Battle4: 解毒薬

前回までのあらすじ:


送迎用豪華列車の出発から一夜明け、

二次試験挑戦者の一人、アクルスが

何者かの襲撃を受け瀕死の重傷を負う。


先日の一件で殆どの挑戦者が諍いに

介入することなく自身を見殺しにする

選択をした事で周囲に不信感を抱いた

彼は、襲撃犯を自力で捕らえるために

ラフロイグと手を組む事を拒んで

独自に行動を開始する。


事件に関わった人々の多くは小競り合いの

当事者による報復を連想したが、彼らの説は

2人目の犠牲者が発見されたことで

大きく覆る事になるのだった。



ー送迎急行、医務室ー



「……ヘビ毒ですな」


アンリラナの容体を確認した医師が

神妙な面持ちでそう告げる。


「私は外科医故に専門外だが非常に強力な

毒である事は症状からして明らかだ……

幸い、列車に万能血清が常備されていたので

この毒が原因で死ぬ事はないだろうが

これでは立つ事も出来ん……」


一時は意識を失う程であったものの

発見が早かった事、血清があった事で

彼女の容体は何とか持ち直したが

2日間もの間意識は朦朧としている上に

呼吸は弱く熱もあり、闘う事はおろか

喋る事すら困難という有様だった。


「次の駅で降ろして入院すべきだろう」


「はぁ!?一次試験通ったのに

途中で帰れっての……何よそれ!?

確かに素行は悪かったかもだけど

この件に関して言えば無罪でしょ、

彼女の身内にどう説明すれば……」


アンリラナの友人、タバザが医者に

飛びかかって詰め寄った後、

声にもならない悲鳴を上げる。


「……その件に関しては理事長に

連絡し、今日中に結論を出す予定だ。

少なくとも即失格という事はない……」


紫色のローブを羽織った生徒会の幹部が

タバザを医者から引き剥がし、

何とか彼女を落ち着かせようとするが

知り合いが毒を盛られたのに大人しく

待っていろというのも無理な話だ。


「アンを殺そうとした犯人がまだ

その辺をほっつき歩いてるなんて

頭が変になりそうよ!あぁぁ!!」


「「失礼します」」


ガラガラガラ……


医務室にマヤとエイジが入って来るや否や、

タバザは牙を剥いて彼女を睨みつける。


「あんた達……やってくれたわね」


「えっ!?」


「その女、黒魔術師なんですってね?

