Battle:2 戦慄の牽制

前回までのあらすじ:


飛行機事故の余波で異世界に転生し

老魔女「マーサ」に拾われたマヤは

過酷な異世界を生き抜く手段として

彼女に師事、黒魔術を学ぶうちに

黒魔術師として表の歴史に名を残し、

同胞に対する偏見や差別を

無くしたいと願うようになる。


師を看取った後、生前の彼女の

粋な計らいによって思いがけず

名門魔法学校への推薦状を手にした

マヤは、二次試験を受けるため

送迎用の豪華列車に乗り込むと

そこでエリート意識の高い見習い

魔法使い「エイジ」と知り合う。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



ー学園行き送迎特急、7番客車ー



ゴキュッ、ゴキュッ……


「ぷはーっ!」


マヤはコーラの瓶から口を離し、

幸せそうな呼吸音を響かせた。


「なにこれ超美味しい!」


「フフッ、それは何よりです……

それであなた、持ち合わせは?」


「……へ?」


「初対面の人間からタダでモノが

貰えると思いましたか?というか

割と強引に持って行きましたよね」


「あー、確かに…じゃあこれ」


チリンチリン


マヤは鈍色のコインを収納袋から

取り出すと、汚れが少ないものを

一枚選び彼に投げ渡した。


「帝国時代の古銭ですか?

ふむ……まあいいでしょう」


エイジは眉を顰めるとコインを

使い込まれたマルチバッグに入れ、

一応は矛を納める事にした。


「それで、俺は連中が寝てる間に

コガネムシを髪の毛に括り付けて

やったんだ……すると奴は……」


「ギャハハハハッ!傑作だぜ!」


エイジはマヤに向かって何か言おうと

したが、その声は斜め上の席に座った

蟲人とサキュバス達の笑い声により

かき消され、彼は顔をしかめた。


「…不快指数の高い周波数ですね。

あの下らない話を喉に詰まらせて

窒息死してくれないでしょうか」


「静かにするよう頼んでみる?」


「目に余るようだったら考えます」


「でさー、今度はソイツの…」


そう言ってサキュバスのうち一人が

サービング・カートから乱暴に

缶ジュースを取って代金を支払い、

談笑しながらタブに指をかける。


「あっ」


ブ シ ャ ァ ッ


「なにっ」


そして、二人が予想した通りの

出来事が発生する。密閉された

炭酸ガスが衝撃により活性化し、

狭い飲み口に向かって殺到したのだ。

しかも最悪な事に、通りがかった

少年にまで火の粉が降り掛かる。


「クソッ、アタシの服が……!

後で絶対クレーム入れてやる!」


水滴を垂らしながら立ち尽くす

受験者の少年には目も暮れず、

自分の服についた数滴の染みを

必死に拭う蟲人たち。


「ちょっと、あれ流石に……」


マヤが席を立とうと身構えた、

次の瞬間だった。


「あーあ、服がびしょびしょだ…」


高音ながらドスの効いた声と、

覇気のある威圧的な口調で

不機嫌そうに少年が唸る。


「詫びくらい入れたらどうよ?」


「……俺達に言ってるのか?」


外見とアンバランスな声色を聞いて

動揺しつつも蟲人が立ち上がり、

目の前の少年を睨みつける。


「おいおい、俺の聞き間違いか?

ハゲ猿が?蟲人であるこの俺に、

生意気にも因縁つけたように

聞こえたんだがなぁ、ボクゥ?」


「俺、よく献血に行くんだよね」


「……は?」


少年が再び口を開き、耳元で囁く。


「サキュバスとつるんでる害虫とか

同じ場所の空気吸っただけで性病に

なりそうだろ…黙っててくれるか?」


その言葉を聞いた瞬間、蚊の蟲人は

緑色の複眼を白黒させて硬直する。


「テ…テメッ……」


「あれあれ……理解出来なかったァ?

ま、脳味噌すらない節足動物の分際で

上手にお話し出来ただけ上出来か」


「テメェ……!」


「え…何、ヒラメ?」


「テメェェェェェェッッ!!

殺す、今殺してやらァァッ!!」


蚊の蟲人が牙を剥いて少年に飛びつき

刺々しい形状の脚を振り上げる!


「まずい!」


エイジがそう叫んだ瞬間、

少年が素早く身を躱して床に落ちた

フォークを掴み、蟲人の腕目掛けて

思い切り突き立てる!


「ヒィ……ギャァァッ!!」


殻の隙間を三又の切っ先で抉られた

蟲人が悲鳴を上げるのと同時に

水牛の獣人が身体を震わせ、

青い顔のエルフが指を咥える。


「蟲人は痛みを感じ難いというが、

関節を直にやられりゃキツいだろ」


「わ、悪かった……許してくれ」


「いや、謝るのは俺の方だ……

やり過ぎた。長い間緊張してて

頭に血が昇ってたよな、悪かった。

お互い、もうこんな事はやめよう」


ミシッ…


少年は必死に頷く蟲人の腕を抑えると

肉に刺さったフォークを握りしめ、

勢いよく回転させた。


バ チ ュ ン !


