27
「じゃあ、私たちはこちらですので」
「またね」
「また」
「またねー!」
「おう、またな」
笑って勢いよく手を振ると、隣に座っているセシルがそれにならって手を振る。その様子が少しかわいく思えて、後ろから抱き着くとセシルは驚いたような声を上げた。
じゃれ合う子供たちを微笑ましく見守りながらアネリは思わず笑った。
「おいおい、アリア。起きたかと思えばずいぶんと元気じゃないか、落ちるなよ」
「私なんかもう家に入った瞬間に気絶しちゃいそうだ」
「そりゃもう箒に乗らない方がいいね」
老婆の姿に戻ったエリスだが、箒に乗る姿は現役の魔法使いに劣らず安定している。嘆きながらため息をついたレーナは、しっかりと箒を持ち直すとアネリの方を勢いよく指さした。
「今日はとりあえず解散…と言いたいとこだけどアネリたちは私の家にお泊りだ」
「え、おとまり!?」
その言葉にわくわくとした様子で反応したアリアを見て、アネリは呆れたように手で顔を覆った。
「子どもを誘って退路を断つのはずるくないか?」
「これは真剣な話だからね、いつ話したって構わないだろうけど早めに話した方がいいだろうと思って」
「それは…まあそうだろうが。なんにしたって明日でもいいだろ?お前も疲れてるだろうし」
「心配してくれているのかい?いい子だね、でも今日のうちに話しておきたいんだ」
「それに、明日からまた取り掛からなくちゃいけない別の仕事もあるしな」
大人たちの話はよくわからない。眠そうな顔をしているセシルの手を握りくすぐると小さく笑みを零したセシルは反対の手を握ってきて、布越しにこちらを見上げた。鼻先が触れそうなほど近い距離でクスクスと笑いあう。出会って間もないのに以前からそうしてきたように、一緒にいるのが自然に感じた。
師匠は何とか言いくるめられたらしく、今夜は里長の家に泊まることが確定したらしい。口を変な方向に曲げた師匠の顔が面白くて思わず笑うと、頬を軽くつねられた。
「師匠は師匠の家におとまりするのは好きじゃないの?」
「…本人の前で言えることじゃないが、正直あんまり気は乗らないな」
「ひどい!いつでも帰ってきていいんだよ?アリアは喜んでくれるしねー」
ねー、と顔を向けられて大きくうなずくと師匠は大きなため息をつきながら、あきらめたように両手を挙げる。
「わかった、わかったよ。とりあえず今日は泊まろう」
「決まりだ」
今乗っている絨毯の横まで優雅な動きで近づいてきた里長とこぶしを合わせる。セシルは不思議そうな顔で見ていたが、真似をするように手を出してきたので三人でこぶしを合わせた。
「それにしても君もこの里には慣れてきたようだね」
「…?」
里長に撫でられたセシルは迷子になったような顔をした。ここ数日、一緒に過ごしていて彼が人に撫でられるたびに、どうしたらいいのかわからないように決まりが悪そうにわずかにうつむくことに気付いた。もしかしたら人間のマチが恋しいのかもしれない。
師匠からは人間の住む場所はマチと言って、かつては魔法使いたちも暮らしていたのだと教わった。ある時、人間と魔法使い同士がケンカをして仲直りもできないほどの争いが起きた。それ以来、魔法使いたちは人間たちのマチからこの里に移り住んで静かに暮らしてきたのだ。
一言も言葉を発さぬままのセシルに里長は優しい声音で話しかける。避難所でいろんな魔法使いを見たから慣れたと思っていたが、改めて話しかけられるとどのように話したらいいかわからないのかもしれない。
「大丈夫、きっと馴れるさ。ここは君を歓迎しているからね」
「そうさ、この里に来た子らは等しく尊重される。私たちは家族だからね」
握る手の力が少し強くなる。セシルの顔を覗き込むとわずかに震えていた。
「…?」
「さあ、家が見えてきたぞ。お年寄りのお節介もその辺にしておいてやってくれ。大人たちがあんまり口出ししすぎるのもよくないんだぞ」
師匠の方を思わず見上げるとほぼ同時に、遠くに見え始めた巨木を指しながら師匠が吹っ切れたような明るい声を上げる。しかし、二言目の言葉には少しとげがあった。その言葉を聞いた里長たちも口をつぐんだ。セシルは師匠の言葉を聞いてからほっとしたように息を吐いた。
「あぁ…怖がらせてすまないね。私は君たちを迎えるための準備をするからお先に失礼するよ」
「私も手伝おう」
気まずそうに頭をかいた里長たちは速度を上げて飛び去って行った。それを見送ってアネリは大きくため息をつく。昔から意外なほど細やかに気を遣うくせして、妙なところで無神経なところは変わっていないようだ。
「悪い人たちではないんだ、あの人たちが無理だってお前が言うならすぐに引き上げるからな」
アリアとセシルの方を振り返るとアリアと繋いでいない方の手で強く服を握っているのが見えた。繋いだ手にもわずかに力がこもっている。アリアも心配そうにセシルの背をさすっていた。
きっとあの人が誰もが幸せに暮らせるようにと砕く心は本物だ。しかし、時にそれは毒になりうる。彼に家族に大切にされた記憶が多ければ多いほど、新たな家族を受け入れるのには時間がかかるだろう。普通なら人間不信になってもおかしくないほどの経験をした彼が今、こんな風にアリアと寄り添い合っているのすら奇跡に等しいと言える。
息子を思うあまり怪物のような姿になってでもここまで彼を追ってきた彼の母、チェルシーとアリアの母であるアリスを思い出す。たくさん愛して、愛されてきたのだろう。例え、家族が死ぬ瞬間を覚えていなくともきっと胸の底に消えぬ悲しみはあるに違いない。
普段は感じることはない感傷に思わず苦笑する。アリアと一緒に抱きしめると、感情をすべて吐き出すような大きな深呼吸をした。しゃくりあげるような声が聞こえてくる。
なぜか安堵した。親切の方向がいつも空回っているハヴィに記憶を消された話を聞いてからずっと、感情も一緒に消されてしまったのではないかという不安が常に胸にあったからだ。
「やっと泣いてくれたな」
しがみついてくるその小さな手を優しく包みながら、泣き疲れて眠ってしまうまで寄り添っていた。
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