19
何度もつまずきかけるセシルを引っ張って森に到着すると、師匠はもう森の中に入っていて、姿はどこにも見当たらない。
「ちょっと、きゅうけ…」
「大丈夫?」
必死に息を整えているセシルを近くの切り株に座らせる。アリアも隣にちょこんと座りながら、セシルの背をさすった。
「君、なんでそんなに平然としてるの?」
「まいにちやってるからかな」
そう答えると、セシルは衝撃を受けたような顔をした。まだ息は整っていなかったらしく、激しく咳き込む。セシルには、これほど長い距離を走ったのは今日が初めてだった。
「貴族の坊ちゃんには厳しかったか」
休憩中の二人の後ろの草むらから現れたアネリは、片手にバケツを持ち、もう片方の手に釣竿を担いでいた。そのバケツの中では既に三匹の魚がゆったりと泳いでいる。
アリアは勢いよく立ち上がったが、既に体力を使い果たしたセシルは顔を上げるので精一杯だった。
「つれた?」
「ああ、夕食は安泰だ。なんならキャンプでもいいな」
「やったー!師匠大好きー!」
出された提案にすかさず飛びつくと、師匠は仕方ないなと言うように首を振った。
「セシルもいいか?」
「うん…わっ」
頷いたと同時に、釣竿をアリアに渡したアネリは片手でひょいっとセシルを肩に乗せた。少し驚いた様子だったが、拒否する元気はもう尽きたらしい。セシルが帽子に控えめに掴まったのを確認するとアネリは歩き出した。
釣竿を両手で持ちながらゆらゆらと揺らすと、すかさず師匠からは危ないからやめろと注意が飛ぶ。しかし、いつも師匠より先にたしなめてくるリウの姿は無い。あちこち見ながら歩いていると、川のほとりに着いた。
「よし」
セシルを下ろし、ぐっと伸びをするとアネリは帽子の中からテントを取りだした。アリアはまだ小さいものしか取り出せないが、同じように帽子からコップや食器を3人分取り出す。セシルは次々と繰り出される目を丸くしてその様子を見つめている。ここに来てから、見る魔法の全てがおとぎ話でしか見たことの無い奇跡の連続だった。
「ねぇ、師匠」
「…!」
セシルが何気なく声をかけると、テントを立てていた師匠は勢いよく振り返った。その勢いにやや驚いたセシルがまた口を開こうとすると、また勢いよくその小さな体を抱きしめた。
「あ、あの…」
「今、師匠って呼んだか!?」
「は、はい…うん」
戸惑いながら頷いたセシルを抱き締めたアネリは己の一番弟子に向き直った。きらきらと目を輝かせたアリアは駆け出す準備をする。
「セシルが師匠って呼んだぞ!」
「!!」
「…え、ちょっと…!」
日はまだ高いものの森の中は少し肌寒い。さわさわと風を揺らす風が心地よい。一通りもみくちゃにされた後、日陰に座って粗末な布で立てられたテントの中で焚き火を眺めていると、師匠から魔法を教わっていたアリアがこちらに走ってきた。
「もう終わったの?」
「いや、休けい!」
まだまだ元気が有り余っている様子のアリアに呆れながらアネリが歩いてくる。かと言って彼女が疲弊している様子もない。アリアの背丈よりも高い杖を片手で無造作に持ちながら悠々と歩いてくる姿は、物語で聞いたような想像上の魔法使いそのものに見えた。
「ま、いいか。この隙にセシルにこの里のことを教えてやろう」
近くの岩に腰を下ろした師匠は、ぴっと指を立てて口をきりっと結んだ。
「ここが魔法使いだけが住む里っていうのは教えたよな」
「うん、ここに住んでるのは人間嫌いばかりだって」
「そうだ、だが500年前くらいに魔法使いたちはまだ人間と共存していたんだよ」
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