第2話 「最後は一人」

  どんな作業環境であったのかといえば「サウナの中で一日中、動き回っていた」ような世界。

  幅50センチ・高さ30センチ・長さ10メートルの電気炉(真っ赤になった上下の熱線)の中、鉄のベルトコンベアーに乗ったアルミ製品が、これまた真っ赤になって次々に送り出されてくる。それを石綿の手袋でつかんで棚に並べ、大型の工場用扇風機で冷却する。素手でさわれるくらいになったら、新聞紙に包んで段ボール箱に詰め、一杯になったら、工場の外へ山積みする。


  単純作業だから楽、といえばそうではない。夏の太陽に焦がされたトタンの屋根と壁に囲まれた作業場それ自体が、巨大な火炎炉のようなもの(冷房なし)。電気炉の吹き出し口(排出口)は200℃くらいの高温ですから、眼鏡と腕時計は外していました。

  8時半に開始して、昼の12時まで休みなし。真っ赤に焼けた製品がどんどん出てきますから、1分と休めない、水も飲めない・トイレにも行けない(汗も出ないほど身体はカラカラですから、トイレに行くこともない)。

  昼飯は45分間、庭の直射日光の下で(肉体労働者用)仕出し弁当とヤカンに入ったぬるいお茶。食わないと死ぬ(と、その時思った)ので、特盛り牛丼1.5倍くらいの白飯を無理やりお茶で流し込む。15時に10分間休憩以外は、21時半までぶっ続け。


  そんな環境下ですから、意識は朦朧として、時に、素手で真っ赤に焼けたアルミを触ろうとしたり、逆に、手袋をしたまま冷えた製品を新聞紙に包もうとして四苦八苦し途中で気づいたり、と普段絶対にやらないようなミスをする。

  畳10畳くらいの空間に私一人なので、誰も注意したり・手助けしてくれない。 大学で日本拳法の練習をやる時のように、みんなで声を掛け合い、なんとか辛い練習を乗り切るなんてこともできない。自分で自分に「頑張れ」なんてエールを送るも何も、意識が飛んでふらふらになっている幽霊のような自分に「激励」なんてものは意味がない。

  「真の自己・素の自分」以外、誰も(助けてくれる人は)いないのです。


  伊澤先輩が大学の卒業時「最後は一人」と色紙に書き残したのは、かつて、同じこの作業をやられたご自身の経験から(の境地)ではなかったか、と今にして思います。 →  拙著「思い出は一瞬のうちに」「名言集」

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