第9話 ルール説明

「す、す、スカートめくりですか!?」


葵が素っ頓狂な声をあげる。

蓮司も聞き間違えたのかと思うほど、九条の言葉は信じがたいものだった。

しかし九条は堂々とそれに答える。


「そのとおり。お前たちにはこれからスカートめくりで勝負してもらう。」

「スカートって、まさか、私たちが穿いているスカートのことですか?」

「もちろんそうだ。1年B組の女子生徒のスカートをめくってもらう。」


九条の言葉に女子たちが悲鳴をあげた。

当然の反応だ。今からクラスメイトのスカートをめくれだなんて、馬鹿げているにもほどがある。

いよいよ生徒会長は頭がおかしいじゃないかと、蓮司は思い始めた。


「非常識です! 女子のスカートをめくるだなんて!」

「非常識も何もあるか!」


反論する葵に、九条が一喝した。


「お前たちは普段からスカートを履いて、いつパンツを晒してもおかしくない格好をしているだろう。 それがめくられるからといって何なのだ! お前たちは風でスカートがめくれたことはないのか! 階段の下から覗きこまれたことはないのか! スカートめくりは日常に溢れているのだ!」


なんだか良いことを言っている風だが、内容はめちゃくちゃである。


「で、でも、スカートめくりなんてしたら、それこそ風紀が乱れてしまうんじゃ…。」

「ふん、わかっていないようだな。パンツは隠れているから性欲の対象となる。公にしてしまえば、男子たちはパンツの魅力から解放され、風紀が正されるのだ!」


勢いよく拳を振り上げる生徒会長に、葵は完全に圧倒されている。

この女は無理矢理にでも自分の意見を通す気らしい。


九条は振り返ると、チョークを握りしめ、黒板に文字を書き始めた。


"スカートめくりゲーム"


相変わらず下手くそな字である。

九条はその下に、ルールと思しき内容を乱雑に書き続けていく。


■ルール①:男女2人1組でペアとなり、他のペアの女子生徒のスカートをめくって、パンツの色を当てることができれば1ポイントを獲得する。


■ルール②:パンツの色を当てられたペアは即時敗退。そのゲーム内で獲得したポイントも没収される。


■ルール③:制限時間内に最も多くのポイントを獲得したペアの勝利。各自のポイントは次のゲームに持ち越される。


読めば読むほど狂った内容のゲームである。

教室内は女子の悲痛な声と男子の歓声で騒然としていた。


「こんなゲーム、絶対だめです! 男子たちが女の子の体に触るなんて、セクハラですよ!」

「安心しろ、小鳥遊。女子の安全が確保されるようルールに定められている。」


九条はそう言うと、ルールの続きを書きなぐっていく。


■ルール④:男子生徒は、女子生徒の体に触れてはいけない。スカートめくりは、ランダムで支給された武器を使ってのみ行うことができる。


■ルール⑤:敗退した女子生徒への追撃は厳禁。即時敗退となる。


■ルール⑥:女子生徒は、スカートめくりがしやすいように専用のスカートに着替える。パンツの履き替えは禁止。


■ルール⑦:ペアになったふたりは、10m以上離れてはいけない。10m以上離れた場合は即時敗退となる。


九条に言わせれば、男子が女子に触れないようにすることで安全を担保しているようだが、スカートをめくっている時点であまり意味がないような気がする。

それに「スカートめくりがしやすいように」ってなんだよ。はじめて聞いたぞ、そんな日本語。


「ざっとこんなところか。細かいルールもあるが、それはやりながら説明することにしよう。」


九条は手をはたいてチョークの粉を落とした。

相変わらず説明するのは嫌いなようで、またしても大事なことを言われていない気がする。


「九条先輩。肝心のペアって、どうやって決めるんですか。」


小田切が九条に質問した。

昨日の言動といい、小田切はわりとゲームに積極的な様子である。


「よく聞いてくれた。色々と考えたのだが、やはりよく知っている者同士でやるのが良いと思ってな。今隣に座っている相手とペアになれ。」


九条の言葉に蓮司は心臓がびくっと跳ね上がった。

蓮司は隣の席の相手、つまり古川美咲と、ペアになるということか。

美咲のほうを見ると、彼女も驚いた表情を浮かべてこちらを向いている。


「会長~! ポイントは、誰を倒しても1ポイントなんですか?」


今度は千葉がヘラヘラと質問する。相変わらず緊張感のない奴だ。


「その予定だったが…。」


意外にも、九条は少し考えこむ。


「よし、全員同じポイントだと面白くないから、1組だけボーナスペアに設定しよう。ボーナスペアを倒したら5ポイントだ。」


明らかに今付け加えたルールである。

何もかも、この生徒会長の匙加減ということだ。


「そういうわけで、このあとすぐに準備に入ってもらう。女子生徒は着替えがあるので生徒会室まで来てくれ。男子にはここで武器を支給する。会場は隣の旧校舎全体を使うことにした。準備のできた者から玄関に――。」

