第13話 危険な風★

「こ、ここまで来れば大丈夫か…。」


蓮司は立ち止まると、乱れた息を整えながら言った。

美咲も完全に息が上がっており、足を止めると廊下の壁にもたれかかり、ぐったりと目をつむる。


「古川さん、大丈夫? 疲れてない?」

「う、うん。まだ大丈夫だよ…。」


美咲はそう言うと、大きく深呼吸した。

身に着けているスカートは先ほどの戦闘で裾が短くなっており、前も後ろも膝上25cmくらいしかない極小ミニスカートになっている。

こんな格好で街を歩く人はいないだろう。

さらには様々な攻撃で上の方も穴や小さな裂け目ができており、ボロボロの状態であった。


これからの戦闘では、より一層美咲のことを気にかけなければならない。

そうでないと、あっという間に彼女のパンツが晒されてしまう。


「さて、今度こそ、次はどうしようか…。」


蓮司がぽつりとつぶやく。

ここは一体どこだろうか。建物の1階であることはわかるのだが、ただでさえよく知らない旧校舎の中を走ってきたので、完全に位置感覚がなくなっている。


「あれ、あそこに何か書いてあるよ!」


美咲が指さす先には、校舎の平面図が書かれた掲示があった。

ふたりはその図面を覗き込む。


「えーと、今が理科室の前だから、このへんか。」


蓮司は今いるであろう場所を指さす。

ちょうど右に曲がれば体育館で、左に曲がれば生徒会室や放送室があるようだ。


「ずいぶん広いのね。」

「確かに。まあ、今の新校舎のほうがさらに広いけど。」

「正直広すぎるよね、使ってない教室たくさんあるし。」


うちの学校のあるあるを言う美咲に、蓮司はふっと噴き出す。

美咲も微笑みを見せ、ふたりはつかの間の平穏に包まれた。


「さて、どっちに行こうかな。」


そう言ってあたりを見回した蓮司はあることに気が付いた。

右側の体育館のほう、少し薄暗い廊下から、人影がこちらに向かってきている。


「古川さん――。」


蓮司の呼びかけに、美咲もはっとしてそちらを見る。

その人影のふたりはずいぶんと身長差があり、すらりとした男子と小柄な女子のようだった。

しかし、それは少しだけ、間違っていた。


「立花さん、それに古川さんも。」


そう言ったのは、クラスで一番のチビ、内村 葉平(うちむら ようへい)だった。


「美咲、どうしたの、そのスカート。」


隣にいるパートナー、ボーイッシュ美少女の相原 七菜(あいはら なな)も美咲に声をかける。

彼女はスレンダーで背が高く、整った顔に短い黒髪で、まるで美少年のようだ。

事実、彼女のソフトボールの試合には、同性のファンがたくさん押し寄せるという。


つまり、先ほど女子だと思っていたほうが内村で、すらりとした長身が七菜だったというわけだ。

ふたりは隣の席同士というわけだが、なんだか実に面白い組み合わせである。


「まあ、こちらとしては好都合ですけどね。めくりやすいに越したことはない。」


内村のその言葉に、蓮司と美咲は身構えた。

このふたりはゲームにやる気、というわけだ。


七菜は運動神経抜群だが、内村のほうは正直体力がある方でもなく、体格的にも蓮司が勝っている。

タイマンなら勝てるか――。その蓮司の考えは、内村の武器を見た瞬間に打ち砕かれた。


「悪く思わないでくださいね。これもゲームですから。」


そう言って内村は手にした武器――、家庭用の扇風機を構えた。

ぶらりと垂れ下がったコードを、七菜が廊下のコンセント口に差し込む。


「せ、扇風機!?」


美咲が悲痛な声をあげた。

扇風機はまさしくスカートめくりにうってつけ、強烈な風を送り続ける装置だ。

あんなものを喰らったら、美咲のボロボロのスカートは一瞬でめくれあがってしまうだろう。


「なんだよ! なんでみんなそんな強い武器なんだ!」


蓮司も思わず叫んだ。

うちわで扇風機と戦うのは、ピストルで戦車に挑むようなものである。


「勝負は時の運と言いますし、これも運が悪かったと思うしかないですよ。」


普段の敬語口調のまま、語気を強める内村はまるで漫画の悪役のようだった。

強力な武器を手にしたことで、いつもより気持ちが大きくなっているのかもしれない。


