第8話
あれからぼくは脱いだ。
すでに脱いでいた篠崎さんの時と違って自分から脱ぐなんてとても恥ずかしかったのは言うまでもないけど、ただ、彼女の瞳は真剣そのもので、それは彼女の言うアートってモノの為だと理解してしまえば、そこまで抵抗はなかった。
だって最初にぼくの手首を掴みスカートに突っ込ませ、写真を撮らせてくれたもの。
「なんといいますか、おそらく先輩は撮ってくれないんじゃないかって」
「…」
「さあ、さっそく始めましょう」
そんなことを無表情で言いながら指定してきたポーズとか配置とかは割と難しかった。
ポーズの手本はどこかの現代アートの巨匠が作ったとされる、1/1フィギュアがモデルだった。
アニメのキャラクターみたいなそれは、大股を開き、足を真っ直ぐにし、右手を斜め空に、左手をギターに添えて……空中にばら撒くという、前日の篠崎さんとのこともあって、物凄く生々しくも恥ずかしい等身大のフィギュアだった。
作った人は馬鹿なんじゃないだろうか。
「何十億ですよ」
買った人は馬鹿なんじゃないだろうか。
アートってなんだろうと渋々従うと、徐々に盛り上がってきて、どこか成り切ることの高揚があって、いや、おそらく彼女の真剣な瞳に飲まれていたんだと思う。
それからいろいろな視点でデッサンし出した新井田さんは、ほんとに真剣で、ぼくはそのフィギュアの「不敵な笑み」を浮かべることこそ出来なかったけど、恥ずかしがることが自意識過剰に思えてきて、何より先輩だからと、真剣にポーズをとっていた。
「本当に男の子の身体って不思議ですよね」
「…」
「いえ、現象は理解しているのですが、まだ何もしていませんし、環境がそうさせるのでしょうか」
「…」
「クラスの男の子達もよく私を見てくるのですが、ということは私で…? 貧相なのはあまり関係がないということでしょうか」
確かにぼくは君をオカズにしてしまったことはあるし、貧相なのは関係ない…と思う。少なくともぼくはそう思ってない。
「あれ? 怒ってます?」
『いっ、いや、これは、怒ってるわけじゃなくって…その…』
インフレイトだった。限界がやってきていた。だって普通に思い出して興奮するもの。
「ああ、そう言えばどちらが良いですか? 未処理と処理済みと」
「っ! ……し、し、自然の方がっ、はぁっ、はぁっ、よろしい…かと…!」
「…ふふ、先輩ならそう言うかなと。輪郭の表現が変わりますしね。それとも…変えるのが怖いんですか?」
「はぁっ、はぁ、そ、そんなこと…」
「では私も脱ぎますね」
「いっ!? い!いや、いいよ!」
「あ、ポーズはまだそのままでお願いします」
そう言って、新井田さんは、ブラウスのボタンをゆっくりと丁寧に外していった。上半身が露わになるごとに、目眩がするような興奮を覚えた。
『は───っ、は──っ、は───っ、は─っ、っく…!』
『…? ふふっ、ほんとだ。怒ってない』
同級生の友達に言うみたいにして、小さくそう呟いた彼女は、シャツは脱がずグレーのブラだけ器用に外し、そのあとスカートに手を入れ、するするとパンツを膝下まで脱いだ。
それはブラとは違う水色で、新井田さんらしくないような、そんな光沢を放っていた。
白の薄い夏服の下にあるであろう二つのそれと、半脱ぎの彼女の水色。
そしてその無表情な顔が、それらを一気に犯罪臭くした。
そんな趣味はないけど、だからか、ぼくは添えていた左手でギターをボロロンと鳴らしてしまった。
本当は止めようと握ったんだ。
だってイライラが限界だったんだもの。
「えっ、あ、ああ…ああ──っっ!」
「うわっ、えっ? 先輩…? もしかしてこれ…。はー…」
「ごごごごめ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
そうしてぼくはまた、篠崎さんと同じように、どうやら彼女にドローイングしたらしく、裸のまま土下座して謝り倒した。
無意識だけど、ぼくは果てる瞬間目を閉じる派だったから。
しかし彼女は、逆にお礼をしてきた。
「先輩、ありがとうございます」
「えっ…?」
「ふふ、元ネタ通りとまではいかないものの、大量でしたね──」
そんなわけで、ベトベトにしたぼくは、興奮冷めやらぬまま、ヘトヘトになりながら家に帰り着いた。
『──よく撮れていればいいのですが』
これ絶対他にもカメラあるパターンじゃないかって気づくのは、家に帰った後の、何度目かの賢者になってからだった。
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