第2章 スカートめくりゲーム

第8話 最初のゲーム★

立花蓮司は急いでいた。

なぜ急いでいるかはよくわからない。

だが、とにかく行かなければならないところがあるということだけは、頭の中ではっきりしていた。


駆け抜けているこの場所は学校のような場所だった。

なんだかいつもの学校のような気もするし、違うような気もする。


蓮司は状況がよくわからないまま、目的地の教室にたどり着く。

勢いよく扉を開けたそこには、衝撃的な光景が広がっていた。


「ああ…。だめ。見ないで…。」


そこにいたのは古川美咲だった。

いつもの制服姿ではなく、なんと小さなビキニを身に着けている。

ピンク色の布地は小さく、隠している肌の面積は下着よりも少ない。

蓮司の目は彼女の美しい胸の谷間と、真っ白なふとももの間を行ったり来たりする。


どういうわけか、美咲は両手を縛られ、黒板の前に大の字で張り付けられていた。

そして、その周囲にはクラスの男子たちがハイエナのように群がっている。

男たちは理性を失ったような顔で、美咲の体を舐めるように見つめていた。


「立花くん、助けて…。」


美咲はこちらに気が付くと、涙目で訴えかけてきた。

蓮司が駆け寄ろうとしたそのとき、彼女の隣にひとりの男が現れる。

その顔は良く見知った相手――、幼馴染の小田切だ。

小田切は手を伸ばすと、美咲の身に着けたビキニブラの首の紐を掴んだ。


「やめろ!」


蓮司が止めようとするが間に合わない。

小田切が紐を思いきり引っ張ると、結び目が解け、美咲のブラは緩やかに落下を始めた。


「いやああああ!」


美咲が悲鳴を上げる。

支えを失ったブラを繋ぎとめるものはもうない。

小さな布地がゆっくりと、まるでスローモーションのように体から離れていく。

美咲の美しい乳房が少しずつ露わになり、豊かな膨らみの大部分が見え、ついにその先端にある淡い蕾が――。


ジリリリリリリリリリ!


