第10話
あれから坂東さんと下校し、彼女の家というか、彼女の父が用意したというマンションにお邪魔した。
そこは学校からほど近い10階建てのマンションの一番上で、リビングのベランダから学校のグラウンドが見えていた。多分手を振れば誰かわかると思う。
話の流れから、どうやら彼女の家は複雑なようで、詳しくは聞いて欲しくなさそうだったので尋ねなかったけど、結構広いこの家で、姉と二人暮らしをしているそうだ。
そしてその内の一部屋に案内された。
そこは中学のカバンっぽいのとか制服っぽいのとかぬいぐるみとかが、木製の二段ベッドと共に飾られていて、小学生とか中学生まで使っていたようなある種の懐かしさを感じる空間だった。
あまりにも坂東さんと違い過ぎるけど、自室なのだろうか。
ベランダ側だろう部分は、その二段ベッドで完全に潰していて、せっかくの光は電気をつけないと暗すぎる部屋だった。
ただ、どう見ても楽器らしきモノは縦笛しかない。アンダルシアとかペルー音楽とかだろうか。
ぼくと坂東さんは、部屋の真ん中、白のローテーブルに対面して座った。
「さ、打ち合わせしよ。ちょっと最近マンネリ気味でさ〜」
「マンネリ…」
「…なん? まあ、ファンには悪ぃけどね。どーもモチベ下がっててさ」
ファンなんてもういるのか…音楽と容姿は関係ないとは思うけど、彼女は可愛いし、それはそれで納得できる。
確かに彼女が縦笛なんて吹いていたらギャップがすごいのかもしれない。
でもモチベーションが下がるのをぼくがどうにかできるとは思わないし、彼女がぼくに何を求めてるのかはまだわからないけど、部屋の中の甘ったるい匂いが鼻に突き抜けて意識しないようにって思えば思うほど、話が全然入ってこないし、ローテーブルに両肘を乗せているせいか胸の谷間がいつもより深い。
またインフレ率が高まってしまう。
嘘だ。家に入った瞬間にもう硬くしていた。
だって何かいい匂いなんだもの。
「ふふ。で、まあ、そこで佐伯の出番ってワケ」
「で、出番…?」
そう言って坂東さんはローテーブルに赤いノートPCを乗せて起動した。
そのノートPCの背面には、メモ帳が貼られていて、何か絵とともにびっしりと書いてあった。すぐに二人で画面を見れるようにと移動させたからよくわからなかったけど、何なのだろうか。
「…いじめに負けるな?」
つい、口に出してしまったけど、それだけは読めた。曲のタイトルか何かだろうか。
「あー、それ見えた? …アタシ小中いじめられててさ。地味子でね。高校デビューってやつ? で、姉さんが度胸つけようってさ」
そう言ってるうちにPCが立ち上がった。その画面には、女の子とかカップルとかのサムネイルがいっぱい並んでいた。
それよりいじめだって? 坂東さんが?
「それは、何と言っていいか…」
「え? あはは、もう気にしてないから気にしないで。ま、最初は渋々だったんだけどさ、画面の向こうの人は他人とはいえ大人じゃん?」
大人…? 何でわかるんだろうか。
「だから悩みとかも聞いてくれたりしてさ。毎週火曜と木曜だけだけど、続けてきたんよ」
火曜と木曜…?
「じゃあ、もしかして彼氏って言うのはここの?」
「あ、わかった? そそ。ファンのこと。メイクは配信日にしてもらっててさ。だから昨日はなかったんだけど、林間学校とか夏休み近いじゃん? 割と告白ブームなのよ。うちの学校。知ってた?」
「知らなかった…」
そういうイベントに死ぬほど疎いのは自分でもわかってるけど、急に話が飛んだ。
「あーしも昨日、男子に告られてさ。しかも小学校の時あたしいじっていじめてた奴。覚えてないのがまたムカつくし。だからなんか急にムラム…じゃなくて緊急配信したくなってきたから佐伯探してたってわけ」
その男子のせいでぼくはこんな目に合っているのか…。学校で脱いだぼくが悪いのはわかってるけど、何ともやるせない気持ちになる。
「付き合わなかったの?」
「ないない。ふざけんなって方が勝ったかな。それにそれなら佐伯に頼まないじゃん。家入れた男子初めてだし…」
初めて…女の子に言われると、これほどギターに響くものなのか。いや、坂東さんも篠崎さんも新井田さんも耳に声が可愛いんだ。
「ネットで募集すんのもなーって感じでさ、かと言ってファンの中からは嫌だし、口固くて従順な男の子探してたんだよね。したら本日めでたくマッチングしたし。いぇ〜パチパチパチパチ」
「お、脅したよね?」
「ん〜? 何か言った〜?」
「何にもないです…」
「みんなびっくりすると思うし。にししっ」
「…あの、もしかしてだけど、このライブ配信にぼくを…?」
「せいかーい。佐伯には後半登場してもらいまーす。うれしいっしょ」
「う、嬉しくないっ!! 嬉しくないよ!! それにバレたらどうするの!?」
そんなの嫉妬で殺されてしまう! それくらい坂東さんは可愛いんだよ!? 言葉にはしないけど!
「ふふ、大丈夫だって。あたしもそこまで馬鹿じゃないし、あんたのメイクの凄さ、私が教えてあげる」
そう言って坂東さんは僕にメイクをするよう言ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます