Battle:5 反撃開始

前回までのあらすじ:

襲撃者の影がちらつき緊張が高まる中、

何者かに毒を盛られて瀕死の重体となった

挑戦者の一人、アンリラナを救う為に

マヤ達は「毒を殺す毒」の調合に着手するが

そんな彼女の元にアンリラナを蹴落とそうと

企むアクルス・ノースタイルズが現れる。


アンリラナに悪意を向けられた経験から

マヤの行いを咎め、必ず裏切られると断じて

調合を妨害しようとするアクルスだったが

エイジの説得によってひとまず態度を改め、

三人は一時的な協力関係を結ぶ事となった…




ー送迎急行、廊下ー



「こうして余は学園都市で最も危険とされ

恐れられたギャング、クランプス一家の

大幹部を倒し、事件の背後で彼らを操る

闇のフィクサーの正体も暴いた訳だ……」


デイムスは古びた新聞記事のスクラップを

閉じながら自慢げに語ると、

紫色の遮光フードによって隠された口元に

コーヒーのカップを持っていき傾けた。


パチ、パチ、パチ、パチ……


生徒会の最高幹部が語る武勇伝を聞いた

挑戦者たちは、自然と拍手を贈っている……


この突発的に始まった座談会は襲撃の事実が

露見するのも時間の問題だと踏んだマヤが 

引率を務める生徒会や教師に掛け合って

実現させたものであり、少しでも明るい

話題を表に出して挑戦者達の不安を払拭し

犯人が焦りから過激な行動に出ないよう

抑制するという狙いがあったが、

実力者が揃う列車だけあって様々な話題が

飛び出し、予想以上の盛況を見せていた。


「さあ、次は誰の番だ?」


デイムスがそう言い終わった直後、五本指が

生え揃った色白の手が隣の席から挙がった。


「アンタに比べりゃ見劣りするだろうが、

それなりに楽しんで貰えると思うぜ」


クリーニングを済ませた白いジャケットと

心理テストを思わせる幾何学的な紋様が

入ったジーンズを身につけたアクルスが

車両の中心に立ち、会場の空気が変わる。


「……文句ないよな」


「あ、この前チンピラに絡まれて怪我した後イケメンにお姫様抱っこされてた人だ!」


「ええ……名乗り上げの途中で列車のドアに

押し潰されて失神した人ですね」


一瞬だけ周囲の雰囲気が張り詰めたものの、

マヤとエイジの大きな独り言を聞いた

挑戦者達の間で一斉に笑いが起こる。


「あー…こういうのがバチが当たったって

言うんだろうな。まあ今からする話は

ハチじゃなくてハエの話なんだがよ」


ガ バ ッ


アクルスがジャケットの袖をめくると

そこには痛々しい刀傷が包帯の上からでも

分かる程にびっしりと刻まれており、

手首の近くには縫合痕まであった。


「皆の言いたい事は分かる……”どうして

このバカは回復魔法やポーションを使わずに

戦時中みたいな手当てをしてるんだ”ってな。

全員の顔にそう書いてあらあ」


パチン!


アクルスが指を鳴らすとマヤは静かに頷き、

黒檀を削って作った禍々しい形状の杖に

手をかざしながら魔法を詠唱する。


「汚濁より産声を上げた翅持ちし貧者よ、

我が魔力によって仮初の血肉と魂を与え

一刻の間、眷属とする」


「いでよ、”屍肉漁りヴォラレス”!」


バ チ ュ ン !


マヤが呪詛を吐いた瞬間、彼女のローブを

突き破って30cm近いハエの魔物が飛び出し

アクルスの周囲を激しく飛び回ったのちに

彼の腕に留まり、傷口から血を舐め始めた。


「おいおい、ちゃんと食後の歯磨きは

させたんだろうな」


「たった今私の血と肉と皮膚と髪の毛から

作られた超絶キュートな使い魔ちゃんだよ?