「さあ、行きますよ!」


内村が扇風機のスイッチを入れると、美咲に向けて勢いよく風が吹き出した。

隣にいる蓮司も風を感じるほど、扇風機の威力は強力だった。


「もう!」


美咲はもう慣れたような手つきでスカートを抑えた。

しかし今回はそれだけでは防ぎきれない。

手で押さえていない横の部分から、風が入り込んで舞い上がってしまう。

美咲のスカートの布地は、もはやパンツの三角形から数ミリのところまでしか残っておらず、太ももはほぼ丸出しの状態だ。


「いや! だめ、だめ!」


美咲は膝でスカートの前面を挟むと、手で両脇を抑えた。

これで肌は隠れるが、次の問題があった。

布地が風に耐えられず、ピリピリと音を立てている。


「さあ、そろそろスカートも限界じゃないですか!?」


すっかり豹変した内村は、扇風機を持ったまま一歩こちらに踏み出す。

美咲のスカートの膝で挟んでいる部分が、少しずつ、足の隙間から出てきてしまっていた。


「ああん、もうやめてよ!」


必死でスカートを抑える美咲が悲鳴をあげる。

もう限界だ。蓮司は振り返ると、内村の横に立つ七菜に狙いを定めた。

めくられる前に、めくるしかない。


「いけえ!!」


蓮司は軌道を正確に予測し、スーパーボールを放った。

ボールは鋭角に跳ね上がり、七菜のスカートを狙う。


しかし、七菜はその攻撃を軽々と避けた。

さすがの反応速度だ。しかもそれだけではない。

七菜は甘く浮き上がったスーパーボールを素手でキャッチすると、こちらに向けて投げつけた。


「ほら、返すよ!」


七菜の放ったボールは鋭くバウンドし、蓮司の右手を直撃した。

持っていたスーパーボールが床に散らばる。


「ちくしょう!」


蓮司は背中からうちわを引き抜いた。

しかし、今度は内村がこちらに風を向ける。


「そんな武器じゃ、何もできないですよ!」


内村が扇風機を持ってこちらに前進してくる。

強い風に、蓮司のうちわは軽く吹き飛ばされてしまった。


『まずい…、どうする?』


丸腰になった蓮司は思考を巡らせた。

美咲は先ほどの体勢のまま動けないでいる。

内村はすぐに美咲のほうへと向きなおり、さらに前に進んで風を浴びせた。


こちらの位置からでは、美咲のスカートの下の秘密の布地が微かに見え隠れしている。

しかし打つ手がない。

内村に組み付こうにも、七菜が守るように立っているため、彼女に触れないように襲い掛かるのは至難の業だった。


どうすることもできない蓮司は美咲の前に立つと、庇うようにして両手を広げる。


「ふん。そんなことしても無意味ですよ。」


内村の言うとおり、蓮司の体だけでは風は完全には防げない。

それに、少し回り込まれたら一巻の終わりだ。

確実に近づく敗北に、蓮司は目をぎゅっと閉じるしかなかった。


その時だった。

急に吹き付ける風が収まった。


驚いて目を開けると、内村も予想外という顔をしていた。

そして、蓮司たちの視点からしか見えない内村の後ろに、1組のペアが立っていた。


「おい、後ろががら空きだぜ。」


そう言ったのは小田切だった。

その横で、葵が扇風機のコードを持っている。

コンセントから抜かれれば、扇風機もただのお荷物だ。


「なっ…! いつの間に!」


振り返る内村に、小田切が何かを投げつける。

顔を直撃したそれは、普段からよく見かける、黒板消しだった。


「うわっ! ゲホッゲホッ…。」


黒板消しは内村の顔に当たると、ふわっと白いチョークの粉を煙幕のようにまき散らした。

宙に舞う粉に、内村も七菜もむせ返ってしまう。

その隙に小田切は一気に距離を詰め、手にした武器――掃除用の熊手で、七菜のスカートを思いきりめくりあげた。


「えっ? いやん!」


不意を突かれた七菜は反応できず、スカートの布地があっさりと宙を舞った。

彼女の秘密の場所が、暴かれる。

程よく筋肉のついた、健康的な太ももの付け根にあったのは――スポーティなデザインの、グレーのパンツだった。

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