第6話

 結局その後も、父と篠崎さんのお母さんが帰ってくるまで質問とお預け攻めされて、ぼくのインフレは留まることを知らなかった。


 篠崎さんも楽しくなってきたのか、学校の時の彼女のようにきゃっきゃっと笑っていた。


 女の子にあそこまで笑われたのは、中学二年生以来だったけど、篠崎さんの笑いには悪意や嘲るようなものではなかったのが救いだった。


 おそらくそんなことをされたならパニックに陥ってしまう。


 中学二年のあの時以来、ぼくは目立たないようにひっそりと過ごすようになって、学校もみんなが行くようなところじゃなくて、頑張ってようやく平穏を手に入れたと思っていた。



「彼氏がさぁ、手のひらに顎乗せたら可愛いからって。もーチョー恥ずかしかったよ〜」


「それ顎乗せチャレンジじゃん」



 朝の通学時間。ぼくは電車の中ではしゃぐ女子高生のそんな声に、そんな昨日の事を思い出した。そしてまたスマホを見た。



『三両目の一番前』

「はしっこ」

『そこにいてね』


『わかりました』


 篠崎さんからのメッセにスタンプでそう返し、その指定車両の隅っこでソワソワしながら彼女を待っていた。


 胃が重くて痛いし怖い。


 何をさせられるのか、まったくわからない。


 彼女は確か友達と通学していて、いつも誰かと一緒だったように思う。


 集団の女子なんて、ぼくの一番苦手なことだけど、奴隷のぼくに拒否は出来なかった。



「…」



 窓の外を見ながら昨日の篠崎さんと話したことを思い出す。


 実は彼女の母とぼくの父が友人だったようで、仕事の都合で篠崎さんの母が不在になるため、夏休みを挟んで二か月ほど預かることになっていたようだ。


 高校生なんだからそんなことしなくて一人暮らしを満喫すればいいじゃないかと思ったけど、どうやら彼女から言い出したらしい。



『──おじ様に頼んだの』



 彼女はぼくの父とは昔から顔見知りのようで、父は二つ返事でOKしたそうだ。ぼくはそんなこと一つも聞いてなかったし、父はそう言う大雑把なところがあるから変に納得した。


 でも我が家唯一の大黒柱は出張気味であまり家には帰って来ない。


 つまり大半を篠崎さんと二人きりで過ごすことになる。


 そんなシチュエーションなんて、ちょっとエッチなラブコメディじゃないんだから、そこは普通に断って欲しかった。


 ぼくにその環境は荷が重すぎる。


 誰もがメンタル鋼ってわけじゃないし、猛るギターもそうだけど、学内の誰かに知られたらぼくの高校生活は終わりを迎える。


 ラッキースケベには遭遇したけど、でもあれラッキーなんかじゃないと思う。


 まあ、オカズにされたのに怒ってないことは、幸いなのかもしれないけど。



「おはよう、佐伯くん」


「お、おはよう、篠崎さん」



 乗ってきた篠崎さんと小さく声を交わしてから、そのシャンプーの匂いに、昨日を思い出してしまったぼくのギターは、諦めない勇者のように、また再び立ち上がろうとしていた。


 だって彼女のそのとびきり綺麗な顔に、ぼくはどうやらべっとりとドローイングしたらしいんだもの。



『──結構嫌いな味かも。匂いは嫌いじゃないかな。傑くんも試してみよっか』


『──おぶっ!?』



 目隠しされてたからわからないけど、でもなぜか彼女は咎めず、ぼくと同じくらいに興味が津々だった。


 でも口に入れるのは反則だと思う。



「…」



 鼻につきまとうシャンプーの匂いと口の中に広がる苦い味を強制的に思い出さされ脳がバグっていたら、今日のミッションが下された。



『今日は盗撮ね』

『一回されてみたかったの』

『スカート少し短くしたから』

『よろしくね』


『友達も乗って来るけど』

『頑張って』



「…」



 これ自体が罠って気がしてくるけど、こちらをチラリとだけ見た彼女の綺羅綺羅した眩しい笑顔と期待に満ちた眼差しは、どうにも拒否出来そうになかった。


 そんな彼女の後ろ姿を眺めていたら連絡がきた。



『今日はエロいパンツ』

『興奮するよね』

『しない?』

『するよね?』

『するって言わないでいいの?』


『します』

『だよね。わたしも⭐︎』


『後で感想聞くから』

『撮らないのも見ないのも』

『ナシだよ』



 そんなわけで、この篠崎さんの興味と性欲を満たす為のお手伝いをすることになってしまったのだけど、ノミみたいな心臓のぼくには荷が重いし、ドキドキもあるけど、このミッションはそれ以上にハラハラとして怖かった。


 だってこれ、普通に犯罪だもの。


 篠崎さんは嘘つきだ。

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