黒魔術の正しい使いかた 旅立ちの章
@AHOZURA-M
Battle:1 別れと旅立ちは紙一重
「うっ…ひぐっ……」
「ファファファ、偏屈な婆がようやく
くたばるってのにおかしな子だね!」
愛弟子の涙を枯れ枝のような細い指で
拭うと、老婆は豪快に…しかし、弱々しく
小さな声を上げて笑った。
「アタシだってお前さんの面倒を
あと少しくらい見てやりたいがね、
寂しがり屋の爺さんがあの世で
呼んでるんだよ……あの人、ウサギの
獣人だからあんまり待たせると
もう1回死んじまいそうだし」
弟子として、いつかは迎える光景…
ここ数日の容体から覚悟はしていたが、
やはり湧き上がる感情を御するのは
16歳の少女には難しかった。
「でも私…おばあちゃんにまだ何も」
「馬鹿言え!若いのを大勢見て来たが
マヤ……お前さんほど一緒にいて
退屈しなかった弟子はそう居ないよ」
本心だった。黒魔術師が寿命で
死ねるケースというのは多くない。
奇異の目や偏見を避けて魔物の棲む
人里離れた危険な地域に住む上、
半数が契約や儀式の失敗、若しくは
古き悪しき風習である「魔女狩り」に
よって道半ばで命を落とすのだ……
彼女が400年という途方もない人生を
平穏に終える事が出来るのは、
弟子に恵まれたからに他ならない。
「少なくとも……私は幸せだったよ。
アンタのお陰でここまで来れた。
だから謝る事なんて何もないんだ」
墜落した飛行機の残骸と一緒に
異世界に転送され、死にかけていた
自分を拾ってくれたのが彼女だった。
薬草の見分け方と化粧水の選び方、
黒魔術を教えてくれたのも彼女だ。
「……ありがとうね、マヤ」
「うん……またね、おばあちゃん」
固く握った手から熱が逃げてゆく。
老婆は、最期まで笑っていた……
自分のお陰だったのだろうか?
そうだとしたら、とても嬉しい。
まだ涙は止まらないが、それでも
数日ぶりに前を向く事が出来た。
ー数日後ー
「偉大なる魔女マーサ、ここに眠る。
3月11日 最後の弟子マヤにより埋葬」
「これでよし、と……」
マヤは遺言書に従い、ベッド下に
隠された春画を全て燃やし尽くすと
瓶詰めのハーブ酒とSランク冒険者
「スワッシュバックラー」のサイン入り
ブロマイド、杖を骨壷と共に埋めた…
これで化けて出る事はないだろう。
「本当にお葬式やらなくて
よかったのかな、おばあちゃん…」
万が一に備えて他の弟子の連絡先も
全て処分し、葬式は絶対にするな。
魔女狩り対策としては完璧だが、
少々味気なさを感じる。
「さて……ステップ16まで終了!
次が最後の遺言になるのかな。
えーと何々……ステップ17、
自分の部屋の床板を剥がせ?」
バキッ!メリメリ……バキャン!
埋葬の時に使ったスコップで
床板を破壊すると、中からは
年代物の旅行カバンが姿を現した。
「あっ!」
マヤが中を確認すると、そこには
少し錆びたガレージの鍵と見た目より
多く物を入れられる魔法の収納袋、
それなりの額に換金できそうな古銭、
そして美麗な筆記体で書かれた
魔法学校への推薦状……
「覚えててくれたんだ…!」
この推薦状があれば筆記試験を
パスして二次試験に挑む事が
出来るようだった……マヤの顔が
一気に明るくなり、口元が歪む。
黒魔術師として表の歴史に名を残し、
後世の同胞が大手を振って歩ける
ような時代の先駆けとなりたい。
それはいつかマヤが語った夢への
切符であり、マーサが彼女の実力を
認めている証拠でもあった。
「ぃやったー……って、ウソ」
だが推薦状の裏面を見た瞬間、
マヤは絶句した。
「おばあちゃんの推薦状の
有効期限、来月までじゃん!?」
推薦状に同封されていた書類を
見る限り、指定された学校の住所に
到着するまで最低2週間はかかる。
「あわわっ、あわわわわわっ!」
マヤは大急ぎで荷物をまとめ、
ガレージの鍵を開けて箒に飛び乗る。
バ シ ュ ウ ン !
「わわーっ!」
ハンドルを掴んで魔力を込めた瞬間、
チーターが泣いて詫びる程の速度で
箒を発進させたマヤは目を回しながら
山を超えると街の上空を飛び回り、
最寄駅を発見して急降下する!
「えーと、確かこの辺に学生送迎用の
緑色の客車が……あったァ!」
マヤはローブの裾を掴んで疾走、
サッカー選手に蹴り飛ばされた
ボールのように閉まりかけの入口を
目掛けて頭から客室にダイブ!