例えキスしたって咳一つ出ないもんね」


「そうか、疑って悪かった……

こうしてみると確かに可愛いかもな」


「でしょ?」


「ママより美人だ」


再び笑いが起こったタイミングでアクルスは

ジャケットの袖を戻して観客の方へ向き直り

演説を再開する。


「さあ本題に入ろう……普通のハエってのは

始末が悪ぃよな、特に夏場なんか最悪だ。

肉を切った包丁を舐めようと寄って来るし

毎日キッカリ掃除機をかけても沸いて出て

飼ってる蝶々の餌なんかも横取りする訳で、

もう食い物から自動的に出て来るんじゃ

ないかと考えてる学者もいるらしい」


「実際は嗅覚が優れているだけですけどね」


「おっと……詳しい奴が出て来たぞ」


アクルスはエイジの言葉に反応し、

彼の立ち位置を自分と入れ替える。


「蝿の嗅覚は犬猫の比ではないですから。

とりわけ血の匂いには敏感と言われていて、

なんでも50km先で馬車に轢かれてしまった

アライグマから血の匂いを嗅ぎつけて、

絶命する前からその肉を齧っていたとか」


「じゃ、ハーブや香水で誤魔化すなりしても防ぎようなんかない訳?」


「いや……実は簡単な方法がありまして、

ライムを絞ってバニラの鞘を浮かべた水で

洗ったものには近寄らないんです」


「「へぇー」」






ー同時刻、厨房ー



「よし………誰も居ないな」


夕食の片付けを終え、ネズミ一匹いない筈の

銀一色で揃えられた厨房に黒い影が顔を出す。

比喩ではない……全てが黒一色だった。

黒い覆面に黒い防刃ベスト、黒いブーツに

黒い手袋という闇に潜む事に特化した服装。


とっくに消灯し、暗闇と静寂に包まれた中を

足音も立てず、一直線に目的の品が眠る

スパイス貯蔵庫へと前屈みになって進む姿は

まるで物質をすり抜ける幽霊のようだ。


カチャ、カチャ……ギリ、カチッ!


黒い影はドアの前に移動、座り込むと

並の解錠魔法を上回るスピードで針金を

鍵穴に突き刺して細かな部品を一つ一つ

苦もなく動かしてゆく。手順を間違えば

ポイズンダーツ・タレットや蒸気ギロチンが

作動し、逃げる間もなく絶命する可能性も

否めないが、相当な場数を踏んでいるのか

ゴーレムのように手の震えは一切ない。


「ククク……ちょろいもんだぜ」


カシャッ!


手袋に包まれた細い指がオイルライターの

ボタンを押した次の瞬間、凶暴な笑みを

浮かべたアクルスの顔面が照らし出される。


「ばあっ」


シュドッ!


小柄な体格からは想像も出来ない速度と

精度、パワーを兼ね備えた前蹴りを食らい、

黒い影が10mほど吹き飛ばされて転がる!


「残念だったな!ライムとバニラはもう

ここにはねェ……じきにマヤの使い魔が

てめえのナイフについた俺の血液を

嗅ぎつけてここへやって来る!」


「またお前か……なぜここが分かった!」


受け身を取った黒い顔が呻きながら

起き上がり、身構えながら問い詰めた。


「この状況で敵に手の内明かすバカは

そういねえ!てめえはもう終わりだ!」


「チィッ!」


ダ ン ッ !


黒い影は手にしたナイフを素早く投げて

ガスランプのスイッチを破壊すると、

配膳カートをアクルスに向かって蹴り飛ばし

前転で回避した相手にクロスボウを向ける!


「死にやがれ!」


バシュン!バシュン!バシュン!


「おっと!」


三連続で射出されたボルトがタイル張りの

床に深々と突き刺さるが、アクルスは

横になったまま調理台を蹴って滑るように

地面を移動して回避、引き出しから

鋳鉄製のスキレットを取り出して四発目の

ボルトをハエ叩きの要領で弾き返す!


