第2話

 冷房の効いた教室が、ガヤガヤと騒がしく熱いのは、来るイベントのせいだった。


 ぼくが通う落合高校では二年の今時期に行く、遠く信州での林間学校が控えていた。来週に迫るそのイベントを前に、クラスメイト達は明らかにテンションが上がっていた。


 今は五限を潰してのその説明の時間で、先生はそのスケジュールや諸注意を懸命に話してくれるけど、話半分で聴いていた。


 ぼくはまったくその逆で、自身の抱える頭の痛い問題をどうしようかと考えてテンションが下がっていた。



「林間学校楽しみじゃないん?」



 説明会だるいなぁって顔をしながら隣の席の女の子が話しかけてきた。


 派手に見えるギャル系の子で、うちの校則大丈夫ってくらいに赤っぽい髪にして、ゆるいパーマまでかけている阪東ばんどうララさんだ。


 リボンもボタンも外し、代わりにアクセサリーを覗かせている大胆な胸元や、椅子に座っただけでもむちりとした太ももがこれでもかと見えているスカートの短さが、これで同じ二年生なのかと思うほど女の色気を発していた。



「そ、そんなことないけど」



 嘘だ。自然は嫌いじゃないけど、億劫だなって方がどうしても勝つし、それに先程から頭の中、九割を占めている痛い問題がある。



「佐伯、今日朝からなんかおかしくない?」


「そ、そうかな? ど、どの辺が? べ、別に普通だけどっ」


「ふふ、急にキョドるなし。何となくそんな気がしただけ〜」



 ギャルメイクを鎧や戦闘服だと捉えているぼくにとって、彼女達ギャルの発言は恐ろしさを持っていた。


 恐ろしいって言ってもそれはいじめとかじゃなくて、割と的確な一撃を不意に放ってくることがある。


 この間だって昨夜みたいにオカズにしたことを見抜かれた──のかはわからないけど、今みたいに言ってくることがあった。


 ぼくに足りない洞察力が彼女達には備わってる気がしてならないし、その大きな瞳で見つめられたらキョドってしまう。


 罪悪感からくる被害妄想かもしれないけど、この事実は隠さないといけない。加害妄想はぼくで被害女性は彼女なんだ。


 そんな風にオカズにして悪いとは思うし申し訳ないとも思う。


 でもやめられない。


 ぼくは中学のある日から、性欲がおかしくなってしまっていた。ある種の自衛行為だとは思うけど、本能に抗えない。


 その自覚はあるのに、どうにも妄想が止まらない。


 隣になった時、彼女はぼくなんかの容姿も部活も馬鹿にしなかった。メッセやスタンプもくれて、気さくに話し掛けてくれる、割と貴重な青春なんだ。


 バレるわけにはいかない。


 もうあの時の二の舞は起こさない。



「何、もしかメイク変?」


「い、いや、全然…」



 そんなバッチリ決まった彼女から目を逸らして、配られたプリントを見る。


 自然の中でゆったりと過ごすことによって、人間が本来もっていた自然観をより一層大切にするとともに、偉大な自然の中での人間の存在を心から感じ、お互いに手を取り合って共に生きていこうとする心情を養う。


 なんて、小中とあまり変わらないようなことが書いていたけど、選択制の体験実習がその違いかもしれない。


 坐禅とお香作り、その二択か…。


 坐禅でぼくの煩悩が止められるとは決して思えないし、姿勢もいろいろまずそうだ。でもお香も匂いによってはかなりまずい。


 どうしよう。



「佐伯、また変な顔してんよ?」


「そ、そうかな?」


「あと、チラチラ胸とか足とか見過ぎ。あたしはいいけど気をつけなよ。男の本能らしいから仕方ないけどさ〜」


「ごッ、ごめんっ」

 

「お、今謝った? うっし、ならまたお願い聞いてもらおうっかな〜?」


「あ、うん」



 彼女はたまにメイクをしてと頼んでくる。今日はおそらく他校にいる彼氏との放課後デートなんだろうけど、性格なのか、絶対にただでは頼んでこないところが良い人の証だった。


 きっかけは坂東さんがたまたま読んでいた雑誌の中に父の姿を見つけたからだった。


 そこから少し話すようになり、頼まれるようになった。


 でもそんなことしなくても言ってくれたら全然協力するし構わない。まだ少し美少女は怖いけど、メイクだと思えばまだ大丈夫。


 それにだってどうしたって貰いすぎちゃう期待しかないんだもの。


 それくらい彼女の目を閉じた顔は可愛いし、谷間が見放題になって硬く固くなってしまうんだ。


 たぶん、今夜はまた君に決めた。

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