随分と陰湿な手を考えるじゃない」


「ちょっと待って下さい、マヤさんは

事件当日の夜中も部屋から出てないし

早朝に襲撃されてからは生徒会の護衛が

何時間も監視していたんですよ!?」


「フン、内通者を使って毒を盛るなり

部屋の中で儀式をして呪いをかけるなり

幾らでもやりようがあるでしょうが!」


エイジの擁護も聞く耳持たずといった様子で

激しくまくし立てるタバザを意に介さず、

マヤはアンリラナの様子を詳しく観察して

ノートに文字や記号を書き込んでゆく。


「熱はおおよそ38度台、指先に内出血……

肌の変質や腫れはなく患者の体臭から

著しい代謝機能の低下は確実……

呪いの痕跡はどこにもなさそうだし、

コールドール・パイソンか双頭ヒドラの

二択ってとこかな」


「魔女の言葉なんて信じるとでも?」


「別に信じなくていいよ、実際悪さしてる

同胞が大勢いる事も理解はしてるからね。

でも、これだけは分かって欲しい」


いつもは眠そうなマヤの真っ黒な瞳が、

獰猛な獣のそれを思わせる鋭いものに

変わり、タバザを睨みつける。


「知ってると思うけど、相手の命に関わる

レベルで強力な呪いをかけるには触媒に

本人か家族の身体の一部が必要になるから

初対面でいきなり呪うなんて絶対無理だよ」


「で、でも」


「それに私は毒なんて持ってない。

君も定期的に手荷物検査されてる筈だし

黒魔術で作られた毒っていうのは強力な分

すぐ使わないと鮮度が落ちて弱体化するから暗殺には信じられないくらい不向きなんだ」


「そうだな……余の家系も代々黒魔術への

対策に力を入れている宮廷魔術師が多いが、

マヤ殿の言っている事に間違いはない」


紫色のローブを羽織った生徒会の幹部……

「デイムス・ドクトリン」は魔導書を

片手に彼女を見つめ、そう言って頷く。

彼の表情は布に覆われていたが、少なくとも

本心からの発言である事は確かだった。


「ぐっ……」


ドクトリン一族と言えば先の三年戦争でも

剣一本で5000人の敵軍を壊滅させた伝説から

世界最強の売国奴と言われたセタンタや

凶悪な固有魔法で恐れられるも殺生を

嫌う人格者として敵兵からも尊敬された

黒騎士ブルニーシュカと言った著名な

英雄をポーション開発や治癒魔法で影ながら

支えていた功労者として有名な家系だ。


そんな一家の次期当主候補ともあろう男に

諌められては、タバザも渋々ながら

大人しく引き下がらざるを得なかった。


「……今から解毒剤を作ろうと思う。

それで彼女を完全復活させられたなら、

ひとまず無罪放免ってことで……ね?」


「成程……疑いを晴らすには良い考えだ。

余の研究室を使うがいい……この列車の

引率者を務めるにあたって生徒会長から

余に対して直々に与えられたものだが、

フィールド・ワークと鍛錬を怠っており

運動不足を感じていたところだ……」


デイムスはそう言ってマヤに鍵を

投げ渡すと、魔法で空中浮遊しながら

念力でドアを開け、去っていった。


「……とは言ってみたものの、

どんな材料がどれだけあるか分からんし

多分人手も必要だし、どうしよっかなぁ」


「私も協力しますよ……あのサキュバス、

私があなたの命令でお友達に毒を盛ったと

思い込んでいるフシがありますからね。

折角あのアクルスとかいう方にヘイトが

向いているのに私まで巻き込まれては

堪ったものではない……」


「あらそう?なんとかなりそうかも」



ー深夜、列車内研究室ー



ギイィィ……ッ



時代を感じさせる重厚な木製のドアを開け、

薄暗い研究室のドアを開ける二人。


「ヒューッ!真っ暗で換気もしてなさそうな

薬品臭い部屋!テンション上がっちゃうね」


旧型のVIP用客車を丸ごと改造したであろう

広い室内には大量の研究資料や報告書などが

ジャンル分けされた状態で重なっており、

ガラス張りの棚にはホルマリン漬けにされた動物の奇形児が瓶に詰められて並んでいる。


「……確かに、遊園地のお化け屋敷を

思い出すようなインテリアの配置です……

うえっ、何ですかこのベタベタは?

お化け屋敷というよりゴミ屋敷ですね」


エイジは大量に散らばった回復薬の空き瓶や

ゴミ箱から溢れ出した駅弁の包み紙を

片付けながら顔をしかめる。


「このグンセンドリの断面標本綺麗すぎ!

こっちは14年前に人工生命規制法の改正で

禁制になったホムンクルス製造キット!

今買ったら幾らするんだろう……」


マヤは黄色い声を上げながら部屋を物色し、

何かを見る度に感激しているようだった。


「あの、解毒剤は……」


「ちょっと待っててね、あと2つだから」 


ドサッ


エイジの足元に、双頭ヒドラの鱗と

マンドレイクの葉が入った革袋が落ちる。


「えっ」


「取り敢えず鱗は煮沸消毒したあと

表面の薄い膜だけ剥がしといてくれる?

葉っぱは赤い斑点がついてるやつだけ

白ワインに浸して。他は捨てていいよ」


「あっ……はい」


「吸血クワガタの牙は……成分が似てる

ヒルウナギの乾燥歯肉でも問題ないか。

あとはカエルエイの毒針……あった!」


「えっ、もう見つかったんですか……

こんなに散らかってる部屋なのに?」


「いや、めちゃくちゃ分かりやすいでしょ」


「どこが!?」


「棚にラベルも貼ってあるし……」


マヤが指差した棚を見ると確かにラベルが

貼られており、辛うじて共通語と分かる

文字の羅列が書き殴ってある。


「何て……これ何て書いてあるんです?

盗難防止の為の暗号か何かですか?」


「いや、解熱剤って書いてあるでしょ!?」


「……筆記の模試では満点でしたが、

これほど難しい解読問題は初めてですよ」


「えー、褒めても何も出ないよお?