けたたましく目覚まし時計が鳴り響き、蓮司は目を覚ました。


*******************************************************


「蓮司、おはよう。今日はちゃんと起きたのね。」


玄関を開けると、いつものように葵が待ち構えていた。

約束どおりの時間に来たのがよほど意外だったのか、眼鏡の奥の目を丸くして驚いている。


「おはよう。俺だって起きるときは起きるよ――。」


蓮司はそう言いかけ、あくびをする。

目をこすって涙を拭きとると、葵がやれやれとため息をついた。


「その調子だと、今度は授業中に寝そうね。」

「うるせー。今日もどうせ自習だろ。」


ぶっきらぼうに答えるが、正直言うとあんまり眠れなかったのだ。

昨日聞いたゲームの話。女性経験の少ない蓮司にとっては刺激が強すぎたようで、何度も破廉恥な夢を見ては夜中に目を覚ましてしまい、すっかり寝不足である。


「本当に今日も授業無いのかな…。」


大通りに向かって歩いている途中に、葵がつぶやいた。

チラリと見た横顔は心配そうに眉が下がっている。

彼女は普段は正義感が強く気丈に振舞っているが、ふたりのときには意外とこういう顔をすることがあった。

どちらかというと、元々葵は心配性な少女だったので、学級委員長という肩書もあってか、いつもは気を張っているのかも知れない。


「あの生徒会長がそう言ったんだから、無いんじゃないの。葵が心配してもしょうがねーよ。」

「それはそうだけどさ…。」


そう言うと、葵は押し黙ってしまった。

責任感が強すぎるのも困りものである。まあ、葵はそこが良いところであるのだが。


「いいじゃん、俺はせっかくの自由時間を満喫するよ。」

「まったく、あんたは楽観的でいいわね。」


蓮司が茶化すと、葵はいつものようにツッコミを入れる。

調子を取り戻した様子を見て、蓮司はほっとするのだった。


大通りに出たふたりは、他の生徒たちに囲まれながら交差点を渡る。

パン屋の前には既に小田切が待ち構えていた。


「小田切くん、おはよう。」

「…うす。」


葵の挨拶に小田切は小さな声で返す。

一瞬だけ蓮司のほうを見るが、すぐに目を逸らして歩き始めた。


気まずい。3人は並んで歩いているが、会話は全くなかった。

葵も、蓮司と小田切から醸し出される微妙な空気を感じとってか、口を開かない。

ふたりはたまに喧嘩をすることがあったので、こういうときはそっとしておくべきだと、葵も心得ているのだ。


とはいえ、小田切とこんな感じになったのはいつぶりだろうか。

小学生のとき、いたずらで小田切の家の本棚を巻数めちゃくちゃに並べかえたときは、わりと怒られた気がする。

中学生のときに、葵と3人で行った河原でふざけて川に突き落としたときは、怒り心頭だった。

流石にあれは反省したが、蓮司もすぐに突き落とされたのでおあいこである。

ともかく、高校に入ってからはこんなことはなかったし、随分久しぶりな気がする。


3人は沈黙を保ったまま学校に到着し、各々の席に座った。


「古川さん、おはよう。」

「立花くん、おはよう。今日は何だか早いね。」


蓮司は美咲とも挨拶を交わす。

今日も彼女は煌びやかで、その微笑みで荒んだ心も癒されるようだった。

美咲と過ごす時間が長くなると思えば、早起きするのも悪くないかもしれない。


『あっ…!』


ふいに、蓮司は今朝見た夢のことを思い出して赤面した。

視線が美咲の胸に吸い寄せられる。

これまで彼女であんな妄想をしたことはなかったので、なんだか罪悪感を覚えてしまう。


「どうしたの? 何かあった?」

「いや、今日も円高が進んでいるなと思って。」


蓮司は動揺を悟られないようにキリッと返すと、椅子に座りなおした。

そろそろホームルームが始まる。とはいえ、今日も自習のはずなので、誰も入ってこないだろうと蓮司は高を括っていた。


「失礼するぞ!!」


チャイムと同時にドアが開かれ、九条が教室へと入ってきた。

昨日見た光景と全く同じく、黒服の女性が後に続き、九条は教卓でふんぞり返る。


「九条先輩…? 今日も何かあるんですか?」

「あるとも! 今日は1つ目のゲームを行うことにした。」


葵の質問に、九条は勢いよく答えた。

途端にクラス中から「えー」とか「まじかよ」といった声があがる。


「そんな、急です! 昨日は来週やるって言ってたじゃないですか!」

「昨日はそう言ったが、抜き打ちでやったほうがおもしろいと思ってな。今日やることにした。」


葵の追及に、九条は全く悪びれる様子もなく言い放つ。

この強気な姿勢はもはや見習いたいくらいである。


「おもしろいって…。私たち、何の準備もしてないですよ。」

「準備などいらん。むしろしないほうが良い。余計な小細工をされても困るからな。」


九条はまたしても教室を闊歩しはじめる。

舞台女優張りの大げさな動きで、クラス中を見回した。


「安心しろ。1つ目のゲームは軽めの内容にしてある。誰にでもできるものだ。」


その言葉に、クラスは安堵の空気に包まれた。

流石の生徒会長も、予告なく過酷なゲームを強いたりはしないらしい。

無茶苦茶ではあるものの、最低限の良識はあるようだ。

ゲームというのも、きっとトランプや椅子取りゲームの類だろう。

1年B組の生徒たちは、そんな淡い期待を抱きながら、九条の次の言葉を待った。


その期待は見事に裏切られることになる。


「今日お前たちにやってもらうゲームは、"スカートめくりゲーム"だ!」


九条はクラス全員に向かってそう言うと、不敵な笑みを浮かべるのだった。

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