20

 人間と魔法使いが共存していた時代、人の中からまれに生まれる魔法使いは神の使いとさえ呼ばれ、それはそれは重宝されていた。それがいつしか、ひどく目障りな存在として迫害されるようになって早500年

 そのきっかけは一人の魔女と一人の人間の男だった。詳細は割愛するが、この二人をきっかけとして魔法使いと人間の戦争が勃発し、それ以降、魔法使いという存在は人々がその存在自体が伝説のものだと思うほどに徹底して隠された。


 しかし、500年前から今日まで人間から魔法使いが生まれる確率はあまり変わっていない。


「じゃあ、人間の街でも身近に魔法使いがいたかもしれないってこと?」

「いや、そういうことは滅多にないな」


 いつの間にか興味津々で魔法使いと人間の確執についての話を聞いていたセシルは思わず口をはさんだ。確かに生まれる数が変わっていないのなら、どんどん魔法使いたちの存在の認知度が下がっていったのは不自然な話になる。


「魔法使いが生まれると、レーナに知らせが届くんだ」

「どうやって?」

「どうしてかは分からんがとりあえず生まれた町を察知して、選ばれた魔法使いがその子を迎えに行くんだ」


 ふと隣を見ると、焚火を拾った枝でつついていたアリアは首を傾げた。質問する前に師匠がうなずく。


「あぁ、言いたいことはわかるぞ。アリアもそうやって里に来た子だ」

「師匠が迎えに来てくれたの?」


 どうやらこれはアリアも知らない話だったらしい。枝を焚火の中に放り投げて興味津々にこちらを見ている子どもたちに少し決まりが悪くなったアネリは、一旦深く息を吸った。

 ぱちぱちと乾いた音とともに、火の粉がひときわ高く舞い上がって夜空に消える。


「いや、お前を迎えに行ったのはアルフィだった」

「?」

「ネルの師匠さん?」

「ああ、だけどこの話はまた今度な」


 不穏な思い出すだけでもおぞましく悲しい出来事に、背筋が薄ら寒くなる。何事も無かったかのように里内を歩き回っているものの、彼女は変わった性格の多い魔法使いの中でも危険視されている。子供たちに危害は加えないと誓わせたものの、油断したら何をしでかすかは分からない。争いの気配が漂う今の情勢は魔法使い側にとっても人間側にとっても不安定なものだ。しかし、子供達には大人の都合と言って背負わせるわけにはいかない。

 不自然に話を切ったアネリに、やや不満の顔を向ける子供たちをなだめつつ、夕飯の支度をする。気付けば日は傾き、少し肌寒い風が肌をくすぐった。


「とりあえず、二人とも手伝ってくれ」


 まだうずうずしている好奇心を引っ込めて、あれこれと喋りながら机の上に食器を並べて行く後ろ姿を眺めていると、ここ数日に起きた未解決の問題の数々が浮かんできて鈍い頭痛に襲われる。


「師匠どうかした?」

「いや、何でもない。お前こそあんまり元気がないな」


 心配げにのぞき込んでくるアリアに対して、わしゃわしゃと撫でてやると心配そうにセシルが手を握った。


「リウがいないの」

「…リウが?」

「?」


 一人何の話かわからず、疑問符を浮かべているセシルに簡単に説明してやる。彼女がアリアの母親であることは隠し、かいつまんで話していると、いつの間にか布が少しずれて朝焼けの瞳が覗いていた。そのわずかなずれを直した瞬間、遠くから響き渡った警鐘に全員が体を固くする。


「!?」

「くそったれどもが…」


 弟子に悪影響を与えないために使わないようにと、言わないようにしていた悪態が思わず零れて舌打ちをする。日の暮れた森は不穏にざわめき、周りでは鐘の音に起こされた大小の生き物たちが走り回っている気配に満ちる。