「中々やるようだな……しかし武装の差は

圧倒的、調理器具でいつまで保つかな?」


「お前が死ぬまでに決まってんだろ」


「抜かせ!」


バシュン!


アクルスは身を翻して素早くボルトを回避、

スキレットで殴り掛かるが、相手が放った

六発目の射撃でスキレットが吹き飛ぶ!


「なにっ!?」


「ドワーフ製の自動装填式クロスボウだ!

機械が勝手にボルトを準備してくれるお陰で

連装式の隙の少なさと単発式の破壊力を

両立したって触れ込みの超最新型よ……

俺はお前らガキと違って金もコネも体力も

有り余ってるんでなぁ!」


ガシャン!


「くたばれチビ野郎!」


盗人は高笑いしながらクロスボウを構え、

無防備になったアクルスの頭部目掛けて

躊躇なく引き金を引く!


バシュン!


次の瞬間、アクルスの身体がびくんと

痙攣して大きく仰け反る。


「ぬぅん!」


そして、勢いをつけた頭突きがクロスボウを

降ろしたまま勝ち誇っている相手の顔面に

正面から激突し、血飛沫がタイルを汚した。


「あががっ……あがっ、はうっ…」


相手は鼻が折れたのか覆面の中央部分が

不自然な程にへこんでおり、覗き穴から

ポタポタと血を垂らしながら後ずさった。


「ペッ!」


アクルスは咥えていたボルトを吐き出す。


「ま……まさか歯で受け止めたのか!?

わざと隙を見せて俺に頭を狙うように

仕向けたのか、お前……」


無言で拳を鳴らしながら、アクルスが

ゆっくりと相手との距離を詰めてゆく。


「頭おかしいのかよ、イカれてる……!」


グシャッ


「ぶえぇっ!」


アクルスの右フックが相手を仰け反らせ、

嫌な音と共に覆面が更に歪な形になる。


「き、聞いてた話と違う……」


ドゴッ!


「口が利けなくなる前に吐け……

誰が仕組んだ、俺たちを狙う理由は?」


アクルスは頭を抱えて悶絶する相手の頭を

掴んで引きずりながら無理矢理起こす。 


「や、やめろ……!」


「てめえをけしかけたのは誰なんだ、

そいつは今何処にいる?」


そして胸ぐらを掴み、牙を剥いた蛇のように

獰猛な表情と怒気を孕んだ声で囁いた。


「俺を残酷にしないでくれ……!」


「あっ……あうっ……!」


覆面の男がアクルスに何かを伝えようと

指を差した次の瞬間だった。


「げぼぁ!!」


暗闇から放たれた矢が男の胸に突き刺さり、

覆面の穴から血を撒き散らしながら倒れる。

 

「なにっ!?」


「馬鹿め、最後の最後で命が惜しくなって

俺たちを売りやがったな……クズが」


暗闇の中で低い声と足音だけが響いた。


「今のは毒矢……犯人はてめえらか!?

こっちは生徒会に疑われていい迷惑だぜ!」


「罠である可能性を勘定に入れて動けと

警告した筈だが……使えん奴め」


倒れた男と同じ服装の集団が一人、二人と

アクルスの目の前に現れ、武器を構える。

 

「あ、やっべぇ……!」


彼がそう漏らした時には、既に黒服は

10人近い数に膨れ上がっていた。


「毒の事を知られたからにはお前も殺す……

恨むんならそこのクズを恨むんd」


「えいっ!」


ボカッ


マヤによる杖のフルスイングを後頭部に

食らった先頭の一人が涎を垂らして倒れ、

隣の敵が悲鳴を上げる間もなくアクルスの

投げた鍋の蓋を脳天に食らって失神する。


「ク、クソ……死ねぇぇっ!」


ザク


アクルスの背後を取った敵兵が叫びながら

サーベルを振り上げて突進するが、

ラフロイグが繰り出した細身の長剣に心臓を一突きされ、泡を吹いて倒れた。


「なっ……」

 

シュドッ!