まあ手伝ってくれたお礼として放課後に

デートくらいしてあげてもいいけど……」


「褒めてないです、嫌味ですよ、嫌味……

私はロリータ・コンプレックスではないので

あなたみたいな子供に魅了は感じませんし

そもそも受験の段階で話が飛躍しすぎです」


「ガーン!」


「ほら、馬鹿な事言ってないでさっさと

解毒薬とやらを作ってしまいましょう……

鱗の煮沸も終わりましたよ」


エイジは鱗を取り出して膜を剥がすと、

湯気を立てるそれをマヤの目の前に置く。


「やるじゃん、ここに来る前は大学とか

研究所とかで働いてたの?」


「まあそんな所です……稼げはしますが

またやろうとは思いませんね」


「博士号とか取らないとあんまり予算も

降りなくていい仕事も来ないって話だし、

やっぱ大変なんだねえ」


「おや……マヤさんは田舎から出て来た割にそういった事情には詳しいのですね?」


葉を選別し、アルコールを準備しながら

エイジが呟く。


「最近は魔女も人間社会に溶け込む為に

色々勉強して上手いことやってるから

嫌でも詳しくなるよ……死活問題だし」


「愚かな人間に囲まれると苦労するのは

どこの業界でも同じですか……」


「そうそう…今日はやけに優しいじゃん?」


「さっさと誤解を解いて被害者の口から

真犯人の情報を吐かせたいだけですよ」


「ま、それに関しては同意見だけどね。

カエルエイの針は殻を剥いて射出器官を

取り外し、毒腺を露出させて湿度の高い

場所で半日放置させ成分を変質させる……」


「つまり今日出来るのはここまでですか」


「そういう事……緊張して変な汗かいた!

この辺って湿地帯だから暑いんだよね。

サルサパリラの茎は自前で準備できるし、

もういい時間だからさ」


バ サ ッ !


マヤがサイズの会っていない三角帽と

マントを脱ぐと、ウェーブのかかった黒髪と

艶のある白い肌が顕になる。


「…………」


「思ったよりいい女で見惚れちゃった?」


「……汗が飛ぶのでやめてもらえますか。

あと、猫背は矯正した方がいいですよ」


「ガーン!」


「それではまた明日」


放心状態のマヤを気にもせず、エイジは

用が済んだのだし顔を合わせる必要はないと

ばかりに自室へ戻っていった。


「……ドクシボグモの牙、妖精の羽、

インキュバスの鱗粉と相手の髪の毛」


「よう」


ギッ……


「わーッ!?」


声がした方を振り向くと、まるで蜘蛛の

ように天井に「立った」状態のアクルスが

棒付きキャンディを片手にマヤの顔を

上から覗き込む。


「別に人間の精神を幼児退行させた上で

作り手を母親だと錯覚させる薬の

レシピなんて全っ然知らないからね!」


「差し入れ」


アクルスは背中のケースからタッパーに

入ったアイスクリームを取り出し、

マヤに手渡した。


「うま……どうなってんの、重力魔法?」


「さぁ?敵には教えられねェな」


マヤはスプーンを咥えながら質問するが、

簡単に手の内を明かすような相手ではない。


「あれだけ世話になっといて何だが、

恩を売りたきゃ相手を選ぶべきだぜ」


「まあ、アクルス君からしたらあんまり

いい気分じゃないか……」


「それもあるんだが、恩を恩とも思わねェ

クズってのは案外そこら中に溢れてる。

まあ俺も連中をとやかく言えるような

立場じゃないがな、身寄りないし野蛮だし」


「でも女子力高いじゃん」


「だーっ!社交辞令は今いいんだよ、

真面目な話をするのがそんなに意外か?