『里にいる魔法使い全員に告ぐ!今すぐに退避!退避!弟子がいない200歳以上は私のもとに集合!』


 突如、頭の中に声が木霊した。いざという時のために作られた思念伝達の術だ。術者に多大な負担がかかるため使われるのは相当な緊急時になる。通常時からは考えられないほど切迫した声を伝えているのはレーナだ。


「アリア、セシル、悪いがキャンプは中止だ」

「うん」

「これ大丈夫?」


 不安げに見上げてくるセシルに問われ、顎に手を当てながら考え込んでいるアネリにも若干の不安が浮かんでいたが、弟子の前で情けない姿は晒せない。


「いつもよりはまずい感じがするが、珍しいことじゃない。だからきっと大丈夫だ」

「とりあえず、安全な所まで逃げよう。戦いは他の奴らに任せるべきだ」


 不穏な言葉に既視感のある胸騒ぎがあったものの、一旦全ての懸念を捨てて帽子から箒を取り出す。


「乗れ」

「おっけー」


 空中に浮かせたほうきにアリアは慣れた様子で跨った。気遣う余裕もなく、困惑するセシルを抱えて箒に乗ったアネリはすぐに飛び立つ。空を飛ぶ経験が初めてのセシルは小さく悲鳴をあげて、アネリにしがみついた。


 家のある方向を見ると、里の中心部分で火の手が上がっている。里の入口をどこからか見つけてきた人間による侵攻だ。一ヶ月に一度あるかないかのものだが、最近は妙に多く、月に三、四回起きている。


「燃えてる…」

「今日のは派手だな」


 どこから呆然とした様子でセシルが呟くと同時に、別の場所で奇妙な音と共に炎が弾けた。辺りに魔物の唸り声のような低い轟音が響く。それと同時に迎撃のために集められた魔女が複数人飛んでいくのが見えた。


「みんなぶじかな」

「伊達に長生きしてるわけじゃない。お前らは自分の心配だけしてればいい」


 森を抜け、里の中心から離れた場所にある避難場所に向かう。しばらく空を飛んでいると、セシルの屋敷と同じくらいの大きさを持つ建物が見えてくる。


「…四、五、六、まだ六人しか来てないのか」


 避難場所の周りにかけられた結界の数を数えて、アネリは目を丸くした。少なくとも十人は来ていると思っていたが、いつもより少ない。 


 地面に降り、結界を一枚追加で貼る。まずここに到着したら順番に一枚ずつ結界を貼る。結界を覚えていない結界の貼れない見習いは、師匠が結界に桃色の花の模様を人数分つけることで表す。そうすることで、今何人が避難場所にいるか簡単に分かる上、守りも固くなる。


「おや、アネリ、いつもより早く来たんだな」

「あんたはいつも早いな」


 たまたま外に様子を見に来ていた魔法使いが、ぺたぺたとこちらに歩み寄ってくる。髪の毛はボサボサで靴も履いていない。さらに目隠しのように無造作に縛って隠している目の上には眼鏡をかけている。彼もやはり癖の強い魔法使いの一人だ。


「ごきげんようアリア。…この子は?」

「あ…」


 子供好きな彼は、挨拶をしようとしゃがみこむ。初めてアネリとアリア以外の魔法使いに遭遇した動揺からか、セシルはアネリの背中に隠れた。


「おや、人見知りだねぇ」

「わたしの弟弟子をいじめないであげて」

「いじめるなんてそんな事しないさ。しかし凄いな、二人目の弟子を取ったのか?」

「成り行きだ」


感心しながらなんとかセシルと交流をしようとする魔法使いの前にアリアが立ち塞がった。その微笑ましい光景に口角が上がる。


「ちょっと人見知りする子でね、私もようやく慣れてきたところなんだ」


 そう言いながら二人を抱き上げると、彼は恭しく扉を開けた。まだ少ないながらも、中からは騒がしい声が聞こえる。


「まあ、来たばかりの子はしょうがないよね」


 そう言いながら肩を竦めた彼に礼を言うと、眼鏡の位置を直しながら彼はまた外に出て行った。

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