「ちょっと待ってください!」


九条が勝手に事を進めようとするなか、声をあげる者がいた。古川美咲だ。

美咲はその場に立ち上がると、生徒会長をキッと睨みつける。


「私、やりたくありません!」

「やりたくないとはどういうことだ? ペアの相手が嫌なのか?」


九条が意地悪い質問をした。

美咲は固唾を飲んで見つめる蓮司を一瞥し、言いにくそうに答える。


「それは、まあ、良くはないですけど。」


良くはない――。つまり悪いと言うことだ。

蓮司のガラスの心が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。


「そうじゃなくて、その、クラスメイトにパンツを見せるなんて、絶対に嫌なんです。」


美咲はフォローするかのように慌てて付け足した。

彼女はいつもスカートは長めで、めったに肌を晒さない、ガードの固い女性であった。

それがこんなゲームでパンツを見られてしまうなんて、たまったものではないだろう。


「残念だが、昨日も伝えたとおりゲームは全員参加だ。」

「そんな! 何か方法はないんですか?」

「あるにはある。今、この場で敗退することだ。そうすればゲームには参加しなくて済む。」


食い下がる美咲に、九条は淡々と答える。


「でも、それって…。」

「そう。敗退するには、パンツの色を当ててもらうしかない。何なら自分でめくって見せてもいいんだぞ?」


そんなことができるはずもない。

美咲は唇を噛みしめ、黙って席に着いた。


「さて、他に意見もないようなので、準備に移ってもらおうか。」


九条は邪悪な笑みを浮かべながら、クラス全体へ呼びかけた。

女子生徒たちは渋々教室の外へ向かう。


「早速パンツが見られるなんて、なんて素晴らしいゲームなんだ!」


女子が去ったのを良いことに、根田がまわりの男子に話しかけていた。

変態クソ野郎め。あんな奴に絶対美咲のパンツを見せてやるものか。


どんなことがあっても、美咲のパンツを守り切ってみせると、蓮司は心に誓うのだった。


*******************************************************


10分後、蓮司は旧校舎の下駄箱付近にいた。

黒服の女性から、ここが蓮司の初期配置だと伝えられている。


この旧校舎は、今使っている新校舎ができてから使われなったのだが、その大部分は昔の状態のまま保存されているらしい。

多少の年季は入っているものの、まだ全然使えそうな建物を見るに、うちの学校はよほど金の入りがいいらしい。

九条は校舎全体が会場、と言っていたが、一体どれくらいの広さなのだろうか。


「立花くん。」


振り返ると、古川美咲がこちらに歩いてきていた。

そのスカートを見て、蓮司は驚愕する。

履き替えられたスカートは短く、膝上15cmくらいまでしか丈がない。

しかもなんだか生地がいつもより薄く、簡単にめくれ上がってしまいそうである。


「ねえ、見過ぎだって。」


美咲が恥ずかしそうに手でふとももを隠す。

普段の長さとは全く違うため、彼女も困惑しているようだった。


「あの、さっきはごめんね。私、立花くんが嫌だとか、そういうつもりじゃなかったの。」


美咲は蓮司の隣まで来ると、おずおずと切り出した。

どうやら、先ほどの九条との問答を詫びているようだった。


「このゲーム、本当に参加したくなくて、つい強めに答えちゃった。気分を悪くしちゃってたらごめんね。」


深々と頭を下げる美咲はしおらしい。

蓮司は彼女に嫌われていないことが分かって、胸をなでおろした。


「全然大丈夫だよ! 俺もゲームをやりたくない気持ちはわかるし、気にしてないよ。」

「ありがとう。立花くんは優しいね。」


蓮司の返答に、美咲は暖かな笑みを浮かべた。

誠実な姿を見て、蓮司はますます彼女の魅力の虜になっていく。


『よし、全員が配置についたようだな。』


突然、校舎の各所に設置されたスピーカーから、九条の声が鳴り響いた。

校内設備もまだ使えるのだろうか。


『これより、"スカートめくりゲーム"を開始する。みんなの健闘を祈る。』


九条が開戦の宣言をし、ついにゲームが幕をあけた。

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