まあ嫌われるのも無理はないがな」


「いや……ごめん、続けて」


「OK」


アクルスの表情が引き締まったものとなり、

声のトーンが一段低くなる。


「……アイツらからは何も返って来ない。

都合の良い便利屋扱いされて、終わりだ」


無数の悪霊に両肩を掴まれているような、

異質なプレッシャーがマヤを襲う。


「黒魔術に対する偏見を終わらせたい、か……大きく出たよな、アンタも。

勿論、無理だなんて言うつもりはねェ。

むしろアンタを尊敬してるまである」


「しかし冒険者や魔術師といっても結局は

腕っ節と度胸がモノを言う暴力の世界……

人格的資質は必要だ、カリスマ性も頭もな。

見たところアンタはどれも沢山持ってる、

だが甘さは論外!あの手の連中はどこでも

多少は恨みを買ってる、それを助けたと

あればナメられるどころか敵が増えるぞ?」


「高熱が長引くと後遺症の可能性がある、

特にヒドラ毒は40度超えも珍しくない……」


「ハッ!それがどうしたって言うんだ?

駒として使えるならまだしも、チンピラの

クソレイシストのそのまた金魚の糞だぞ?

屑を助けても運のいい屑になるだけ……

馬鹿は人生棒に振らなきゃ分かんねェのさ」


「うーん……確かにそうかも」


「だろ?薬は……アレだ、俺を襲った奴が

すっ転んだ拍子に頭をぶつけてその小瓶を

ウッカリ割っちまったとでも言っときゃあ」


マヤは手を伸ばそうとするアクルスを

禍々しい杖で牽制し、薬瓶を庇う形で

彼の前に立ち塞がった。


「でもね……見殺しにするのは嫌だな。

別に変わって欲しいとか恩を売りたいとか

そういう理由じゃなくて、単なる自己満足」


「だーッ!それがアンタの良くねェ所だ!

俺だって鬼じゃない……アンタの気持ちは

分かるがな、助けない方が良い命だって

腐る程ある!コイツが虐めでもやらかして

罪のねェ無関係な奴が自殺してみろ!

皆口を揃えてアンタが悪いと騒ぐだろう!」


「手前で進んで貧乏クジ引く必要はねェ……

遅かれ早かれこうなってたに決まってる!

少しくらい保身ってモンを考えたって

バチは当たらねェさ……なぁ!?」


蚊の蟲人に見せたような敵意剥き出しの

脅しではなく、リスクをちらつかせた後に

懇願するような一歩引いた寛容な態度は

本気でマヤの身を案じているようにも

“最後のチャンスだ”という威圧にも見える。


この男の残虐性とプライドの高さは既に

充分な程証明されており、選択を間違えば

即座に敵となる可能性も否定できない。


「うぅん……じゃあ……やっぱり……」


「間を取るというのはどうでしょう」


「「えっ」」


二人の視線の先にはエイジがコーラの瓶を

片手に立っている……それも、人数分。


「ま、それでも飲んで頭を冷やして下さい」


瓶を投げ渡しながら、エイジは人差し指を

立てて会話を続行する。


「解毒と引き換えに見返りを求めるんです。

先立つものも手に入りますし、取引という

形の助命であればマヤさんの格を落とさず

相手側の面目も保てるのではないですか?」


「確かに名案だな……俺とした事が

ムキになっちまって選択肢から抜けてたぜ。

決めるのはアンタだが……どうする?」


「……いいかも!」


「それはそれは、お役に立てたようで……

デイムス様に因果は含めておきましたので、

お二人は見積書を書いておくのが良いかと」


「そこまでやってくれたの?神」


「あくまで合法的に金銭を得る準備ですよ。

アクルスさんがいなくてもあの魔族からは

取引で金を毟り取る算段だったのでね……

見返りもないのにやる訳がないでしょう」


「あぁ、納得」


「そういう顔してるもんなコイツ」


「……さっきまで言い争ってましたよね?」


「「うん」」


エイジは何か言おうとしたが、言語化できず悩んだのか頭を抱えた末に意見を飲み込み、

彼にしてはやや威圧的に口を開く。


「とにかく明日の朝一番に間に合うように

準備して下さい!軽く見られては貴方達の

取り分まで減るんですからね……!」


「うん!」


「全く……頼みましたよ本当に」


「わーってるよ」


ガサッ


帰り際、アクルスはエイジの上着の

ポケットにタッパー入りのアイスを

突っ込むと天井を歩いて帰っていき、

マヤはわざとらしいポーズを取ったあと

彼に向かってウィンクした。


「……はぁ」


エイジは研究室の戸締りを確認した後に

頭を掻いて大きな溜め息を吐く。

これさえ終われば厄介者との縁も消える……

その頃は、誰もがそう考える筈だった。




ー続くー

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