ほど作ったこれは、レジ袋に入れて持ち運んでいる。
「これは本当にやばくなったときかな。奥の手みたいなものだよ。」
蓮司は袋を持ち上げて笑ってみせる。
正直どこまで使えるかはわからなかったが、これから終盤の厳しい戦いになるため、持っているに越したことはない。
ふたりは体育館へ向かうために移動を始めた。
横を歩く美咲が、小さくつぶやく。
「あとちょっと、頑張ればいいんだよね。」
やはり美咲はかなり疲れているようだった。
蓮司はそんな彼女を気遣う。
「そうだね。あとちょっと、頑張ろう。俺がついてるから、大丈夫さ。」
「ありがとう。」
その時だった。
どこからともなく、ゴーッという音が廊下中に響き渡った。
「な、なんだ?」
得体の知れない音に、蓮司たちはあたりを見回す。
廊下のはるか向こう、蓮司の後ろのほうから、高速で何かが迫ってきていた。
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