「行くぞ!立ち止まるな!」


テーブルに背中を預けた状態から回し蹴りを

繰り出し、取り囲もうとして来た兵士たちを

同時に複数人薙ぎ払って吹き飛ばすと

ラフロイグはアクルスを抱えながらマヤの

手を引いてタックルでドアを破壊、

部屋を後にすると本棚を蹴り倒して相手の

進路を塞ぎ、素早く離脱する!


「ハァ……ハァ……ギリギリセーフ!」


「あぁ、二人ともよく頑張ってくれた」


緊張から息を切らしながら、ラフロイグは

安全を確認してアクルスを降ろすと

安堵の溜め息を吐いて額の汗を拭った。


「少しは役に立てただろうか、少年?」


「……正直言って、見直した。

しかし、よくここが分かったな」


「生徒会室から合鍵を借りて、昨晩から

君の部屋のベッド下に潜り込んでその後も

ずっと尾行していた甲斐があったよ」


「いやちょっと待てよ」


「あぁ!すまない……確か、ニンゲンは

プライバシーというものを重んじるのだな。

君の身が危ないと知ってほんの少しばかり

軽率になっていたよ。約束しよう」


アクルスは先手を取られて苦虫を噛み潰した

表情になりかけたが、辛辣な罵倒の語彙を

何とか飲み込んだらしく張り付いた笑顔で

彼女の謝罪を受け入れる事にした。


「エイジ君の様子が心配だ、失礼するよ」


「なあ、マヤさん……」


ラフロイグの背中を見送りながら、

アクルスは吐き出すような小声で呟く。


「マヤでいいよ、多分歳下だし」


「俺だって、頭じゃ分かってんだ……

魔族や黒魔術師にもいい奴はいるだろ?

皆、信じてた人や物に裏切られるってのが

苦しいんだよな……全部が思い通りに

なるなんてあり得ないのに、馬鹿な話だぜ」


訳も分からず、赤の他人に命を狙われる。

自分がいかに修羅場を潜っていた強者でも

恐ろしくて仕方がない筈だ。


「先入観というものは決して消えない」


マヤには、アクルスの言葉がそう聞こえた。


ギリシャの巨神クロノスは父の権力を

奪ってタイタンの王となったが、息子による

王位簒奪を恐れた末に乱心し、最期は

ゼウスの手で地獄に叩き落とされたという。


かのアーサー王ですら、5月1日に生まれた

忌み子が自分の死を招くという予言を恐れ、息子のモルドレッド王子すらも疑った結果

我が身を滅ぼしている。


「でも、裏切られるのが嫌だから取り敢えず

疑うってなんか虚しいと思うんだよね。

常に予防線張って生きるのは私には無理、

途中で疲れてやめちゃいそうだし」


「あんのか?裏切られた事」


アクルスが訝しげに尋ねる。


「知る限りだとあんまりないかな……

でも、自分で自分を裏切った事だけは

絶ッ対!ないって断言できるよ!」


「そうか……アンタ、面白い人だな」


「でしょ?おばあちゃんが言ってたんだ。

お前くらいバカな方が人生楽しめるって」


「ま、何にせよこれで貸し借りナシだぜ。

こんな三文芝居に協力してやったんだ……

俺も俺で色々試すが、あんま期待はすんな。

毒を使った犯人、さっさと捕まえてくれよ」


「任せてよ、これでもプロ志望だからね」


ガサッ


マヤはポケットから箱を取り出すと、

アクルスに投げ渡した……見慣れない包装と

不気味な昆虫のイラストが描かれている。


「これは?」


「何って……500億味ビーンズじゃん。

昨日もらったアイスのお返し」


「おう……明日も生きてたらまた会おうぜ」


「縁起でもない事言わなーい!」


二人は別れ、廊下の分岐点に立つと

より一層気を引き締める……アクルスは

刺客を倒す為、マヤはアンリラナを救う為に

それぞれの新たな戦いが始まっていた。



ー続くー


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