第5話 秘密の会合
午前の終了を告げるチャイムが鳴り、昼休みが始まった。
生徒たちは購買に群がったり、持ち寄ったお弁当を食べたり、思い思いの休息を楽しんでいる。
そんな中、蓮司たち1年B組の男子は自然と校舎の屋上に集まっていた。
お昼の時間は女子たちが教室を占領しているので、ここは普段から昼食の場としてよく使われている。
しかし、今日ここに集ったのはそれだけではなかった。
誰も口には出さないが、みんな先ほど説明されたゲームについて話し合いたいのだ。
7月中旬の空は雲一つない快晴で、強い日差しが降り注ぐ屋上はうだるような暑さだった。
ただ、それゆえ他のクラスの男子はおらず、秘密の会合をするにはもってこいの場所だった。
最初に口火を切ったのは千葉だった。
「なあ、さっきのゲーム、本当にやるのかな。」
千葉は長い髪をポリポリと掻きながら、みんなの顔を見つめる。
その言い草はまるで世間話をするような軽いノリだったが、余裕ぶった表情に微かに不安の色が見て取れた。
「いくら生徒会長とはいえ、授業をなくしてゲームするなんて、認められるんでしょうか…。」
続いて発言したのは、クラスで一番チビの内村だ。
内村は背の低さもさることながら、色白でヒョロヒョロのため見るからに弱そうである。
本人も臆病な性格なのか、クラスメイトに対していつも敬語で話していた。
「いや、あの生徒会長ならやるだろ。聞いたことあるぜ、毎年どこかしらの代で同じようなゲームをやっているって。」
小田切が購買のパンを頬張りながら答えた。
前科があるとは驚きだ。とんだ生徒会長である。
「じゃあ、やっぱりゲームは行われるんですね…。」
内村は不安そうに顔を曇らせた。他の男子もみな顔を見合わせる。
みんな何が起こるかわからないから、怖いのだ。
九条の説明は端折りすぎていて、あまりにも情報が少なすぎる。
蓮司は一番の疑問を口にする。
「しかし、優勝したら好きな相手と付き合えるって、本当にそんなことができるのか。」
こればかりは、蓮司にもにわかに信じられなかった。
そもそも、女子とお付き合いする、ということ自体が都市伝説か何かだと思っていた。
それくらい蓮司の人生において女性は縁遠いもので、いきなり付き合えます、と言われても実感が沸いてこないのである。
それは、1年B組の男子全員が抱く思いだった。
ここにいる同志はみな生まれて此の方彼女はできたことがなく、入学当初はその話題で打ち解けたものであった。
「仮に優勝賞品が本当だとして、みんなは、誰と付き合いたい?」
誰かの質問に、俺たちはみんな頭を悩ませる。
うちのクラスにいる20人の女子生徒、一人ひとりの顔を頭に思い浮かべた。
「俺はやっぱり、楠本さんかなぁ。」
千葉の言葉に男子全員が頷いた。
楠本 茉莉(くすもと まつり)は間違いなくクラスで一番の美少女だった。くりっとした大きな瞳は、対面する男たちの心を鷲掴みにする。しかもそれだけではない。
「たしかに、アイドルと付き合えるって、夢みたいだ…!」
楠本茉莉は現役のアイドルだった。
学校生活の合間に行うコンサートもいつも大盛況で、国民的アイドルといっても過言ではない。
時折、校門のまえに熱心なファンが現れては、警察に連行されている。
「俺は、佐々木さんかな。」
「わかる、胸は佐々木さんが一番だよな。」
続いた男子の言葉に、皆は口々に賛同する。
佐々木 くるみはおっとり系の美人で、顔の可愛さこそ楠本さんには劣るが、胸の大きさは他の追随を許さない。制服越しに見て取れる巨乳は、数多の男を虜にしてきた。
「ぼ、僕は、相原さんがいいです…。」
内村が恐る恐る声をあげる。
相原 七菜(あいはら なな)はソフトボール部に所属するボーイッシュな美少女だった。サバサバして親しみやすい性格も、男子人気を後押ししている。
「順当に行くとそのあたりだよな。」
蓮司は冷静にその場を総括する。
実を言うと、誰かから美咲の名前が出ないか内心ひやひやしていたのだ。
蓮司にとっては唯一無二の天使であるのだが、クラスでの競争率はそれほど高くないようだ。
「立花は委員長がお似合いじゃないか?」
「なんでだよ。葵はそんなんじゃねーよ。」
茶化すクラスメイトに蓮司は反論する。
なぜ好きな相手と付き合えるというのに、わざわざ葵を選ばなければならないのか。
確かに葵は昔から一定のファンがつく程度には可愛いが、蓮司にはまったくその気はなかった。
「葵は口うるさい小姑みたいなもんで、付き合うとか絶対ないな。」
「じゃあ誰が良いんだよ?」
「…。」
蓮司は口ごもった。
美咲が話題に上がるのは避けたい。
ここは安牌な楠本茉莉をあげてお茶を濁そうか――。
「古川美咲、だろ。」
蓮司が口を開くより早く、誰か代わりに答えた。小田切だ。
背中にひやっと嫌な汗が流れる。
小田切はこちらをチラリと一瞥すると、すぐに視線を逸らした。