ビ タ ー ン !
「ぎゃん!みゃ、間に合ったァ…」
豪華な絨毯が敷かれているとはいえ、
凄まじい勢いで顔面を強打すれば
痛いものは痛い。涙目になりながら
起き上がると、目の前には険しい
表情を浮かべた青年が立っていた。
彼の目は細く美しい一本の糸を
思わせるもので、手入れされた髪は
この日の為に切り揃えたようだ。
金属繊維の糸で編まれたと思しき
ウェットスーツのような装束の上から
機能的な黄色い上着を羽織っており
整った見なりからして大企業の
御曹司や貴族階級にも見えたが
古びた作業用のスニーカーを
履いており、素性は分からない。
「……浮かれに浮かれて周りの迷惑を
考えられない知能指数の低い人たちと
一緒になりたくないのでわざわざ
始発に乗ったのですよ、ワタシは」
「あうっ……ご、ごめんなさい」
マヤは怪訝そうに差し出された
青年の手を取って立ち上がると、
テーブルを挟んで彼の向かい側に
荷物を置いて座った。
「……数秒前に言われた事も
理解出来ないのですか、あなた?」
「へへっ、ちょっと心細くて……
でも優しくしてくれたし、後から
怖い人が乗って来て嫌な思いする
よりはいくらかマシかなって」
「はぁ……まあいいでしょう。
御一緒するのは行きの電車だけに
なりそうですし、構いませんよ」
「やったー!私マヤ、よろしく!」
マヤは握手をしようと手を差し出し、
瞳を輝かせて青年を見つめる。
「……あの、握手を求める側は
常に目上の人間というのが基本的な
マナーでして……」
「へぇ、そうなんだ!」
「ワタシのことバカにしてます?」
「してないよ!する必要ないし」
青年はマヤの事を睨んだ……
心底軽蔑している冷たい目だ。
「うぐっ……この……そこ!
手をにぎにぎして催促しない!」
「えへへへっ」
彼はマヤに悟られないように
行き場のない感情の波を制御しようと
試みたが、失敗に終わったらしく
観念してマヤとの握手に応じた。
「……エイジです、短いお付き合いに
なるでしょうが、どうぞよろしく」
青年の手袋からは温度を感じない。
裏地に細工でもしているのだろうかと
マヤは一瞬だけ訝しんだが、すぐに
テーブルに立ててあるメニュー表を
見て頭から疑問を追い出した。
「ねえ見て凄いよ、いっぱいある」
「まっ、これ程グレードの高い
名門校なら貴族や富裕層の子供も大勢
乗って来るでしょうし、当然ですよ」
ピンッ!コポポ……
エイジは予想通りといった感じで
退屈凌ぎのようにメニュー表を眺め、
瓶に入ったコーラを小型冷蔵庫から
取り出すと、王冠を親指で弾いて
スパイスと糖分の濃縮液を口に含む。
「あ、メニュー決まった?」
「……結構です」
気まずい沈黙が流れる中、耐えかねた
マヤは周囲を見回す。田舎の始発駅を
出たばかりという事もあってこの列車
全体でも乗客は5、6人といった所だが
名門校の筆記試験を勝ち抜いて来た
世界中の有望な実力者が揃っている
だけはあり、既に列車内は強い魔力や
鋭い殺気、闘争心に満ちていた。
その中には既に現役の冒険者として
通用するのではないかという強力な
覇気を持った者も少なくなく、
楽観的なマヤも気を引き締める。
(そうだ……この人の言う通り、
ここは全国の魔法使いや冒険者の卵が
立身出世を夢見て集まる場所なんだ)
プシューッ……
「タウンゼント駅に到着しまァす」
ザッ、ザッ、ダッ
送迎列車が煙を吐くのをやめると、
博愛精神とはまるで無縁の緊張感や
凶暴性を剥き出しにした顔触れが
続々と列車に乗り込んで来る。
スパイダー・シルクのローブを羽織り
ミスリル製の杖を持ったエルフ。
シャツの上からでも分かる程の
屈強な肉体を持った水牛の獣人。
何本ものサーベルを背負い、
インド映画のヒーロー役を思わせる
異国風の装束に身を包んだ蟲人。
生まれや種族、身分、性別を問わず
あらゆる若手魔法使いが集う光景は
未だ元いた世界の常識が抜けない
彼女にとっては怪獣映画のような
独特のプレッシャーを与える。
「えーッ、出発しまァす」
挑戦者の大半が席についたのを
確認すると、車掌はドアを閉じて
レバーを引き、列車を走らせる。
事実、ここにいるほぼ全員が
列車内で過ごす意義は単なる
移動のためでしかないと思った。
だが、今、この瞬間から確かに
立身出世をめぐる熾烈な戦いは
確かに始まっていたのだ。
ー続くー
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