「ア”ァ”ッ……マ”ァ”アァァッ!」


斬れ味の悪い刃物で縄を切るような

嫌な音が鳴り響いた次の瞬間、

今までで最も大きな悲鳴が周囲の

空気を揺らす。


カサ、カサッ


「……ひいっ!?」


不意に、何かが爪先に触れたような

感覚に襲われたエイジが下を見ると

切断された蟲人の腕が転がっていた。


「……これで、差別や暴力とも

さっぱり“手が切れた”訳だ」


強い。


マヤの頭に浮かんだのは、その

シンプルな二文字だけだった……

修行の過程でグロテスクなものを

触ったり、使ったり、食べたり

したのもあって耐性はあった。


だが、それ以上に魔法や奇跡も

使わずにカタログ・スペックでは

人間に完勝している筈の蟲人を

フォークで倒してしまった男に

純粋な尊敬の念を覚えていた。


「どうした、何か起きたのかあっ」


「コ…コイツが俺のっ……

俺の腕を千切りやがっだぁァ!」


「そうよ!このヒトオスが

いきなりたっくんを襲ったのよ!」


「なにっ」


ガシッ


「しゃあ確保!」


それを聞いた警備員達は状況判断、

少年を包囲し素早く連行する!


「あっ、あの!ちょっと待って!」


マヤは警備員を引き留めると

吐きそうになっているエイジを

連れ出し、少年の前に立つ。


「アイツらウソついてるから!

私、あのデカいトンボがあの子を

襲うのしっかり見ました!ね!」


「揺らさないで…分かってるから

揺らさないで下さい……ウッ!

確かに見ました、見ましたから…」


二人の警備員は困ったように

全く同じ顔を見合わせる。

双子だったのだ。


「お…おいお前ら!俺を疑うのか!

この俺が貴族の息子と分かってて

物を言ってるんだろうなぁ!?」


「へっ何が貴族の息子だ、お前は

お袋の尻から出て来た正真正銘の

クソ野郎に決まってらぁ!」


「何だと……こっちにはまだ腕が

三本もあるんだ!人間程度に

遅れは取らんぞ、この外道め!」


「お、落ち着いて下さいってば」


「黙れ!俺に近寄るな!」


蟲人は駆け寄った警備員を振り払うと

自由の身となった少年を睨む。


「無礼討ちだ、ここで殺してやる!」


「ま、無理だと思うが頑張れよ。

しかし俺が相手とは運の無ェ奴だ…

何を隠そう、俺の名は」


バ ダ ァ ン ッ !


「はうっ」


少年が自分を指差して名乗りを

上げようとした次の瞬間、

何者かに蹴り飛ばされた引き戸に

押し潰され、少年は倒れた。


「安心したまえ、もう大丈夫だ!

このラフロイグが来たからには

君たちに指一本も触れさせはしない!

さあ覚悟しろ曲者め!」


ショートヘアに男装という変わった

出立ちの魔族が芝居がかった

口調と共に剣を抜き放ち構える。


「我が剣技の錆に……おや?

曲者はどこだい、逃げたのか?」


「……あのう、足元にいますよ」


「なにっ!?」


ラフロイグはドアを持ち上げて

少年の存在を確認する。


「あっ……」


「すみません、失礼します」


「……死んじゃったの?」


「そんな訳ないでしょう……

反射も脈も心拍数も正常ですし

頭への衝撃で失神しただけですね」


「良かった!では彼は無事なのだな」


「まあ、冒険者の身体は魔素の

影響で常人よりもタフですから。

こうやって衝撃を与えてやれば!」 

 

パ ァ ン !


「痛った!」


「ほら、この通りです」


エイジが少年の首を掴んで

思い切り平手打ちを喰らわせると

彼は目を開けて起き上がった。


「アウッ…ご、ご親切にどうも。

今のは熱い一撃だったな、

それじゃ、また会おうぜ!」


「待ってくれ!」


ラフロイグは立ち去ろうとする

少年を素早く羽交い締めにして

そのまま両手で抱え上げる。


「少し休んだ方がいいだろう。

こうなったのは僕の責任だ……

身を任せてくれ、医務室まで

エスコートさせてもらうよ」


「ちょっ……大袈裟だぜアンタ、

肩貸すだけでいいよ、自分で行く」


「今の状態で歩かせるのは酷だ」


「いや……元を正せば俺が……

あの、マジで……離せってば!」


抵抗された瞬間、ラフロイグは

無言で少年に顔を近付ける。


「な、なんだよ……」


「これ以上君の身に何かあれば、

僕は自分の事が許せない……

少年が常に強い戦士でありたいと

思うように、僕も騎士としての

責務とプライドがあるんだ」


「そ、そうか……よく分かった。

頼りにさせてもらおうじゃないの」


「任せてくれ、少年!」


ラフロイグは割れ物でも扱うかの

ように少年を抱え、慎重に階段を

降りてゆく。


「……アクルス」 


「えっ?」


「俺の名前だ……覚えといても

損はねェと保証してやるよ」




ー続くー

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