「たしかに、古川さんも良いよね。清楚で可愛いし。」
「胸も結構大きいよな。」
「色白なのもポイント高い。」
男子たちが口々に美咲を批評しはじめる。
小田切の奴、なんてことを言いやがるのだ。
素知らぬ顔をする幼馴染に、蓮司は沸々と怒りが沸き上がってきた。
そもそも、みんな美咲の魅力をわかっていない。
美咲は可愛いとか胸が大きいとか、そういう次元の存在ではないのだ。
「俺は水本さんかな。」
「うわ、ロリコンかよ。」
「藤崎さんに踏まれてみたい。」
「みんな可愛くて選べないぜ…!」
男たちは次々に自分の想い人を口にする。
屋上はさながら、修学旅行の夜のような高揚感に包まれていた。
「みんな、大事なことを忘れてないか。」
ふいに声を張る男がいた。
小太りで顔面をフライパンで殴られたような男――根田である。
醜悪な小男は、みんなの注目を浴びてニタニタと笑っていた。
根田は、周囲から変態クソ野郎と呼ばれていた。
それほどまでに包み隠さぬド変態なのだが、エッチな漫画を融通してくれたりするので、男子の中では意外に重宝されている。
その変態ぶりは学校中で有名なようで、上級生にも顔が広いらしい。
「誰でも好きな人と付き合えるっていうのは、ゲームの勝者に与えられる権利だ。つまり、ゲームに負ければ好きな人とは付き合えない。」
根田の言葉に、蓮司ははっとなった。
そうだ、好きな人と付き合えるのはこの中でたった1人だけ。それ以外の負け犬は、好きな人と付き合うことができない。
「それだけじゃない。もし他の奴が勝った場合、自分の好きな人を指名する可能性もある。NTR(寝取られ)ってわけだな。」
蓮司は愕然とした。
刹那、美咲が他の誰かと手を繋いで歩く姿が、頭をよぎる。
それだけで心臓がバクバクと高鳴り、呼吸が苦しくなった。
額から汗が滝のようにあふれ出し、拭き取ろうとした右手も震えていた。
それは他の男子たちも同じようだった。
みな、息も絶え絶えという様子で根田の顔を見つめている。
「そ、そんな…。」
「僕の相原さんが、誰かのものに…。」
いや、まだお前のものじゃないだろ。
心の中で内村に突っ込むが、動悸は収まらないままだった。
男子たちは虫の息になりながら、根田にすがりつく。
「い、一体どうすれば…。」
「簡単なことだ。ゲームに勝つしかない、他の奴らを蹴落としてな。」
根田が指を立てて言い放った。
蹴落とす――。嫌な言葉だが、確かに優勝するには周りはみな敵ということになる。
ここにいる同志たちと、戦わなければならないというのか。
「ま、確かに、やるからには勝ちたいよね。」
千葉がケラケラと笑った。
その写真写りの良い顔は、自信に満ち溢れている。
「やるしかないなら、しょうがないよな。」
小田切も意外に乗り気だった。
ふたりの姿に、周りも勇気づけられていく。
「それともうひとつ、耳寄りな情報だ。」
根田は再び声を張った。
この男はこんなにも頼れる男だったのか。
不細工な顔も、今日は何だか整って見える。いや、やはりそんなことはなかった。
「古川さんが言っていたこと――、つまりゲームの内容だが、本当に破廉恥な内容らしい。」
蓮司は美咲の先ほどの発言を思い出していた。
彼女が語ったゲームの内容はどれも破廉恥で、さらにいうと馬鹿馬鹿しいものだった。
美咲は露骨に拒否反応を示していたが、男たちは密かに期待を高めていた。
根田が得意げに続ける。
「ゲーム中は女子のパンツやブラジャーは当たり前、場合によってはそれ以上も拝むことができるらしいぞ。」
「それ以上って、まさか――。」
「そう、”おっぱい”だ。」
その言葉に今日一番のどよめきが上がった。
"おっぱい"だって? あの、女子の胸に存在しているという、魅惑の膨らみを、見ることができるのか。しかもクラスメイトの"おっぱい"を。
「う、嘘だろ。さすがに"おっぱい"が見られるなんて、あるわけない。」
蓮司は思わず口を開いていた。
"おっぱい"という言葉に、自然と体が反応してしまう。
「いや本当だ。先輩方たちから話を聞いたことがある。」
根田は自信たっぷりに答えた。
「ちなみに、先輩方の代の優勝者は本当に好きな人と付き合うことができたらしい。そっちも嘘じゃないみたいだ。」
さすが情報通と呼ばれるだけある。
次々と明かされていくゲームの全貌に、先ほどまでの不安は消え去っていた。
好きな相手と付き合う権利をかけて、クラスメイトとエッチなゲームで戦う――。
「それがこの“破廉恥ゲーム”の内容だ。俺は全力で戦うが、お前らはどうする?」
根田の問いかけに、男たちは雄たけびをあげた。
「俺はやるぞ!」
「俺もだ!」
「やってやる!」
「相原さんは僕のものだ!」
うおおおおお、と屋上が盛り上がる。
ただでさえ暑い夏が、今年はさらに熱くなりそうだった。
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