第12話 溶ける布地★
蓮司はさりげなく美咲の前に動きながら、千葉の手にした水鉄砲を見つめた。
見たところ何の変哲もない、ピストルサイズの水鉄砲である。
「最初から降伏するなら、手荒な真似はしないよ~。」
千葉の言葉に蓮司は首を傾げた。
普通に考えれば、水鉄砲ではスカートはめくれない。
それなのに千葉はあんなにも自信満々である。
やっぱりバカなのだろうか。
後ろにいる楠本茉莉は、こんな時でも息を呑むほど可愛らしい姿をしていた。
大きくくりっとした目や、はっきりとした鼻筋はまるでフランス人形かと思うほどに整っている。
茶色がかった長い髪も美しく、抜群のスタイルも相まったビジュアルは驚くほど完成度が高い。
さすがの国民的アイドルだ。
しかし、その美しい顔は心底不機嫌そうな表情をしていた。
眉間には皴が寄り、口角も下がって笑みはない。
明らかにゲームには乗り気ではなさそうだ。
パートナーとは離れられないルールなので、渋々ついてきている様子である。
「どうする? ちょっとだけ、パンツ見せてくれるだけでいいからさ。」
「ふざけるな。誰がお前なんかに見せるものか!」
蓮司は叫んだ。
相手が誰であれ、美咲のパンツを見せるわけにはいかない。
美咲が蓮司の制服の背中をぎゅっと掴んだ。
「じゃあ、しょうがないね…。」
千葉はそういうと、引き金を引き、水を発射した。
蓮司は手でガードする。放出された液体はただの水のようで、特に変わったところはない。
やはりそこまで脅威となる武器ではないようだ。
「古川さん、これ、ただの水だ。」
「そうなの? じゃあ…。」
「うん。作戦どおりに。」
蓮司はそう言うと、一気に前方へと駆け出した。
千葉は一瞬目を丸くしたが、すぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
蓮司は急速に距離を詰めるが、千葉は意に介さず、美咲へと水鉄砲を発射する。
もう少しで、茉莉がうちわの射程圏内に入る――。
そう思ったとき、後ろから美咲の悲鳴が聞こえてきた。
「き、きゃああああ!」
振り返ると、美咲が手でスカートを抑えていた。
その裾は水をかけられたのか、少し湿って色が変わっている。
と、濡れた部分がボロっと崩れ、床に散らばった。
「そのスカート、水で溶ける素材みたいだよ~。」
千葉はそう言うと、容赦なく水を発射する。
慌てて美咲は避けるが、微かにスカートの端にひっかかり、またしても溶けて崩れていく。
「いや、やめて!!」
美咲は顔を真っ赤にして、必死に懇願した。
すでに前面のスカートは裾から5cmくらいが崩れ落ち、膝上20cmくらいまで布地がなくなってしまっている。
このままだとスカートを全部溶かされるのは時間の問題だ。
「ちょっと千葉くん、やりすぎないようにね。」
「はいはい、わかっているよ。」
茉莉が千葉を諫めるように言った。
加減はするが、あくまでもスカートをめくるつもりだ。
彼女もゲームに乗り気ではないものの、やることはやる気らしい。
「茉莉!」
「ごめんね美咲。ちょっとだけ、端っこの大丈夫なところだけ、見せてくれればいいから。」
美咲の呼びかけに、茉莉は無慈悲に答える。
友人同士とはいえ、このゲームにおいては戦わなければならない。
「くそ!!」
蓮司は手にしていたスーパーボールを投げつけた。
ボールは茉莉の手前でバウンドし、まっすぐにスカートに向かっていく。
国民的な美少女のパンツが、今、晒されようとしていた。
蓮司は固唾を飲んでボールの行方を追う。
しかし、茉莉は回避行動をとらなかった。
ボールは勢いそのままに彼女のスカートに入り込むと、布地を大きくめくりあげた。
そこにあったのは、まる暗闇のように絶望的な、黒。
「えっ?」
その黒がパンツではないことは明らかだった。
その黒い布地は茉莉の太もものあたりまで覆われている。
アンダースコートだ。
「な、なんで?」
「なんでって、私はいつもアンスコ履いてるのよ。事務所がうるさいから。」
茉莉はそう言うと、腰に手を当てて仁王立ちする。
彼女は今をときめくアイドルなのだ。
事務所としても、軽率なパンチラを許すわけにはいかないのだろう。
「別にゲームが始まってから履き替えた訳でもないし、ルール違反じゃないでしょ?」
「くそ! くそ!!」
茉莉の言葉に、蓮司は何度も何度もスーパーボールを投げつけた。
黒い布地の奥にあるパンツを透視しようと試みるが、何も見えてこない。
本来なら、太ももが見えるだけでもファンにはたまらないだろうが、このゲームにおいてはパンツが見えなければ意味がない。
つまり、千葉と茉莉のペアを倒すことは、事実上不可能というわけだ。
「そういうわけだから、もう諦めてよね。」
千葉はニヤリと笑うと、再び水鉄砲を美咲に向けた。
攻撃も守備も絶大な力を持った彼らに対抗する手段は、もうなかった。
「古川さん! 逃げるんだ!」
蓮司はそう言うと、うちわで千葉の持つ水鉄砲を叩き落とした。
そのまま組み付くと、千葉の体を床に押し倒す。
女子の体に触れてはいけないが、男子は問題ないはずだった。
「何すんだよ! この!」
「うるさい! お前なんかに!」
蓮司は千葉は揉みあいになるが、美咲がその隙に教室の出口へと向かう。
茉莉は特に何もせず、急ぐ美咲を寂しそうな目で見つめていた。
美咲が教室を出るのを見届けると、蓮司もすぐに離れて後を追った。
「逃がすかよ!」
千葉は落ちていた水鉄砲を拾うと、廊下に出て、走る美咲に向け発射した。
水は美咲のスカートの後ろにあたり、蓮司の目の前で溶けていく。
「いやああん!」
美咲は走りながら必死にスカートを抑えていた。
蓮司もようやく追いつき、庇うようにして後ろに張り付く。
追撃が来るかと思ったが、意外にも千葉は何もしてこなかった。
ふたりは先ほど登ってきた階段を急いで駆け下りる。
美咲のスカートがふわふわと舞ってしまい、下から覗かれたらパンツが丸見えだ。
でも今はそんなことを言っている場合ではない。
階段を降りた蓮司と美咲は、目的地もないまま、誰もいない旧校舎を走り抜けていった。
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「あいつら…!」
廊下に出た千葉はなおも追撃しようと構えるが、茉莉がそれを制止した。
「千葉くん、もういいでしょ。」
「なんで? あいつら、ボーナスペアだぜ?」
昂る千葉を見て、茉莉はふるふると首を振った。
「ポイントならもう十分稼いでいるでしょ。それに、あのふたりも、たぶん長くはもたないわ。」
茉莉は遠目に美咲のボロボロになったスカートを見つめる。
千葉はようやく水鉄砲を下すと、つまらなそうにこちらに振り返った。
「美咲…。」
遠くに消えていく友人の姿を見て、茉莉はひとり、つぶやくのだった。
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