第14話 思わぬパンツ★

七菜のスカートは儚くめくれ上がり、その中のパンツが衆目に晒される。

そのデザインは、シンプルで装飾のない、スポーツタイプのものだ。

色は薄いグレーで、余計なものが混ざっていないその色彩は洗練された美しさを放っている。


こういうパンツも悪くない。

動きやすいようにピタリとフィットした布地から、彼女のボディラインがしっかりと見てとれた。

健康的な太ももはまさしく男の理想を体現していると言えるだろう。

先ほどの彩芽のパンツとは違い、真正面から見ている蓮司は、思わずその股間のあたりにも注目してしまう。

男ならあるはずのものは当然なく、下腹部と太ももの間に絶妙な空間ができていた。

ほんの少しだけ、そこには縦に1本の筋が入っているような気もする。

蓮司の心は、その割れ目に吸い込まれてしまいそうになった。


「み、見るなああ!」


七菜は慌ててスカートを抑えるが、もう遅い。

彼女の隠したかったパンツは、すでに蓮司にも小田切にもはっきり見られてしまっていた。

普段はサバサバしている七菜が顔を真っ赤にして慌てる様子も、なんだか味わいがあると言うか、興奮する。


「相原さんの、パンツ…。」


隣の内村も、ちゃっかりパンツを凝視していた。

至近距離で見たことで刺激が強かったのか、茫然と口を開ける内村を、七菜がひっぱたく。


「もう! なんであんたまで見ているのよ!!」


それでも内村は恍惚の表情でその場に固まっていた。もう手遅れのようである。


「相原七菜のパンツの色は、グレー!」


その後ろで、小田切が淡々とカメラに向かって叫んだ。


『正解。よって内村洋平と相原七菜ペアは敗退。』


九条の返答を聞くと、小田切は蓮司たちのほうへと向きなおった。

蓮司の背中にひやりと汗がにじむ。


内村は倒されたが、蓮司は丸腰のままだし、美咲のスカートの状態を考えると勝機は薄い。

蓮司は緊張の面持ちで、小田切の出方を待った。


「これでひとつ、貸しってことでいいよな?」


小田切は予想外に軽い調子でそう言うと、内村の武器だった扇風機を拾い上げた。

葵がその横にパタパタと走ってくる。

馴染みのふたりも、席が隣同士なのである。


「お、おう。助かったぜ、ありがとうな。」


とりあえず戦意の無さそうな小田切に、蓮司は応じる。

美咲も緊張が解けたのか、安堵の表情を浮かべて横に並んだ。


「小田切くん、助けてくれてありがとう。」


ペコリとお辞儀する美咲を一瞥し、小田切は再びこちらを向いた。


「武器ってそれだけか? よくここまで生き残れたな。」


小田切は床に散らばったうちわとスーパーボールを顎でしゃくる。


「ああ、大変だったぜ。そっちの武器はその2つか?」

「ううん、黒板消しはそこの教室から"借りて"きたの。」


小田切の代わりに葵が答えた。

なるほど。武器は与えられたものしかないが、学校の備品は使っても問題ないのか。


「まあ、そんな調子じゃこの先も心配だが、せいぜい頑張ってくれよ。」


小田切はそう言うと、後ろを向いて立ち去ろうとする。

その背中に、蓮司は声をかけた。


「なあ小田切、一緒に戦わないか? 人数多い方が有利だろ?」


蓮司の呼びかけに、小田切は足を止める。

しかし振り返ることはせず、顔だけこちらに向けて答えた。


「嫌だよ。お前らがいたところで大した戦力にならないし、一緒に組んで得するのはそっちだけだろ。」


小田切の言葉に、蓮司は唇をかんだ。

確かに弱小武器しか持たない蓮司を仲間に加えたところで、小田切たちに良いことはない。

葵が困ったように、蓮司と小田切の顔を交互に見比べている。


「それに、今回はつい助けちまったけど、もともと俺たちは敵同士なんだ。次に会ったら容赦はしないからな。」


小田切はそう言い残すと、再び歩き出した。

あくまでも、小田切はゲームに勝つつもりでいるのだ。

蓮司は何も言えないまま、その場に立ち尽くすしかなかった。


「じゃあね蓮司。美咲も、気を付けてね。」


葵が心配そうにこちらに声をかけると、小田切の後についていった。


「小田切くん、あんな感じの人なんだね。もっと怖い人かと思った。」


蓮司の隣で美咲がつぶやいた。

蓮司は小田切のことをよく知っているので気にならなかったが、表情があまり顔に出ず、いつも軽口や皮肉ばかり言っているため、周りからの印象はあまり良くないのかもしれない。


「ああ。あいつはすごく良い奴で、親友なんだ。」


そう言って、蓮司は少し胸がズキリと痛んだ。

最近の、小田切とのギスギスした関係を思い出す。

先ほどの会話も、どこかいつもと違う感覚が拭えなかった。


「とりあえず、違うところに移動しよう。また誰か来ちゃうかもしれないし。」


美咲は心配そうにあたりを見回している。

千葉たちのように、戦闘の音を頼りに相手を探しているペアがいるかもしれない。

蓮司は床に散らばる武器を回収するが、スーパーボールは、どんなに探しても3つしか見つからなかった。


「さて、俺たちはこっちにするか…。」


蓮司たちは小田切たちが消えた右のほうではなく、左に折れる廊下を進むことにした。


『報告。三村信史と川崎華ペアがパンツの色を当てられ敗退。パンツの色は黒。』


九条の報告が旧校舎内に響き渡る。

もう何人も敗退しているが、残りはどれくらいなのだろうか。

少なくとも、千葉と茉莉の名前は出ていないので、どこかで生き残っているはずである。


「パンツ、パンツって、もうほんと嫌になっちゃう。」


横で美咲が口を尖らせる。

思えば、ゲームが始まってからだいぶ自然に会話ができていた。

今日だけで、これまでの3か月を超えるくらいは話しただろう。


「立花くんは、何か運動とかしてたの?」


美咲が無邪気に聞いてくる。


「ちゃんとやったスポーツはないかな。どうして?」

「いや、さっきからすごく動いてるし、運動神経いいのかなって。」


確かに、戦闘中は不思議と体が動いている。

きっと、美咲を守るために必死で、無我夢中になっているのだろう。


「…昔はサッカーとか野球とか、遊び程度にはやってたんだけど、やめちゃったんだよね。」

「そうなんだ。体動かすのは好きなのね。」

「どうかな。今は帰宅部が楽で気に入っているよ。」


蓮司は話しながら、昔のことを思い出していた。

小学生くらいの頃までは、周囲の友人たちとスポーツをすることも多かった。

しかし、高学年になったくらいから、どうしても敵わないような相手が出てきてつまらなくなってしまった。

そういう奴らは、地元のクラブチームなんかに入って、将来を期待されるような子供だった。

いくら練習したって勝てない。そうわかった瞬間から、蓮司のスポーツに対する興味は薄れていった。


「…ねえ。あれ、何かしら。」


ふいに美咲が指をさす。

蓮司がその先を追うと、廊下の壁に、繁華街にあるようなネオンの看板が派手に光っていた。

そこには、でかでかと"生徒会室"、"非戦闘地帯"と書かれてある。


あんな悪趣味な看板、やるような人物はひとりしか思い浮かばない。

蓮司は無言で扉の前まで進むと、勢いよく開け放った。


「ああ、よく来たな立花蓮司。ゆっくりしていってくれ。」


そこには案の定、九条が机に腰かけていた。

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