第3話 舞台で踊る

「はい、こちらが一回戦の会場になります」

 先ほどとは違いサングラスをしているけど対して見た目は変わっていない、最初に部屋を案内してくれた方がそう言うと俺は再び目隠しをする。

 それにしてもオープニングの演出はどうだったのだろうか。音声はアテレコだと以前聞いていたので俺たちは「わーわー」と繰り返していただけである。


 途中「抵抗するフリお願いしまーす。一番派手だった人ひとり脱落でーす」と言われたときはみんな我先にと競争が始まったのは少し面白かった。結果的には一番自己紹介の時から一番派手だった女子が選ばれて、サクッと腕輪から毒が注入されたわけだ。

 この時の彼女の断末魔は「やったねー! おっさきー!」と元気そうだった。こういう時に陽キャって有利よな。心配をするフリをしながら手首に手を当てると、見事に脈が止まっていた。さすがK社の技術力だ。


「目隠しを外しなさい」

 その音に合わせて俺たち三人は改めて目隠しを取る。

 目の前にあるのは高さ二メートル、長さ十五メートルほどはありそうな長い平均台が縦に三つ。手前側には上るための小さな台があり、奥側には三メートルほどの高さの舞台が。それを見て、俺たちは驚いたような表情をする――今さっき見たばかりだけど。

「今からあなたたちにはレースをしてもらいます。ルールはシンプル、奥の舞台に早くたどり着いた二名が勝利です。ただし二名がゴールした時点で、床が抜けて平均台とともに真っ逆さまです。いったい誰が勝ち残るんでしょうねぇ」

 ちなみにルールはここで初めて聞く。なんでもリアルな競争を演出するためとのことだ。なのでこのゲームではあまり手を抜けない。それも綺麗な最期を迎えるのに必要なことだろう。

「おや、何を突っ立っているんです? レースはもう始まってますよ?」

 その声に真っ先に反応したのはMirrorだった。彼はすぐさま真ん中の台へと駆け出した。それに続く俺と、遅れてYotsuba。それぞれ俺が右、彼女が左の平均台へと向かう。

「うわぁ」

 Yotsubaが台に到着に到着するころにはMirrorは三分の一ほど進んでいたが、あっさりと落ちてしまった。落ちているところを見ると一メートルって案外高いんだな。慎重にいかないと。

 俺も小さな台から細い平均台へと足を進ませる。一歩、一歩と足を進ませるその足は、緊張で震えていた。小学生の時は何ともなかったのに今になってやってみると案外難しいものだ。

 俺が少しづつ進んでいる間、Mirrorは何度落ちても素早いスピードで復帰して、Yotsubaは案外バランス感覚が良いのか一度平均台に乗ってしまえば俺よりも速く進んでいる。

 Mirrorが何度目かの挑戦かわからなくなったそのころ、ゴールの手前で落ちてしまった。その間にジリジリと追い詰め、Yotsubaがゴール。

「やりましたぁ……」

 残るは二人だけだ。

 俺は何とかゴールまであと一メートルのところまでやってきた。しかしそこで俺は、バランスを崩して落ちてしまった。思ったよりも痛い二メートルからの落下。いよいよこれで終われるんだな。そう思いながらMirrorを眺めていたら、俺の中に力がみなぎる。

 せっかくなんだから、視聴者に一泡吹かせて誰よりも目立ってから消えよう。

 そう思った俺はスタート地点に戻らず、そのままゴール手前の壁を登ることにした。つるつるして平らな壁だが、まぁ木登りの応用編みたいなものだ。高校生になって体力がついた今、それはやすやすと登ることができた。

 俺が登り切った瞬間、さっきまでたっていた地面は一気にスライドして、奈落へと変貌する。Mirrorは肩を落としながらも、笑顔だった。

「ああぁぁぁぁぃぃぃぃぁぁぉぉぅ」

 最期の叫び声は、「ありがとう」に聞こえた気がした。

 俺もだよ、Mirror。なんてったって一番の番狂わせで注目を浴びることができたんだから。


「決勝戦の会場に移る前に、少し説明をさせていただきます」

 控室でスーツのスタッフさんと一緒に残る二人で打ち合わせだ。

「決勝戦では、スポンサー様のカードゲーム『ドラゴン&モンスター』を用いた対決となります。ルールはご存じですか?」

「……俺は、わかります」

 そう言う俺の隣で首をチョコチョコと横に振るYotsuba。

「Yotsubaさんはわからないということですね。それではルールを説明させていていただききます。KINGさんはしばらくお待ちください」

 よりによってここであのゲームが来るのか。ある意味不幸だ。脚光は浴びたことだし、さっさと自滅しよう。


「さぁいよいよ決勝戦。生きて帰れるのは片方だけ、勝利の女神はどちらに微笑むのか、はたまた――」

 その声と同時にお互いのカードが渡される。小さな机を挟んで二人。

 このゲーム五点分の『ライフ』というポイントをお互い減らしていくのだが、これが減るたびに電撃が与えられ、ゼロ点になった、すなわち敗北した時には致死量の電撃になるという内容らしい。

 電撃というのは苦痛なのだろうか。世界からは消えたいけど、痛いのはイヤという欲求がこの期に及んでわいてくる。まぁ、それでもバレない程度に手を抜いて自滅する予定なのには変わりないが。このゲームは得意なので、そのくらいは余裕である。

「はい、始めてください」

 参加者にだけ聞こえるスタッフの声が対戦開始の合図。まずは先攻の俺がカードを出す。

「これでターンエンドで」

 次はYotsubaの番だ。彼女は手元のカードをみてしばらく考えた後、ただ一言だけ放った。

「何もせず、手番を終わります……」

「え?」

 衝撃だった。このゲームでは一般的に何もしないなんてことはありえないからだ。それこそ明確な手抜きだろう。

「あ、あの……このゲーム、よくわからないです……」

 彼女はこのゲームが下手なようだ。


 ゲームは進んでゆく。俺があえて下手なプレイをしても、相手も互角のプレイで一向に差が縮まらない。どうしたものか。

「では、このまま攻撃で……」

 体に痛みが走り、ライフは残り四対五。俺が先制攻撃を受けた形だ。なんとか一歩退くことができた。

「KINGさん……とても上手ですね……」

「Yotsubaさんのほうが優勢ですよ?」

「いや、わかります……手加減してくれてるんですよね……」

「まぁ、そうですけど」

「このゲーム、楽しくなってきました……もうちょっと本気を出してくれますか……?」

「……」

 俺は中学生のころこのゲームが好きだった。全国大会でベスト四にまで上り詰め、メダルを獲得するほどやりこんだ。だけどそれは過去の話だ。今はこのゲームが嫌い。高校では唯一の趣味だったこのゲームをする元気もわかない。今とは対照的なキラキラした過去が今の俺をしんどくする。

「……断ります」

「そうですか……残念です……こっちはまだ手加減とかできませんがお願いします……」


「ぐわぁぁ!」

 俺の体にかかる電撃はより強力になっていき、残りライフは一対二とピンチ状態になった。ようやく世界から消えれる、楽になれる。そう思ったのに。

「KINGさん……やっぱり本気を出してくださいよ……」

「こんな子供向けのゲームに、なぜ本気にならないといけないんですか?」

「私は社会人ですけど……このゲーム楽しいじゃないですか……」

 そうか、彼女はこのゲームを楽しんでいるのか。だから試合中もあんなに速い速度で上達しているのか。

「もう最期だと思うと……もっと楽しみたいんですよ……」

 過去の楽しかった記憶を思い出す。その瞬間、俺の思いは切り替わった。

 負けたくない、と。

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